3-11 プライドの賭け方
サクラはノワールが敗北を口にしたことに衝撃を受けていた。
常に自信満々で余裕のあるイメージの彼女が負けを認めるなんて許せない、とさえ思った。
「負けてなんかないよ! もう一度、消耗戦を仕掛けて……」
「無理よ、もうわたしの魔力がもたないわ」
「……そんな」
「カウンターしかしないことを疑問に思うべきだった。
奴はわたしを消耗させるのにもっとも浪費の少ない最適解をとっていたのよ」
ノワールは肩をすくめて自嘲気味に微笑む。
まんまとしてやられたことが悔しくてたまらないのだろう。
「それどころか奴が馬鹿正直に打ち合っていたとしても無理だわ。
わたしたちは最初から負けてたのよ、金と魔力の根くらべに」
サクラの知るノワールは常に余裕を保ち、冷静であった。
それが今は弱音を吐いている。
サクラはそのことが無性に悔しかった。
どうしてこんなポッと出のヤングレーにノワールがへこまされなければならないのか。
やり場のない不満は生みの親であるパニィに向かった。
「ちょっとパニィ! どうして八桁しか表示できないの!?」
「えっ、九桁にするとアンバランスでデザイン的に可愛くなかったから」
「べつに八桁でも可愛くはないよっ!」
「……あなたたちねぇ」
くだらないやり取りに毒気が抜かれたのか、ノワールは少し呆れながらも表情を緩ませた。
そして、吹っ切るように眼前を鋭く睨みつけ、細く短く息を吐く。
「絶対、わたしの手で葬ってやるわ……!」
「いいね、そのほうがノワールらしいよ!」
「何それ」
喜ぶサクラを怪訝そうに見やったあと、ノワールは早口で次の手をまくしたてる。
「とにかく、悔しいけど現状では勝ち目はないわ。
アイツの持ち金を減らさなければ太刀打ちできないし、その手段もない」
「じゃあ、どうするの?」
「逃げるのよ」
「ええっ!? そんなことしたらあのヤングレー、また野放しになっちゃうよ!」
「そんなことは承知の上よ、それでも出直すほか方法はないの」
最終的にマネヤンを倒すことを考えれば、勝ち目のない状況で粘ることに意味はない。
合理的な判断ではあるのだが、サクラのヒーロー的思考からすると納得いかない。
(……でも、メイカさんを逃がすことを優先するなら)
マネヤンを逃がせば強盗被害が再び起こるかもしれない。
リスクを天秤にかけたところでサクラに答えなんか出せないが、知人をみすみす危険に晒しておくことだってできやしない。
「わかった、どうしたらいい?」
「……二人を連れて逃げなさい。
戦闘対象であるあなたが離れれば、ヤングレーも戦闘離脱するはずよ」
「えっ、ノワールが囮になるつもり!?
それなら狙われやすいわたしのほうが向いてるんじゃあ……」
「あなたに任せるとやられるまで戦いそうだからよ! ほら、さっさとする!」
ノワールの自己犠牲かのように思えるが、実際言っていることは心当たりがあるのでサクラは渋々うなづいた。
「逃げるよ、二人とも」
メイカとパニィを促して、マネヤンを警戒しながら最後尾を走る。
戸惑いつつも従うメイカだったが、心配そうに何度も振り返った。
「あの方は大丈夫ですの!?」
「平気! ノワールがこんなところでやられるわけないから!
メイカさんは自分のことだけ考えて!」
外までもう少しのところで、サクラの意識がぶれる。
(――ま、ずいっ)
何度も味わった時間を飛ばされる感覚に、サクラの脚が加速する。
前を走っていたメイカとパニィを追い抜き、その空間に現れたマネヤンに突っ込む。
「ぐぅっ……!」
財力でフィジカルを強化したのだろう、サクラは真っ向から弾き飛ばされて地面へ転がる。
(でも、二人は守れたっ)
繰り返し経験した時間停止と驚異的な直感により、なんとか襲撃を防いだサクラ。
しかし、これでは逃げることさえままならない。
「ヤンヤン、ヤーン」
屋外へと通じる出口に陣取ったマネヤンが抗議するように声を鳴らす。
サクラは起き上がりながらパニィに通訳を求める。
「なんて?」
「人質は逃がさないし、魔法少女もここで仕留めるって……」
「二兎追うもの二兎を得ようなんて、強欲なヤングレーね」
自ら囮役を買って出た挙句、無視されたノワールが苛立ちながら参戦する。
「せっかく人が格好つけたのに無視するとか空気読みなさいよ。
いいわ、金と命のどちらか先に尽きるか……付き合ってやろうじゃない!」
「ノワール!?」
役割などまるで忘れたかのようなキレた表情で、黒煙のように揺らめく黒いオーラをまとうノワール。
強引な飛びかかりで戦闘の火蓋は切って落とされ、魔力の込められた掌底がマネヤンに触れかけ――――たと思いきや、真横からノワールの脇腹に重い一撃が繰り出される。
黒煙を噴き出しながら苦痛の表情で堪えるノワールがマネヤンの腕を掴む。
グッと引き寄せながら叩きつけ――――ようとした瞬間、ノワールの真上からマネヤンが現れてのしかかる。
(時間を止められても、攻撃されても反撃を続けてる……)
サクラも見たことがないほど破れかぶれな戦闘スタイル。
枯れたと言っていた身体のどこにそんな魔力が残っていたのか。
底知れないノワールのスペックに驚愕しつつも、継続する攻防から目が離せない。
魔力による強引な身体強化で財力で勝るマネヤンと渡り合っている。
「ぐっ……」
しかし、意地を見せたところで消耗していることに変わりはない。
むしろ驚くべきはなりふり構わないノワールに匹敵しているマネヤンの能力だったのかもしれない。
ノワールは徐々に、確実に、削られていた。
(あんな戦い方、一分すらもたないっ!)
フォローしようと動き出すと、ノワールの鋭利な叫び声がサクラの耳を貫く。
「邪魔よッ!」
「っ!?」
凄みで圧倒されてサクラが怯んだほんの数秒。
+ + +
「――――か、はっ」
サクラにとっては数秒で、ノワールは地に伏した。
「ノワール!!」
無数の打撃痕。顔を腫らして倒れたノワールに駆け寄るサクラ。
数秒で受けるダメージではない。
とっさにマネヤンのほうを見やると、胸の数字は明らかに浪費されていた。
「……十分に時間に止めて、痛めつけたんだ」
マネヤンの資金力はサクラたちの継戦能力を遥かに超えている。
もはや金が尽きるまで耐えるとか、時間を先読みするというレベルの話ではない。
単純な力の差で負けており、小細工が通用する次元の敵ではないのだ。
(……それでも、ノワールはやった)
最後の力を振り絞り、マネヤンの資金を大きく削ってみせた。
結果的に足りなかったといえ、その数値分の行動は決して無駄ではなかった。
「……メイカさん、わたしはこれから精一杯戦う」
「む、無茶ですわ!」
「二人が逃げ切れるくらいマネヤンの力を削げればいい。
そうしたら、何かいい作戦を考えてこいつをやっつけて」
自分でも無茶を言っているということがわかっていた。
それでもサクラにはこうする以外に良い方法なんて思いつかなかった。
「わたしに冴えたやり方を思いつくような頭なんてないけど、泥臭い根性論と経験に基づく魔法少女のプライドってやつを見せてあげるよ……!」
作戦もなければ勝算もない、奇跡を待つしかないような状況。
絶望的な場面で抗い続けていられるのは守るべき者の存在と、サクラが言うように魔法少女のプライドだろう。
諦めてしまえば、いざ奇跡が訪れたときにそれを掴むことはできない。
これまでもそうしてきた。だから、これからもそうする。ただ、それだけのことである。
「……魔法少女のプライド」
メイカが反芻するようにサクラの言葉を繰り返す。
そして納得がいったように口元に笑みを浮かべた。
「あなたが魔法少女であろうとするなら、わたくしが取るべき立場は一つでしたわね」
サクラはその言葉の意味がよく理解できずにいたが、それを聞き返す前にメイカは次の行動をとった。
抱えていた紙袋――確か、運転手の爺やさんから預かったもの――から金色に輝くものを取り出し、手馴れた仕草でそれを髪に装着する。
状況が状況なだけに今まで気にせずにいたが、メイカのトレードマークである縦ロールが華麗に復活したのである。
(……え、どうして今それをつけたの?)
サクラの疑問をよそにメイカは堂々とした調子で、まるでここが薄汚れた廃工場ではなく、一流の社交場かのような口振りで言い放った。
「わたくしはお嬢さまですわ。
法外な身代金を要求されたとしても、それを用意する手段がありますわ」
「えっ!?」
「ナニ言ってんの!?」
サクラとパニィは同時にメイカの顔を見るが、その表情に嘘や誤魔化しは一切見られない。
ただ自信満々に財産がありますと主張する浮世離れしたお嬢さまがいるだけだ。
サクラたちの動揺とは裏腹に、マネヤンは金の匂いにのみ敏感に反応していた。
「ヤンヤーン」
「パニィさん、通訳をお願いいたしますわ」
「う、うん……金を用意するならお前は逃がしてやってもいい、だって」
戸惑いながらも言うとおりにマネヤンの言葉をメイカに伝えるパニィ。
メイカはスマートフォンを取り出すと、すぐにはかけずにマネヤンにたずねた。
「お金の用意をするから連絡を取ってよろしいかしら?」
「ヤーン」
通訳がなくともそれが肯定だと判断したメイカは、微笑みながら頷いて電話をかける。
静寂の中で流れる電話のメロディだけが流れており、妙な緊張感があった。
「――わたくしよ……ええ、無事ですわ……そう、家やお母さまにはまだ連絡しないで」
サクラは一瞬、この間が絶好のチャンスではないかと考えた。
しかし、マネヤンの能力相手では幾ら『間』があろうと意味はない。
すぐに考え直してメイカの行動を予測したが、まったく考えが及ばない。
(どうするつもり……メイカさん!)
懸念するサクラを置いて、メイカの話は淡々と進んでいった。
「わたくしの名義で下ろせるだけ下ろしなさい。ええ、すべてよ。
次にわたくしから連絡があったら、指定する場所に持ってきてほしいの……ありがとう」
通話が切られ、メイカが再びマネヤンへと向き直る。
サクラはメイカが何を言い出すのかとハラハラしていたが、メイカは意にも介さず予想外の言葉を口にした。
「賭けをいたしましょう」
「ど、どういうつもりなの、メイカさん!?」
今度ばかりはサクラも黙ってはいられず、思わず口をついて言葉が飛び出していた。
サクラは衝動を抑えられなかっただけなのに、メイカはそれを予見していたかのように流暢に答えた。
「言葉通り、わたくしの身代金を賭けて勝負をいたしましょう、という提案ですわ。
マネヤン様が勝てば身代金はマネヤン様のもの。
わたくしが勝てば身の安全を保障し、この場を全員で逃がしてもらいますわ」
「……マネヤンが勝負にノる必要性はあるのか、だって」
マネヤンの言葉をパニィが即座に訳す。
その主張はもっともであり、賭けに乗らずともマネヤンは強引にどちらも手に入れられるだろう。
メイカはあくまで態度を崩さず、ハキハキと言葉を返す。
「賭けに参加する意思がなければ、わたくしは身代金の用意をする連絡をいたしません。
ここでイエスと答えるだけで労せずに大金が目の前に訪れるというのに、それを選択しないということがありますか?」
マネヤンの本能は稼ぐことと魔法少女を倒すことである。
より少ない消費でそれを達成できる選択肢があるならば、それを選ばない理由はない。
そこにメイカの意図や罠があろうと、マネヤンにはそれを凌駕する金と暴力がある。
賭けが気に入らなければそのときに荒事を起こせばいい。
「ヤーン」
「肯定、と見てよろしいですわね」
「メイカさぁん……」
笑みを絶やさないメイカを心配そうに見つめるサクラ。
それに気付いたメイカがようやく用意した笑顔ではない、自然とこぼれた苦笑を見せた。
「あなたはプライドの賭け方がエレガントではなくってよ。
親しみは感じられるけど、それでは一流のお嬢さまにはなれませんわね」
「わ、わたしお嬢さまじゃないので……」
「ええ、魔法少女でしたわね――ですが、あなたのプライドがわたくしのプライドに火をつけた」
サクラは知らなかった。
メイカが『お嬢さま』らしいお嬢さまであるという本当の意味を。
「見てなさい、お嬢さまのプライドの賭け方というものを!
一般庶民には夢のようなエンターテインメントを提供して差し上げますわ!
オーッホッホッホッホッホ!」
普通のお嬢さまじゃあ、こんな状況で高笑いなどできるはずもない。
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