4-11 叫べ正義の雄叫びを

 サクラのほうへ向かって歩くダイチの歩幅や速度は普段と変わりない。それを急かすでもなく、非難するでもなく、サクラはジッと見つめている。

 ダイチがようやくサクラの目の前に来ると、ダイチは話しかける前に自販機のほうに一歩ずれた。


「何か飲む?」

「いいえ、いりません」


 明確に拒否すると、ダイチはわざとらしく驚いたように見せながら、サクラの表情を見て目線を下げた。


「……どうしてそんなキラキラした目ができるんだよ」


 声色に憔悴が滲んでいる。言葉の端から責めるようなニュアンスが感じ取れて、サクラは真っ向からそれを受け止めた。


「わたし、この期に及んで諦めきれていないんです」

「……さすがすぎるよ。何が君をそうさせるんだ」

「魔法少女の経験、意地、プライド、ですかね」

「その格好がそうか」


 ダイチには報告したときに魔法少女のことを伝えている。しかし、いきなり事実だけ言われても理解しがたい話だっただろう。

 改めてサクラの衣装を見たことで、ダイチはゆっくりと事態を呑み込んでいる様子だった。


「正直、一瞬サクラちゃんだとわからなかったよ」

「認識阻害の魔法がかかってるんです。事前に正体を明かしたから効力は薄れてますけど」

「へぇ、魔法って便利なんだな」


 魔法に対する感想がコモリと似ている。そんな他愛もないことでさえ感じ取れるほどに真剣に対話している。

 間を保つために飲み物へ逃げたりはできない状況で、サクラは果敢に言葉を発し続ける。


「ダイチさん。人質を助けに行きましょう。メリーもコテンパンにしましょう」

「だから、そんなのは理想でしかないって」

「そうだったとしても誰かが言わなきゃ始まらないんですから、わたしが理想の第一歩を踏み出します。最初から、最後まで」


 サクラが強い眼差しで訴えるのに反比例するように、ダイチの目はサクラからそれていく。眩しいものから離れるように、ダイチは苦々しい口調で呟く。


「立派な覚悟だが、他人を巻き込んじゃいけないな。そういうのは個人目標だ」

「なら一緒にやりましょう。わたしたちはチーム、戦隊ですよ」

「あのなぁ……サクラちゃん? 熱くなりすぎだよ、ちょっと冷静になろうか」


 さすがに苛立ちを隠しきれていない様子で、徐々に険のある声色が混じる。それでもダイチは声を荒げることなく諭すように話した。


「不可抗力とはいえコモリを連れ出し、人質にされたんだ。それを強く非難はしないが、これ以上抵抗したところで状況が悪くなるだけだと思わないか?」

「ここで素直に引き下がって、メリーに許しを請うべきだと?」

「……君はヒーローらしくなくて不満かもしれないが、それが賢明な判断だ」

「ダイチさんこそ冷静ですか? メリーは人質を勝手に増やしたんですよ。それが不可抗力とはいえ、先に前提条件を変更したのはメリーです。そんな相手にフェアな交渉ができると、まだ思ってるんですか?」


 ほぼノワールの受け売りではあるが、食い下がって言い返すサクラ。

 その様子にダイチは目を細め、普段の飄々とした態度をおくびにも出さず、淡々とした真面目な口調で切り出した。


「対等な取引をしようだなんて今更思ってはいない。時間が経つにつれて不利になるのは考慮していた。なら最低限、人質を取り返すことだけは達成しなければならない」

「人質さえ助かれば、あとはどうなってもいいんですか」

「個人としてはな。最初の条件を呑んでいれば、もっとマシな取引になったはずだ」

「そうですか? 弱点を晒したまま日常を送ることになったんじゃないかと思います」


 ダイチはここまで取引を引き伸ばしたことによる不利益を指摘したつもりだった。それでサクラが怯むかもしれないと案じてさえいた。しかし、サクラがそこを前提から覆すことで、目の奥が揺らいだ。


「弱点である家族を人質に取れば取引ができる。その成功体験を防ぐ手立てはありましたか?」

「取引の成否をオレが握ればいい。牽制しあう構図になれば簡単に手出しはできなくなる」

「メリーだけならなんとかなるかもしれません。だけど、相手はサイケシス、組織ですよ。他の誰かが要求をエスカレートさせたらどうします? そのたびにダイチさんは判断を強いられて、何かを犠牲にしなければいけなくなります」


 ここはサクラも危惧していた点である。フェアな取引という言葉に騙されて杞憂と終わらしていたが、悪の組織ならばむしろそうなってもおかしくはない。

 その際に戦隊から脱退することを条件としたダイチが、個人としてどこまで抵抗し続けられるかは不透明だ。


「この先ずっとダイチさんが犠牲になり続けるわけにもいきません。限界があります」


 結局ノワールの言うとおり、決着をつけるしかダイチが安心できる選択はなかったことになる。どんなにリスクがあろうと、ダイチが望む日常を得るにはそれしかなかった。

 それをダイチの犠牲で補おうとするから、不都合な綻びが出てきてしまうのだ。

 サクラは反論しないダイチを追い込むように、強く問い詰めた。


「どうなんですか?」

「……それでもいい」

「えっ」

「限界が来るその日まで、それこそ地獄に落ちるまで付き合ってやるさ。そう簡単にオレから大事なものを奪い取れると思うなよって、後悔させてやろうじゃないか」

(……この覚悟はすごい、けど)


 並大抵の論理ではダイチの覚悟に打ち負けて、諦めざるを得ないだろう。サクラも一度は破れかけた。

 しかし、サクラは諦めない。口を閉じない。サクラの理想はもう、ダイチの言葉では揺らがない。


「ご立派です、ですが……」

「おいおい、まだ反論できるってか」

「ええ、最後まで諦めませんから」


 しぶといサクラの姿勢に、ダイチもさすがに表情を崩す。

 サクラはもう喉がカラカラだった。それなのに言葉は淀みなく溢れてきた。


「ダイチさんは日常を守りたいって言いましたよね。ユズハさんを取り返したときに戻るための日常を。そこにダイチさんはいないんですか? あなたが犠牲になったら、それは家族の日常ではないんじゃないですか?」

「それは主観の問題だろう」

「ダイチさんの主観ですか? コモリちゃんは? ユズハさんは? ダイチさんの論理が自己満足によるものなら、わたしのエゴっぽい正義感と大差ないんじゃないですか?」

「いや、オレが言ってるのは……」

「オレオレって、聞こえのいい正論かと思ったら自分の主義主張じゃないですか。それならわたしの正論のほうが、もっと見栄えはいいですよ」

「……あー」


 畳みかけるようなサクラの感情論に戸惑い、反論が止まるダイチ。しかし、きっかけを与えたのは限界を覚悟でなんとかすると言い張ったダイチである。

 ロジカルな議論ならばダイチのほうが優位な場面もあるだろうが、パッションとなればサクラの独壇場だった。


「みんなで幸せになりましょうよ、ダイチさん」


 ねっ、と同意を求めるサクラに、ダイチは緊張感ゼロのふ抜けた笑いが出てしまう。

 場の空気が一気に緩む。これは主張のぶつけ合いで、戦いでもなんでもないのだから、敗北も降参も必要ない。

 サクラがホッと胸をなでおろしていると、ダイチがいつもの調子で溜息を吐きながらたずねてくる。


「はぁ、ったく……どうしてかね」

「何がです?」

「大の大人がこんだけ屁理屈かざして論破しようとしてるに、どうして諦めずにいられるんだ」

「それは……ダイチさんの言葉がわたしの理想を強くしてくれるからです」


 言っている意味がよくわからない、というようにダイチは納得のいかない顔をしている。

 サクラも自身の思いを言語化できるかわからなかったが、拙くても伝えるべきだと懸命に言葉を捻り出す。


「若者の理想論、青臭い正義感。そんな漠然とした思いしか持てなかったわたしを、ダイチさんは丁寧に諦めさせようとしてくれましたよね」

「そのほうが素直に聞いてくれると思っただけさ」

「ダイチさんはわたしが馬鹿みたいなことを言っても見捨てずに、切り捨てずに諭してくれました。そこに打算が含まれていたとしても、ダイチさんは優しいです。優しすぎると思います。だからメリーみたいな女につけ狙われたり、コモリちゃんに危ないほど心配されるんです」

「褒めてるの? けなしてるの?」

「でもそれが、前に進む道しるべになったんですよ」


 サクラの幼い理想をダイチが正論で丁寧に折っていなければ、どこかで無理が生じて、メリーあたりにバキバキに折られていたかもしれない。

 ダイチの反論がサクラの理想を成長させて、ここまで導いてくれたのである。


「そりゃあ、人生の先輩としては先導してやらなくちゃなぁ……背が伸びて視点が高くなると、いろんなものが見えてくるんだ。そうなると若者よりは先に危険に気付く。理想ばかり語っていられないってわかっちまう。幸い、理屈をこねるのは上手くなるからな」

「そんな言い方しなくたって……ダイチさんの正論はわたしに響きましたよ?」

「ただの屁理屈だ。なんの役にも立たないよ」


 あれほどの覚悟を見せたダイチが似合わない卑屈さを出すので、サクラは憤りさえ感じた。

 コモリもそういうところが気に入らなかったのだろう。サクラはどうにかわかってほしいと、思いっきり否定した。


「役に立たないなんてこと有り得ません!」


 拳を握り、サクラが立ち直れた理由を率直に主張した。


「あなたの理屈が、わたしに理想を叫ばせてくれたんですから!」


 微塵もわざとらしさがない吃驚した顔をするダイチ。サクラはそれを珍しいと思い見ていたが、すぐにダイチが自販機のほうへ逃げてしまう。


「あー、サクラちゃん。戦いの前に一杯、何か飲んでから行こう」

「えっ、わかってくれたなら急ぎましょうよ」

「そうなんだけどさ、ほら……水分を補給しないと」


 先程まで落ち着いていた声で話していたので、些細な声の震えでもサクラにはわかった。しかし、それを指摘するほどサクラは子どもではない。


「それなら、今日はコーヒーを」

「……ああ」



     + + +



 口の中に残る苦みにうんざりしながら、サクラは山中を歩いていた。悠長にしている場合ではないと思いつつ、無策のまま突入するのも浅はかすぎる。

 魔力やココロエナジー、大星霊について意見交換し、なんとかならないかと考えてはみたのだが、結論の出ないまま出発してしまっている。

 サクラの少し後ろでは、ダイチがまだ考え込んでいる様子で黙って歩いている。


「そろそろ到着しちゃいますよ」

「マジか……どうすっかなぁ」


 人質を解放し、メリーを倒す。懸念されるのは、人質を解放しようとすれば、メリーが邪魔をすることだ。では、メリーを倒そうとすれば、人質を攻撃されるだろう。なるべく同時に、瞬時に行わなければならない。


「やっぱ、大星霊になんとかしてもらうしか……」

「そういうふわっとした注文は後でトラブルになるぞ」

「うーん……シシリィ?」


 サクラはしっかりと同行してくれているシシリィに話しかける。


「なんでしょう?」

「この山に蛇の大星霊がいるんじゃないかと思うんだけど、どうなの?」

「ええ、その通りですよ。大星霊の封眠場所はすべて調査済みです」


 ノワールとシシリィは半日の調査でしっかりと成果を出していた。コモリのこじつけのような予想が当たっていたことに、サクラは感心した。


「じゃあ、ここには蛇の大星霊のエナジーが溢れてるってこと?」

「そうなります」

「大星霊の活動には多くのココロエナジーを消費するんだよね?」

「ええ、そうです」

(……魔力とココロエナジーは似てるっていうし、わたしが二重変身ができるってことは)


 魔法少女のまま戦隊に変身することで、サクラの能力は大幅に引き上げられる。

 それができるだけの能力が自身にあるというなら、大星霊の覚醒に必要な五人分のエナジーはなんとか賄えないだろうか。


「あとさ、コモリちゃんがメリーの術を見破ったんだけど、理由の想像ってつくかな?」

「そうですね……ダイチの娘ですから、グリーンの素養があったのかもしれません。ここは戦場になったかもしれない土地ですからね」


 シシリィの台詞を聞いて、ダイチが顔をしかめた。


「おっかないこと言うなよ。コモリがグリーンになってたかもしれないのか?」

「ポテンシャルの高さで選びましたから、ダイチに断られていたら次点としては……」

「おうおう、それ以上は脅迫で訴えるぞ」


 とんでもないことを言い出すシシリィに、ダイチがドスのきいた声で釘を刺す。


「ねぇ、シシリィ。駅でメリーに会ったときは、コモリちゃん気付いてなかったみたいなんだけど」

「単純にサイケシスを察知するというより、術を見破ったとすると……エナジーの相性が良かったのでしょう」

「相性?」

「メリーの術がこの土地のエナジーを利用しているなら、それは蛇の大星霊のエナジーです。蛇はグリーンと対を成す大星霊ですからね。コモリとも相性が良かったのかもしれません」

「……あっ」


 シシリィの説明を聞きながら、サクラの頭に小さな閃きが生まれた。

 サクラはメリーが施した蛇の拘束を思い出しながら、いちかばちかの賭けに出ることにした。


「ダイチさん!」

「おお、どうした?」

「まだふわっとした段階なんですけど、なんとかなりそうな気はしてるんです! そういうときって、どうすればいいと思いますか?」

「んー、まぁ、話してみてくれ」


 おぼろげな理想をダイチの正論が固めてくれたように、思いつきにすぎない作戦をどうにかしてくれると期待してダイチに託す。

 一通りのイメージを伝えると、ダイチは難しい顔をして首を捻った。サクラは不安になってたずねる。


「なんとか、なりませんか?」

「……なるよ、してみせる。安心しろ、大人の仕事は要素をかき集めて成立させることを言うんだ。それがどんなにふわっとした理想でもだ」


 頼りになるダイチの発言にサクラは感極まって駆け出す。


「それなら急ぎましょう! 目指すは完全勝利です!」

「おい、意味もなく走るな……待て、こちとら三十代だぞ」



     + + +



 視線と思惑が交差する。その戦場には一片の信頼もなかった。

 ノワールが放つ黒い光弾はメリーを狙うように地を穿つ。華麗にかわし続けるメリーの残像が夕暮れの迫る背景に溶ける。


「あら、まだ遊び足りないわ」


 空間のひずみを利用して逃げようとするメリーに追撃の光弾が落とされる。寸前で回避し、メリーは戦場に引っ張りだされる。


「……厄介ですね」


 明らかすぎる時間稼ぎにメリーは不満が募る。何度も逃げ出そうと試みたが、それを許さないほどにノワールの実力は高い。

 メリーの術を看破し、妨害できるほどの技術、精度を持っているのだろう。まともに打ち合う相手ではないとメリーは悟った。


「本日は魔法少女の集会でもあるのですか? それならわたしに関係のないところで開催してくれませんか?」

「悪いわね。普段の遊び相手が使い物にならないから、あなたに責任とってほしいのよ」

「……それはわたしのせいですか?」

「広義的にはあんたのせいよ」


 メリーには理解できない主張である。突然現れた正体不明の魔法少女たちに邪魔をされ、計画が狂い始めている。

 とりあえず、目の前の黒い魔法少女を排除しなければと、メリーは決心した。


「仕方ありませんね……あなたのために用意した人質ではないのですが」


 メリーが手をかざすと、空間に薄膜が張られて拘束されている人質の姿が映される。ノワールはそれを見て、ハッと鼻で笑った。


「人質なんてわたしに関係ないもの、知ったこっちゃないわ」

「……そのわりに攻撃の手は止まったようですが」

「お話し中に攻撃するほど無粋じゃないわ」


 改めて魔力を手に集中させながら、ノワールはメリーを煽る。


「どうせ人質なんて手を出した瞬間に無価値になるものよ?」

「ええ、そうでしょうね。ですが、幸いなことに――人質のストックができましたから」


 メリーが手を掲げて、ゆっくりと指を折り、拳を握ろうとする。集束されていく魔力の流れを察知したノワールは、忌々しげな態度で攻撃を中断する。

 その様子を見たメリーはくすりと微笑み、手を開いた。


「どんなに強いことを言っても、本気にはなれないんですね」

「あんたみたいな下劣な相手。頼まれたって本気出さないわよ……わたしは本気を出すのはね――――あそこのピンクだけよ!」


 苛立っていたノワールの表情が不敵な笑みに変わり、メリーは異変を感じ取った。

 急激なエナジーの反応。事態を把握するよりも先に、背筋がゾッとするようなプレッシャーを感じた。

 振り返ると、そこには堂々と理想を掲げて立つヒーローがいた。


「星霊戦隊ハートピンク、ただいま参上!」

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