2-6 夕暮れの告白 人の気持ちはわからない

 自販機の前でココアを一気飲みしたサクラは、ぷはぁと息を吐いた。


「おっ、いい飲みっぷりだなぁ」

「えへへ、戦いの後ってなんだか喉が渇きませんか?」

「んー、生憎と戦いの経験がないもんでな……仕事の後ならわかるんだが」


 ヒーロー活動は給料の出ない仕事みたいなものである。共感したサクラは大きくうなづいた。

 ダイチはコーヒーを口につけながら、やや重たい溜息を吐いた。


「……あの二人、相性悪いよなぁ」

「うう、そう思います?」


 バッサリと言いきったダイチの言葉に、自分のことではないのにがっかりとした気持ちになるサクラ。

 その様子を見かねたダイチは、なだめるようにのんびりした口調で言った。


「まぁ、君が心配することでもないだろ」

「でも、戦隊解散なんてことになったら困ります!」

「そりゃ飛躍しすぎだ……うーん、ケンカともちょっと違うみたいだしな」


 顎を押さえながら考え込むダイチ。

 なかなか次の言葉が出てこない様子に、サクラはやきもきしてしまう。


「ヒナタさんはやりすぎだし、イズミは言いすぎなんですよ……」

「あぁ、そう見えたな」

「だけど、はっきり言わないと伝わらないってのもわかるんです」

「だよなぁ」


 そもそも簡単に伝わるならサクラだって苦労していない。

 ヒナタの暴走しがちな戦闘スタイルは確かに問題だ。

 しかし、その勢いと戦闘力はサクラも評価していた。

 もっと周囲と連携をとることができれば、自身も周りも戦いやすくなるはずだ。


「ま、なんでも程々が一番ってことだ」

「まとめないでくださいっ! まだ何も解決してません!」

「おぉ、悪い悪い……」


 深刻ぶらないダイチの態度は救われる面もあるが、度が過ぎるとサクラも黙ってはいられない。

 それでも大人の余裕を感じさせるダイチに、サクラは直球で問いかけた。


「どうすれば仲直りできると思いますか?」


 サクラの質問にダイチは少し唸り、簡潔に答えた。


「仲直りはできないだろ。仲がもともと無いんだから」

「……なんか、身も蓋もないような」

「元々が合わないタイプなんだろう。ほら、鰻と梅干しみたいなもんだ」

「よくわかりません……」


 こうもはっきり相性が悪いと言われてしまうと、元も子もない。

 このまま戦隊は空中分解してしまうのだろうか。

 サクラがしょんぼりと肩を縮ませる。


「そんな顔するなよ、なんだか悪いこと言ってる気になるじゃないか……」

「悪いこと言ってるじゃないですかぁ……」


 ダイチが困ったように眉をひそめながら、後ろ頭をかいた。

 サクラとしては建設的な意見の一つや二つも聞けるのでは、と期待していた分、落差が大きかった。

 落ち込むサクラに、ダイチがこれといって変わらない調子で訊ねた。


「サクラちゃんの理想はどうなんだ?」

「えっ、理想……ですか?」


 こう言ってはなんだが、ダイチの口から理想などと小奇麗なワードが出ると思っていなかった。


「解決のポイントというか、こうなったらいいってことさ」


 不意に聞かれて戸惑ったが、答えることで何か進展するならばと頭をフル回転させる。


「え、えーと、ヒナタさんとイズミが仲良く……とは言わないまでも、戦隊として崩壊しない程度の協力関係を築いてくれたら……?」

「はは、正義の味方にしちゃあハードル下げたな」

「だって無茶な理想掲げて世界の平和が守れなかったら意味ないですもん」


 サクラは当然とばかりに言い放ったが、ダイチは少し目を見開いて「そうでもないか」と呟いた。


「何がですか?」

「あぁ、いや……ハードル下げたってのは違ったなって」


 ダイチはグッと残りのコーヒーを飲みきって、ゴミ箱へと捨てた。


「さて、現実的にできることを考えていこうじゃないの」

「何かあるんですか!?」

「いいや? だから考えようって言ってるんだ」

「あ、そうですか……」


 一度は前のめりになったサクラだったが、ダイチの淡々とした口振りに身を引いた。


「まずヒナタは好き勝手にさせるより、明確な指示をしてやったほうがいいな」

「言いましたよ? 周りの状況を見て、突っ込みすぎないようにって……」


 言ってはいるが一向に直らないのだ。

 性格的な問題なのだから、一朝一夕に変わるものではないとサクラは考えていた。


「本人的にはしてるつもりなんだろう。

 だが、明らかに直情的なタイプに判断を任せても、言った側の期待通りにはなりにくい。

 行ってほしくない場面で『今なら行ける!』って思っちゃうからな」

「ああ……」

「勝手に無茶されるより、こっちの目の届くところで無茶してくれたほうがいいだろ」


 こうして言語化されると、サクラとヒナタの認識のズレが浮き彫りになるようだった。

 なんだかんだで三年間も悪の組織と戦ってきたサクラとは違い、ヒナタは素人ヒーローである。

 やりすぎないで、と言われて、実際やりすぎているつもりはないのかもしれない。


「でも、それってヒナタさんを信頼してないようで悪くないですか?」

「突撃性能は信頼してるぞ。

 やりすぎ、って思うくらいやれる人間なんてそうはいないからな」

「それは同感です」


 サクラが前々から実感していることだが、ヒナタの向こう見ずなところは戦闘向きだ。

 普通、敵と戦えなんて急に言われて全力を出せるような人はいない。


「イズミちゃんは言い方の問題だな。べつに間違ったことは言ってないし」

「それはそうですけど……」


 イズミが言っていたように、オブラートに包んだ言い方をしてもヒナタには伝わらなさそうだ。

 サクラもそう思っているからこそ、歯切れの悪い仲裁しかできなかったのだ。


「伝わらないと意味がなくないですか?」

「そうだな。だが、それで関係が悪くなったら伝わる以前の問題だ」

「んん……まぁ、確かに」

「二人が協力することが目的なんだから、ヒナタにわからせることが目的じゃないだろ?」


 あくまで目的は二人の関係改善、そして前提は平和を守ることである。

 ヒナタとイズミの性分を矯正したいわけではない。


「……どうしたらいいんでしょう」

「これだと言える正解はないなぁ……そんなもんあったら誰も苦労しないから」


 なんだか知恵熱が出そうなほど頭が痛くなってきて、サクラは溜息を吐いた。


「うう……人の調整って、ソロ戦闘より難しいです……」

「そんな年から管理職みたいな愚痴言うもんじゃないぞ」

「じゃあ、ダイチさんがリーダーやってください……」

「いいけど、現場はサクラちゃんに任せることになる」

「今と変わらないじゃないですか……」


 結局、はっきりした答えは見つからなかった。

 それでも少しだけ気持ちが軽くなったのは、ふわっとしたサクラの理想像をダイチが理屈で肉付けしてくれたからだろう。

 ヒナタとイズミを仲良くさせなければ、と考えていては行き詰まっていたかもしれない。

 無理に仲良くするのではなく、ただ一緒に戦える形になればいい。

 道筋を整理してくれたことにより、だいぶ考えるべき方向性はわかったような気がする。


「先が見えないのが悩みどころだけど……」



     + + +



 翌日、夕飯時が迫り来る夕暮れ。

 戦隊のことで悩みを抱えていようと、悪の組織は容赦なく襲いかかってくる。

 サクラは魔法少女としてパラノイアと戦い、危なげなく勝利した――のだが。


「またね、ピンキーハート」

「待ちなさいっ!」


 気を失っているアンダス婦人を異空間へと放り込み、ノワールも去っていった。

 毎度のことながら惜しいところで逃げ切られ、サクラは悔しそうに拳を握り締める。


「ノワールめ……わたしが戦隊で困ってるのに、あんな涼しげな顔して帰るなんて……!」


 客観的には理不尽な怒りをノワールにぶつけて、サクラは物陰で変身を解いた。

 よく戦いの場となる川沿いの広場は、普段は子供たちや家族連れなどで賑わっている。

 この場所でアンダス婦人はバーベキューヤングレーを繰り出し、なんか楽しげな音楽をかき鳴らしながら肉を焼くという暴挙に出た。

 この公園での火気の使用は禁止されており、もちろんバーベキューだって禁止行為である。


「はぁー、なんだかお腹空いちゃった……」

「……サクラじゃん」

「えっ!?」


 肉の残り香に気を取られていると、すぐ後ろから声がした。

 振り向いた先には買い物帰りといった格好のイズミが立っており、怪訝そうに鼻をひくつかせた。


「……なんかここ焼き肉臭くない?」

「さっきまでバーベキューヤングレーが暴れてたからね」

「は? なに、やんぐれー?」


 イズミに魔法少女であると明かしたサクラだったが、それ以上の詳しい説明はしていない。

 サクラは簡潔にわかるように答えた。


「バーベキューに特化した敵だよ。公園にいた罪もない子供たちを……」

「……え、焼いたの?」

「そう、焼いたお肉を食べさせたんだよ!

 この夕飯前のタイミングで焼き肉の匂いをさせるだけでも鬼畜の所業なのに、迷惑そうに断る子供たちにベストな焼き加減のお肉を押しつけるなんて!」


 イズミは途中から聞かなくていいような顔をしていたが、サクラは気付かなかった。

 基本的に秘密にしている魔法少女事情を語る機会というのはあまりなく、こうして説明できるとなるとサクラにも熱が入っていた。


「美味しい焼き肉で子供たちのお腹が一杯になったらどうなると思う?」

「……さあ」

「晩ご飯が入らなくなっちゃう!」

「……それヤバいの?」

「ヤバいよ!

 子供が夕飯を食べなければ、お母さんが悲しくてストレス。

 子供が夕飯を無理して食べれば、子供が満腹すぎてストレス。

 どっちに転がっても家庭の平和をおびやかす卑劣な作戦だよ」


 サクラは最後にぼそっと一言付け加えた。


「……わたしには一口もくれないし」

「えっ、なんて」

「なんでもないっ!」


 私情を挟んでしまったことを恥じつつ、サクラはこほんと咳払いをした。


「イズミはどうしてここに?」

「……サクラの姿を見かけたから、その、昨日のこと、謝ろうと」


 冷めた表情から一変、目を伏せて口を尖らせるイズミ。

 不器用な仕草にサクラはきょとんとさせられたが、謝罪を口にしようとしていることに気付いて、なんだか拍子抜けした気持ちになった。


「驚いた、イズミが素直に謝るなんて」

「……失礼じゃない?」

「あ、ごめん」

「いいけど。ホントのことだし……」


 不貞腐れたように笑うイズミは、大きく溜息をついた。


「空気を悪くしたいわけじゃなかった。

 だけど、言わなきゃ何も変わらないと思った」


 先日、ヒナタと口論した末に逃げ出したことを言っているようだった。

 サクラは同意を示すように頷いて、目で続きを促した。


「サクラはわかってると思うけど、わたし言葉がキツイじゃん?」

「そうだね……って、そんな顔しないでよ! 自分で言ったんじゃない!」

「……まぁ、そういうわけで自覚はあるんだけど、止めらんないんだ。

 特に自分が言わないと、って思ったときとかは」


 淡々となんでもないことのように語るイズミの胸中は、サクラにはわからない。

 しかし、イズミが考えもなく相手を非難したり、否定することはないと思っている。

 そこには必ずイズミなりの理由や気持ちがあって、それに基づいて行動している。


「あいつに悪気があって無茶してるわけじゃないのはわかってる。

 だけど、それが危ないって言ってるのに聞き入れないのはわからない」

「……うん」

「あのままあそこにいたら、もっと酷いこと言いそうだったから……自分で戦隊やるって決めたのに、自分でぶち壊しにしたくはなかったから」


 一時はヒーローなんてやらない、と言っていたイズミからは想像もつかない言葉だった。

 サクラは震えるほどの感動を味わっていたが、すぐにそんな場合ではないと気持ちを整理した。

 危険だからやりたくない戦隊を、イズミはサクラへの信頼から続けてくれている。

 そこに水を差しかねないヒナタの行動は、イズミにとって許せないことなのだ。


「手遅れになる前に、ってあいつは何をそんなに守りたいわけ?

 自分も仲間も省みずに突撃するようなあいつが」


 イズミの言葉は辛辣だが正直だった。

 サクラも考えてみたが、ヒナタの理想や願望は思いつかなかった。


(わたしなら町の平和のために危険でもいっちゃうことあるかもだけど……)


 サクラの思想は、三年間の魔法少女歴によって醸成されたヒーロー観である。

 いくら戦隊になったとはいえ、数ヶ月のヒーロー歴でヒナタが世界平和を渇望しているとは思えない。


(内容濃かったけど、知り合って一ヶ月そこらだもん……わかんないこともあるよね……)

「……あ、そっか」

「なに?」

「ヒナタさんのことを知らないから、わからないんだよ。

 何を大事にしていて、どうして戦っているのか」


 思い当ってしまえば当然のことだった。

 ヒナタの気持ちがわからないのは、付き合いが浅いからである。

 そういう相手と意見が噛み合わないのはよくあることだ。

 サクラはシオンの言っていたことを思い出していた。

 相手のことを知っていれば、納得はできずとも、理解できずに苛立つことは減るはずだ。


「あいつとわかり合えると思えないんだけど」

「わかり合うまでいかなくてもいいんだよ。

 ヒナタさんはこういう人なんだ、って許せるくらいになれれば」


 表現は悪いが、二人が仲良くなる必要はない。ヒナタにわかってもらう必要もない。

 一番、現実的な解決方法はイズミがヒナタのことをわかってあげることだ。

 しかし、それはイズミにだけ負担を押しつけることでもあり、納得できない顔でイズミは反論した。


「それってわたしだけがやらなきゃいけないこと?」

「それもそうだけど、早く解決したいでしょ?」


 イズミは無言でうなづく。

 サクラは人差し指を立て、教え導くように言った。


「自分以外は他人、手っ取り早く動かせる人間は自分――ってわたしのライバルが言ってたよ」

「ライバル?」

「バッドノワールって言うの。ほら、イズミに魔法少女がバレたときの」

「……え、襲ってきたやつじゃん。そんなやつの言葉を受け売りで使うの?」


 イズミからすればノワールは、サクラが魔法少女をしているときの敵である。

 敵と言われてしまうとそうなのだが、サクラの中ではノワールの言葉は信頼に値するものだった。


「ノワールはまさに、わかり合えないけどわかる相手ってやつかな。

 敵として戦うことはあるけど、ノワールの言うことは信用できるから」

「……よくわからないかも」

「あはは……そうだよね。

 これは特殊な例だとしても、ヒナタさんとも共通することはあると思うんだ」


 いまだ不服そうなイズミに向かって、サクラは心から溢れる柔らかい感情とともに言った。


「わかればつけられる折り合いもあるはずだよ」

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