4-12 転ずる大地は桜のために
夕陽に煌めくヒーロースーツに身を包み、サクラはノワールのもとへと駆け寄った。
ダイチと考えた作戦を説明している時間はない。用件だけを単刀直入に切り出す。
「魔力貸して、ノワール」
「はぁ? 何するつもりよ」
これから戦闘になることが確実な状況で、理由もなく魔力を明け渡すことなどできない。
ノワールでなくとも当然の疑問だったが、サクラは一点の曇りもない声で断言した。
「決まってるじゃない、盤面をひっくり返すんだよ」
自信満々に語るサクラの態度にノワールは呆れてしまうが、何故だか口角が自然と上がる。
「やっと、あなたらしい顔になったわね」
「え? 変身してるから顔出てないよ?」
「洒落た言い回しを素直に受け取るんじゃないわよ」
文句を言いながらノワールは腕を伸ばし、サクラの右手を引っ掴む。そのままグイッと引き寄せると、一気に魔力を流し込んだ。
「ちょ、いきなりやめてよ! 強引だよ!?」
「そんな場合じゃないでしょ! 何かするなら早くしなさい!」
ノワールの怒号を合図に戦況が動き出す。サクラの登場で控えていたメリーが、二人のやり取りを鬱陶しいものを見る目つきで睨んでいた。
メリーは既に腕を宙に掲げてエナジーを集中し、いつでも拳を握れる状態になっていた。
「何をなさるつもりか知りませんが……ピンクさんが人質を助けるか、わたしが人質を握りつぶすか。どちらが早いか勝負しましょうか?」
人質が二人いるメリーは片方を潰すことをためらわないだろう。ノワールが固唾を呑んでサクラの顔をうかがうと、サクラはフッと笑った。
「残念だけど、もう勝負ついてるから」
「どういう……? ――!? この地のエナジーが急速に失われていく……いや、変換されていく……?」
メリーが拳を握り締めるが、手応えのない様子で目を白黒とさせている。人質を映しだしていた薄膜が破れ広がるように、拘束場所を隠していた術が剥がれていく。
「やっぱり、すぐ近くにいたんだね」
人質の拘束場所はこの山だった。山に眠る大星霊のエナジーを利用して人質を拘束していたのだから、捕らえ続けるにはこの山でなければならなかった。遠くの映像を見せられているというのが勘違いだったのだ。
実際は人質を覆っていた隠匿の術を少しだけ薄くして、スクリーンのように見せていただけである。
メリーは自身の術が崩壊していくさまを目にして、慌てて人質のほうを向いた。
「わたしの術が……まさか」
無論、蛇の拘束も解かれていた。先行していたダイチがユズハとコモリを助け出している光景が肉眼で見える。
どうしてダイチが人質の正確な位置がわかったのか。メリーには理解できなかった。
「何故……術が消える前にそこにいるのですか!?」
人質を捕らえなおす手立てを封じられ、メリーが狂乱したように叫ぶ。
ダイチは気を失っている二人を守るように前に立ちつつ、メリーに向かってスマホを見せた。
「サクラちゃんのスマホを借りて、コモリの位置情報を調べたんだ」
「GPS……!」
「それにオレは蛇と相性がいいらしい。大まかな位置はわかっていたからな」
コモリが術に気付いた理由がエナジーの相性と戦隊の素養ならば、ダイチも同じ理屈が通用する。
初日の夜には見抜けなかったことから、機械の力も併用した。感覚と機械の力を合わせることで、いち早く人質のもとへ駆けつけられた。
「こいつ、怒ってるぞ?」
「……こいつ、とは?」
「ココロエナジーを勝手な悪事に利用されたヤツのことだよ――――いくぞ、ビートレディ!」
ダイチが腕にあるビートリングを胸の前に掲げて声を張り上げた。
銀色と緑色の粒子が舞い、ダイチの身体に固着していくことでヒーロースーツが形成される。
変身完了したダイチのもとに、ササッとサクラが駆け寄った。
「揺るぎない大自然のアニマ! アニマグリーン!」
「絶対負けない無敵のハート! ハートピンク!」
『星霊戦隊ブレイブレンジャー!!』
二人揃ってポーズを決めたあと、数秒の間をおいてダイチがたずねる。
「これ、必要か?」
「必要です! 名乗る機会少ないんですからっ!」
唖然とするノワールをよそに、メリーのほうが先に正気を取り戻す。怒りと困惑に表情を歪ませながら、事態を打開しようと考えあぐねているようだった。
「馬鹿にして……ッ、そんな茶番、時間稼ぎにもなりませんよ」
「いいや? 充分に稼がせてもらったさ」
ダイチの余裕ある発言にメリーは何か見逃したかと焦る。答えはすぐにやってきた。
――グオオオオォォォオオオン!!
「……この音は――!?」
小高い山と見間違えるほど巨大な集団が近づいていた。赤く三つ首の犬。青く麗しい龍。黄色く気高い寅。ピンクの一角獣。
ガシャンガシャンと駆動する爆音を響かせながら、メタリックな装甲で豪快に突き進む。
それが大星霊だと知らなくても畏怖を抱いてしまう圧倒的なパワーに、メリーは精神的に打ちのめされていた。
「あ、あれが……あれのせいで、この土地のエナジーが根こそぎ……っ!」
メリーはようやく理解した。
京都の土地に溢れるエナジーの正体は、目の前で荒ぶる大星霊によるものだった。それらが覚醒し、活動を始めたことで、メリーの施してきた術はすべて解かれたのである。
大星霊がエナジーを消費し、支配しているとなれば、もうサイケシスがエナジーを流用することは叶わないだろう。
メリーは一瞬にして人質の拘束を解かれ、抵抗するためのエナジーも喪失したのだ。
一方、ノワールは大星霊の姿を見て疑問を抱いていた。
「まんまメカじゃない! 巨大ロボじゃないって言ったのどこのどいつよ!?」
まるで変形合体機能が搭載されているかのようなフォルムに、ツッコミを入れざるを得ないノワール。
近くにいたシシリィが大星霊の覚醒に興奮しながら、得意げに説明する。
「ノワールの魔力をサクラがココロエナジーに変換して覚醒させましたからね。サクラのイメージする強い大星霊の姿を反映したのでしょう!」
「発想が貧困……!」
「それにしてもココロエナジーが足りてよかったです! サクラの魔法少女としての魔力と、戦隊のココロエナジーで二人分。そして、ダイチ。ついでにノワールの魔力なら二人分くらいあるとごり押しされたときはどうなることやら……」
「……よかったわね」
もう勝手にして、と言いたげな顔でノワールは溜息を吐いた。
その隙を見逃さなかったメリーが逃走を企てるが、突然の地響きにバランスを崩した。
「何事ですか――!?」
「おう、逃げんなよ。オレの蛇ちゃんの紹介がまだだろ?」
――シャアアアアアアッ!!
地の底から響く甲高い雄叫びは蛇の威嚇音に聞こえた。メリーを射止めるかのように大地から尻尾が突き出し、ズズっと身体が這い出る。
蛇の
ノワールは「えぇ……?」と我慢できずに声を漏らした。
「大丈夫なの? 蛇に丸呑みされたわよ、グリーンとその家族」
「あれは大星霊の魂と同調したのでしょう。戦隊と一体化してパワーを発揮するのです」
「戦隊じゃないのに呑み込まれた人はどうしたのよ」
「恐らく操縦席に同席してるんじゃないですかね?」
「……やっぱりロボじゃない!」
地団太を踏むノワールに、馬の
「ノワール! 一緒に乗るー?」
「……遠慮するわ。わたしはアイツを逃がさないよう見張っておくから」
これ以上、戦隊に関わりたくない一心で、ノワールはサクラの誘いを断った。
サクラは拍子抜けしたものの、気を取り直して叫んだ。
「さあ、反撃開始だよ!」
大星霊が五体。そのうち二体はサクラとダイチが同調し、自由に動き回る。更にノワールの執拗な監視によって逃げる算段がつかない。
追い詰められたメリーは呆然と立ち尽くし、ガクンと首を落として下を向いた。
「……反撃? 反撃ですって? こんなの蹂躙じゃないですか……わたしはか弱い、一人の女ですよ? いじめて楽しいですか……?」
鬱々と青ざめた表情で恨み節を垂れ流す姿は目も当てられない。サクラが戦ってきた相手は大抵、逃げ出すか、歯向かうかのどちらかであった。
幾ら敵とはいえ、反抗しない相手と戦うのはやりづらい。それでも狂気に陥り、どす黒い影を背負いつつあるメリーにトドメをささないわけにはいかない。
「戦わずに解決したかったのであれば、人質を取ることを選んだ自らの行いを悔いなさいっ!」
サクラはユニコーンの角に意識を集中させた。エナジーの輝きが一点で高まり続けて、最高潮を迎える――神秘の光が、戦場を駆け抜ける。
「いっけぇぇ!!」
「…………――――!」
突撃の瞬間、メリーの虚ろな瞳がサクラを捉えたような気がした。サクラはメリーの気配を探り、周囲を見回す。
「あー、大星霊って周りが見づらい……ノワール、今のやったよね!?」
「……その台詞はまだ早いわ」
「えっ!?」
メリーを注視していたノワールが見上げた先には、妖しく目を光らせた三つ首の
三つの頭部のうち、中央にメリーが手と膝をついて張りついている。
「反省……しました、ピンクさん。あなたもわたしのターゲットです。わたしという呪いを存分に、その心に刻みつけてさしあげます!」
「嘘でしょ……」
この土壇場でメリーは大星霊の一体を乗っ取り、サクラの攻撃を耐えた。そんなことが可能なのかと、サクラは焦りながらシシリィに問う。
「どうなってるの、これ!?」
「そ、操縦席が空っぽですから、エナジー量の差で支配された可能性はあります!」
「土地からのエナジーはもう使えないはずじゃない!」
「自身に残るエナジーを消費しているのでしょう、長続きはしません!」
メリーの底力を侮っていたわけではないが、見誤っていたということだろう。本人は弱い弱いと自称しているが、サイケシスの幹部がそう簡単にやられるはずがなかった。
長期戦が見込めないとなると、メリーが取れる選択肢は少ない。逃走、あるいは――
「メリーを中心にエナジーの圧力が高まっている……ヤバイ、これ自爆するつもり!?」
捨て身のメリーが起爆剤になることで、大星霊のココロエナジーが大爆発を起こしたら、その規模がどれほどになるのか想像もつかない。
「ふ、ふふふふふふ……! どうします? どうしますか、ピンクさん!?」
慌てふためくサクラの隙を見て、破滅する覚悟でメリーが市街へと移動しようとする。
「まずいっ!」
「――させるかよ!」
ダイチがアナコンダでメリーの搭乗するケルベロスを締めつける。足に絡みついているというのに、ケルベロスは強烈なパワーで邁進する。だが、スピードは確実に遅くなった。
「サクラちゃん、早くしないとまずいぞ!」
「えーと、えーと……そうだ! 合体とかできないの!? そうすれば操縦席は一箇所になるでしょ!」
とっさの思いつきで叫んだが、シシリィが声を上げる。
「合体はさすがに全員が揃わないとできません!」
「そんなこと言ったら一生ムリじゃない!」
「サクラちゃん、本音が出てるぞ!」
バタバタしているあいだにもエナジーは膨張を続け、ケルベロスはジリジリと突き進んでいる。一刻も早くメリーを止めなくてはいけないが、方法が見つからない。
心が乱され、冷静でいられないサクラを見かねて、ノワールがサクラのもとへ駆けつけた。
「しっかりしなさい! ねぇ、シシリィ!? 五体は無理でも、三体での合体ならどう? そうすれば大星霊は計三体になってパイロット不足は解決するわ!」
「え? ええ!? いやいや、無謀です! そんなこと想定していませんし、必要なココロエナジー量が足りません!」
「覚醒のときだってそうだったでしょう! わたしとサクラの魔力でなんとかしなさい!」
「そんなこと言って、ノワールだって限界でしょう? 大星霊の覚醒で使い切ったんじゃないですか!?」
シシリィの言うとおり、ノワールの魔力残量はほとんど空っぽに近かった。サクラを信用してそれだけの魔力を受け渡したということだが、その信頼が仇となった。
図星をつかれたノワールは一瞬押し黙るが、すぐに代案をひねり出した。
「なら逆に、サクラの魔力をわたしが使うわ」
「えっ、わたしだって残ってないよぉ!」
「嘘おっしゃい! あんたは魔力制御が甘すぎて使い切れてないのよ! いつもの火事場の馬鹿力がどこから来てるか考えたことないの!?」
「ゆ、勇気と奇跡かなって……」
「このヒーローおばか! 手ぇ貸しなさい! 吸い尽くしてやるわ!」
再びサクラの右腕を強引に引っ掴むと、先程とは逆にサクラからノワールに魔力が流れる。
ノワールは勝手に始めているが、シシリィはまだ無茶だと騒いでいた。
「それでも無理です! 大星霊の覚醒はサクラが魔力をココロエナジーとして使ったからできたことで、あなたでは…………あれ?」
つべこべ言いながらもココロエナジーには詳しいシシリィが首を捻った。
「いけそうです」
「わりと大味な仕様なんだね……」
「しかし、あなたとサクラが手をつないでいては人員不足が解決しません」
「じゃあ四体で合体するまでよ」
「うーん……可能性があるなら、ピンチにあれこれ言うのも野暮ですね。わかりました!」
シシリィが準備を始める中、サクラは少しだけ落ち着きを取り戻していた。真横に立って、手をつないでいるノワールに呟く。
「ありがとう」
「やめてちょうだい、あなたが合体とか言い出したおかげでこうなったのよ」
無茶を叶えてくれる人たちに、サクラは心から感謝した。
シシリィが尻尾を立てて振り向く。
「準備完了、さぁ、いつでもいけます!」
「どうすればいいの?」
「いつもの要領です。心に湧き出た思いをそのまま叫べばいいのです!」
「よぉし!! ――全心合体!!」
サクラは心の奥底から言葉を引きずり出し、思わずギュッとノワールの手を強く握る。握り返された手のひらから、熱い感情が伝わってくる。
ケルベロスごと包み込むような形で四体の大星霊が集合し、変形を繰り返しながら巨大な形を成していく。
やがて、山を見下ろし、雲を貫くほどの巨大な大星霊が姿を現す――――お出ましだ!
「大星霊グレイトフルブレイバー!!」
人型の大星霊が大地に立つ。比較対象など不要なほどの圧倒的存在感だが、同じ場にいるアナコンダと比べても半端じゃないデカさである。
操縦席は予想通り一箇所に集約されて、サクラとノワール、ダイチとユズハ、コモリが一堂に会する。
「……合体できた! さぁ、メリーを止めないと!」
「いや、止まってんのよ。ケルベロスも合体したんだから」
現場にはアナコンダとグレイトフルブレイバーしか存在していない。暴走していたケルベロスは大星霊の一部となっている。
本来ならメリーもこの場にいるはずなのだが、どこにも姿は見当たらなかった。サクラが広くもない操縦席ををうろうろと探し回る。
「あれ? どこ? 隠れてないで出てきなさいっ!」
「ちょっと、引っ張んないで! ……てゆーか、離しなさいよっ!」
手をつないでいる必要がもうないことに気付き、ノワールが振り切るように手を離す。
サクラの焦りの色が濃くなる中、ダイチは既に修羅場を終えた顔でサラリと言った。
「同調してなかったようだし、合体時に弾かれたんじゃないか?」
「じゃあ外!? あー、もうっ、視点高すぎ! ズームとかできないのぉ!?」
「それか、そこのお嬢ちゃんの監視から外れた時点で逃げたんだろうな」
のんきなダイチの台詞に愕然とするサクラ。
実際、ここにメリーがいない以上、倒したという確証はない。
ノワールはもう知ったことか、という冷めた表情でそっぽを向いている。
よくあるパターンの幕切れだったが、サクラはどうしても一言だけ言いたかった。
「……せっかく合体したのにー!!」
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