4-9 古都の大地に眠るもの

(……幻聴かな?)


 サクラは現実逃避を試みたが、ドンドン、と今もドアを直接叩く音が鳴り響いている。近所迷惑なのでやめてほしい。

 返事のないことにお怒りの様子であるノワールは、苛々した調子で更に声を張り上げる。


「ハート! いるんでしょう!? ここにいることはわかっているのよ!」

(なんで!? 京都のどこにいるなんて話してないよ! 怖っ!)

「ある程度の場所さえ絞られていれば、魔力探知で居場所なんてわかるの!」

(怖いー! そして近所に聞こえる声量で魔力とか言うのやめてー!)


 どうやら午前中の電話のあとすぐに京都へと単身飛行したノワールは、京都の町中を魔力探知で探しまわって、なんとか日付が変わるまでにサクラを見つけたらしい。

 順序立ててノワールの行動を整理しただけで、サクラは言い知れない恐怖を感じた。


「てゆーか、なんであんなに怒ってるの……?」


 怖いというより関わりたくない。怒り心頭のノワールに会うなど、罰ゲーム以外の何物でもない。

 サクラは思い当たる節がないと頭を悩ませるが、すぐにハッと気付いた。


「パラノイアを丸投げしたこと……!?」


 最近仲良くなってきた気がしていたし、電話越しだったこともあって調子に乗りすぎたかもしれない。

 サクラが勇気を振り絞って玄関に向かうと、騒音に起こされたらしいコモリがあくびを噛み殺しながらやってきた。


「なに、だれ……?」

「ごめん、わたしが出るね! 知り合いかも!」

「えぇ? あんたの知り合い、どうなってんの……」

「うん、ごめん! どうかしてる相手だから、コモリちゃんは隠れてて!」

「わ、わかった……何そのテンション……」


 初めて見るサクラの圧に押し負けて、素直に奥へと引っ込むコモリ。

 それを見届けてから深呼吸をして、ゆっくりとドアの内鍵を回していく――瞬間、ガバッとドアが勢いよく開かれて、チェーンがビンと伸びきった。


「遅い! つーか、何を姑息にチェーンなんかしてるのよ。外しなさいよ。今すぐ切断するわよ」

「器物破損だからね! やめてよね!」

「わたしは悪の魔法少女よ。チェーンの一本や二本、あなたの迷惑なんて省みずに粉砕してやるわ!」

「なんて非道な!」


 悪に屈するのは心苦しかったが、居候の身で建物に傷をつけられるわけにはいかない。

 サクラが泣く泣くチェーンを外すと、ようやく多少の落ち着きを取り戻したノワールが玄関に入り込んだ。


「最初からそうすればいいのよ。安心なさい、魔法で防音壁を構成してるから、近所迷惑になる心配はないわ」

「……周りへのご配慮どうもありがとね」


 サクラにしては珍しく皮肉のこもった言い方だったが、ノワールは気にせずに玄関と廊下の段差に腰掛けると、振り向きながらサクラを見上げた。


「で、どういうわけよ?」


 どうして押しかけてきた相手に懇切丁寧な状況説明をしなければならないのか。サクラは不服に思いながらも、そうしなければ帰ってくれそうにないので仕方なく説明した。

 ダイチの危機を察して京都に入り、メリーとの取引の後、しばらく滞在することになった。現在はダイチの娘であるコモリが住むマンションに居候しており、ダイチの妻で人質となっているユズハを助けるために奮闘中――と、まとめるとそんなところである。

 ノワールは話を聞き終えると、呆れたといった身振りで溜息を吐いた。


「それで魔法少女をサボったってわけね」

「サボってるわけじゃないよ」


 サクラは口を尖らせて反論する。

 ノワールはまだまだ帰るつもりはないようだし、長話になるなら玄関先で話し込むわけにはいかない。

 奥に控えているコモリにバレないように場所を変える必要がある。


「とにかく、ここじゃ落ち着いて話もできないよ。他の場所に……」

「秘密の話がしたいんだったら、もう手遅れみたいだけど」

「えっ」


 まさかと思って振り返ると、奥の部屋につながるドアが少しだけ開いていた。ノワールに指摘されたことで、コモリが恐る恐るといった動きで出てくる。


「コスプレの人、じゃないんだよね」

(コモリちゃんがおとなしく待っててくれるわけなかった……)


 悠長にしすぎたサクラの落ち度ではあるが、怒っていたノワールを御して部屋から押し出すような力技もサクラにはない。

 こうなった時点で詰んでいたようなものだと悟り、サクラは諦めて溜息をついた。


「さっきの話、聞いてたんだね?」

「大体ね。でもパパが何を考えてるか、細かいところ含めて全部話してよ」


 それを聞いてサクラは腕を組んで首を捻った。これ以上の突っ込んだ話を自ら明かすのはダイチの希望に沿わない形となる。

 サクラとしては話してしまったほうがいいような気がするが、そのことについてダイチと論じたばかりでもある。

 サクラが困っていると、コモリが急かすような瞳を向けて激しく責め立てた。


「どうせパパから何か言われてるんでしょ! 娘のわたしが許可するから、ほら早く!」

「親族の許可が出たわよ。さぁ、洗いざらい話しなさいよ」


 ノワールまでが一緒になってサクラを追い詰める。ノワールはただ楽しんでいるだけだと、表情が物語っている。

 先程まで怒っていたはずなのにと、サクラは長い長い溜息がこぼれた。


「知りたいことを話せる範囲で話すって約束もしたしね」

「あぁ、そういえばパパが来てうやむやになってたっけ……」

「それじゃあ何から――」

「待って」


 話を始めようとするサクラを制止して、コモリがくいっと指でリビングを指し示した。


「何か飲みながら話しましょ」


 一同はリビングに場所を移し、コモリが用意してくれたココアを飲みながら一息ついた。

 サクラはホッと息を漏らすが、コモリはまだ緊張気味のようだ。ラフな格好のサクラとコモリに対して、黒い衣装の魔法少女スタイルのノワールは明らかに浮いている。


「ねぇ、変身解かないの? コモリちゃんが落ち着けないよ」

「解かないわよ。解いたらあなたに正体バレるでしょう」

「えー、わたしのことはバラしといて」

「悪かったわよ。でも実害ないでしょ? 魔法が使えなくなるわけでも、カエルにされるわけでもないんだから……」

「人間関係に結構な迷惑を被ってるよ」


 振り返ってみれば、イズミのときもノワールの乱入をきっかけにバレたようなものである。

 ここ最近の正体バレはすべてノワールのせいだと思うと、割り切れない不服さが湧き上がる。


「悪いと思ってるなら、手伝ってくれるよね?」

「その期待するような顔やめなさい……まぁ、あなたがいないと困るから仕方ないわね」

「やったぁ! 最近のノワールは優しくて助かるよ!」

「誰のせいだと……」


 肩を震わせて怒りを表現するノワールだったが、コモリが同席しているおかげか、すぐに溜息をついて怒りを抑えた。

 サクラは一安心しながらも、さっさと話を進めたほうが良さそうだと慌てて口を開いた。


「ひとまず、話したとおり人質を取られていて、居場所もわからないのが現状なんだ」

「そのメリーってやつを倒せばいいじゃない」

「倒せるなんて保障はないし、倒しきる前に人質に何かされちゃうよ」

「安全を確保したいところだけど人質の場所はわからないし、期限は一週間ってわけね」

「わかってて言ってるでしょ」

「まずは問題点を整理しないとね。さて、娘さんの手前、人質解放が最優先よね」


 手を前で組んで考え込むノワール。やがて、サクラに質問を飛ばす。


「二人でなら、メリーを倒す算段はつく?」

「……わからない。でも正直、一筋縄ではいかない相手だと思う」

「ふーん、そういうレベルの敵なのね……人質を解放するにしろ、そいつを押さえとかないと邪魔されるわよ」

「少なくとも二手に分かれる必要があるってこと?」

「そういうこと」


 ただでさえ人手が足りていないのに、戦力を分散させなければいけないなんて。サクラは悩ましいうめき声を上げた。

 ノワールはサクラのことなど気にも留めずに、トントンと指を叩きながら考え続けている。


「何をするにも、どうやって人質を助けるかよね」

「うーん……魔法探知で居場所は探せないのかな?」

「探すと言ってもねぇ……妙な魔力だけなら溢れてるわよ、ここ」


 メリーの言葉を信じるならば、京都はサクラたちの町と同じくらいココロエナジーに溢れている。

 おぞましい蛇の拘束はそれを利用したものだというし、サイケシスが力を使える程度には顕在化していることは事実だろう。


「そういや、京都にココロエナジーが溢れてる理由はどうしてだろう」

「ココロエナジー? 魔力と同じようなものなの?」

「えー、どうだろ……ブレイブバズーカの発射に使えたから、同じなんじゃないかなぁ」

「なんたらバズーカは知らないけど、それはあなたが兼任してるからじゃない?」

「うーん、シシリィだったらわかると思うけど……」


 そのとき、ピンポーンとタイミングのいいインターホンが鳴った。


「はーい、ちょっと待ってねー」


 コモリがパタパタと玄関に向かうが、すぐに不可解な顔をして戻ってくる。


「……なんか、誰もいないのにピンポン鳴るんだけど」

「え、誰も?」

「猫はいるけど……黒いの」

「……わたしが行く」


 まさかと思いつつサクラがドアを開けて下を向くと、外廊下にシシリィが座っていた。


「お困りの気配を察して、ご説明に参りましたよ!」

「え? どうやってインターホン押したの?」

「ココロエナジーと魔法少女の魔力の互換は想定しておりませんでしたので、近似性は偶然だと思われます」

「ねぇってば」


 するすると玄関に入り込んだシシリィは我が物顔でリビングまでの廊下を闊歩する。

 無事とは思っていたが、心配していないわけではなかったので、サクラはシシリィにたずねた。


「というか今までどこに行ってたの?」

「サクラの正体がバレないように姿を隠さなければならないと、陰に控えておりました」

「あ、ごめんね、気を遣わせて……じゃあ、どうして出てきたの?」

「お呼びとあらば参上するまでです。堂々と話せるって素晴らしいことですね」


 話せる猫がいることはまだ言ってはいないが、戦隊と魔法少女を受け入れたあとならば瑣末なことだろう。サクラは難しく考えることを放棄した。

 リビングに戻るとシシリィが挨拶を始める。


「お初にお目にかかります。星霊戦隊を導きし、絆の星霊シシリィでございます」

「うわぁ、ウチの家のインターホン、喋る猫と魔法少女に鳴らされたんだ……」

「夜分に失礼いたします。猫ではなく星霊ですけど」


 コモリが引き気味で対応している横で、ノワールがぷるぷると震えていた。サクラは先程の怒りとは違うオーラを感じ、ヤバイと直感した。


「――あんたが例の泥棒猫ねっ!」

「えっ、なんですか、この人はいきなり! 猫ではなく星霊ですけどっ!?」

「あんたがこの子を星霊戦隊なんてものにしたせいでわたしがどれだけ――!!」

「うわぁ、サクラ! 助けてください!」

「うーん……ノワールの言うこと、ちょっと共感できるから本当にヤバかったら言ってね」

「サクラ!?」


 とは言うものの、放置していると話が進まないし、半分冗談だったので、シシリィをノワールの手から救い上げる。

 揉みくちゃにされたシシリィは息を荒くしながら、充分に距離を取った位置で姿勢を低くした。


「サ、サイケシスに負けず劣らず危険な相手ですね……!」

「うん。でも今は協力してくれるそうだから、威嚇しないでね……ノワールも」


 シシリィ相手に本気になるノワールは見せ物としては面白いが、今はそんな場合ではない。

 サクラはココロエナジーが京都に溢れている理由をシシリィにたずねた。シシリィはふふん、と自慢げにのどを鳴らす。


「調べていましたとも! 結論から言うと、この地には星霊にまつわるモノが眠っているからです」

「えっ、そんなものがある……いや、いるの!?」

「はい、大星霊と呼ばれる彼らはわたしたちよりも遥かに巨大で、強力な力を持ちます。それゆえに活動には多くのココロエナジーを消費するので、ピンチのときまで眠り続けていたのです」


 ノワールは戦隊のことを興味なさげに頬杖をつきながら話を聞いている。


「つまり戦隊の巨大ロボみたいなものね」

「ロボじゃありません! 大星霊です!」


 シャーッ、と威嚇しだすシシリィに、険悪な目で睨み返すノワール。

 シシリィには悪いが、ノワールの例えはシンプルでサクラにもわかりやすかった。


「その大星霊がいるから、京都はココロエナジーが溢れてるってこと?」

「そうです。というか、大星霊がいるということは、本当はここが戦場になっていてもおかしくないのですが……」

「……もしかしてあの話!? わたしが魔法少女やってたから、ここよりもココロエナジーが大きくなっちゃって、別の町でサイケシスが現れてるの!?」

「その可能性は大きいです。ですので、本来はあり得ない二つの町で、ココロエナジーが顕在化するという事態になっているのでしょう」


 複雑な心境にさせられる話だった。

 魔法少女を長期間続けていたことで、サイケシスを呼び込み、戦隊になる一因を作ってしまった。戦隊になる運命は、魔法少女になったときから決まっていたようなものである。


「ううむ……だけど、大星霊がいるなら助かるよ! 協力してもらえれば突破口が開けるかもしれない!」

「あ、ですが五人揃わないと無理ですよ」

「え……無理?」

「目覚めさせるには、五人分のココロエナジーが必要ですから」


 あっさりと言い放ったシシリィの言葉は、一向に勢ぞろいできない星霊戦隊にとって絶望的な宣告だった。

 サクラは見えかけた希望が足早に遠のいていくのを感じながら、諦めずにすがりついた。


「なんとか二人に負からないかなぁ?」

「負かりませんよ、大星霊は気前のいい商店ではありません」

「そんなぁ……」


 新情報に踊らされただけとわかり、サクラはがっくしとうなだれる。

 意気消沈したサクラを横目に、ノワールがシシリィにたずねる。


「ロボじゃないなら生きているの?」

「生命活動というと微妙に異なりますが、意識はありますよ。各々、わたしのように動物を模した姿かたちをしています。犬、龍、蛇、寅、馬……」

(あ、五体いるんだ……)


 恐らく戦隊メンバーの人数に対応しているのだろう、となるとサクラには気になることがあった。

 五体のうち、どれがサクラと組を成す大星霊なのだろう。


「シシリィ、わたしと対になる大星霊がいるの?」

「ええ、馬です」

(……馬かぁ)

「ピンクで一角獣の馬ですよ」

(ユニコーンかぁ!)

「何か失礼なこと考えていませんか?」

「そ、そんなことないよ!」


 カッコイイよりカワイイ動物がいいなぁ、と少しばかり思っていただけである。


「とりあえず、できることから始めましょう」

「できることって?」

「わたしはこいつと大星霊について探るわ。使えないといっても京都のココロエナジーの源泉なんだし、どういうものか把握しておきたいわ」


 ノワールはそう言いながらシシリィを見て指差した。指名されたシシリィは腰が引けている。


「ええっ、この方とですか……!?」

「大星霊を魔法探知で調べるなら組むしかないじゃないの」


 先程まで威嚇しあっていたくせに、必要となったら割り切るあたりがノワールらしい。

 サクラがぽけーっとした瞳でノワールを見つめていると、視線に気付いたノワールが目を細める。


「何その目は。あなたもこれ以上サボってんじゃないわよ。できることやりなさい」

「そ、そんなことあるのかなぁ……」

「……昔から大星霊なんてものがいるなら、歴史や地理を調べるなりなんなりできるでしょう」

「あてもないのに?」

「なかったら諦めるの? あなたは」


 いつもならば諦めるわけないと返していたかもしれない。

 しかし、主観や精神論だけではどうしようもないことを痛感させられていたサクラには、とっさに返すことができなかった。

 ノワールは返答しないサクラを訝しがっていたが、すぐに向きを変えてコモリに話しかける。


「悪いけど、わたしも一晩だけ泊めてくれる? どこでもいいから」

「構わないよ、手伝ってくれるんだし」


 サクラは二人の会話を聞き流しながら、即座に返せなかった自分に思いを残していた。


(……諦めないなんて無責任な言葉、簡単に言えないよ)

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