2-5 沸点突破 わたしはヒーローにはなれない
「いやぁー、見事に失敗だったな」
「……マジ最悪」
「ははは、ノロイーゼは倒したんだから成功じゃないか!」
ダイチの提案した作戦は、ノロイーゼを水に沈めて、ヒナタが超高温の攻撃をすることで水蒸気爆発を起こし、一掃するというものだった。
しかし、外の解放空間では爆発を引き起こすような圧力はかからず、大勢のノロイーゼが煮上がっただけに終わった。
イズミは神経をひりつかせながら、数分前の男たちの会話を思い起こす。
『レッドはとにかく難しいことは考えず、一番アツい攻撃を加えるんだ』
『考えなくて……いいのか!?』
(いいわけあるか!)
嫌な予感は的中した。
ノロイーゼに致命的なダメージを与えられなかったヒナタは、追撃とばかりに攻撃をし続けた。
イズミとダイチは茹で上がるノロイーゼとともに、ヒナタの超火力範囲攻撃の巻き添えとなったのである。
不幸中の幸いはヒーロースーツの耐久力が想像以上に高かったことだろう。
熱や痛みは感じたはずなのに、致命傷が残ったようなダメージは見当たらない。
「変なの……絶対死んだと思ったのに」
「この格好、わりと丈夫みたいだな」
「熱かったけど」
「痛覚を軽減するのも限度があるんだろう。
完全になくされても、危険を認識できなくなる」
ダイチがもっともらしい解説をしているが、失敗した作戦の立案者である。
イズミはどうしようもない徒労感に襲われて、満足そうにしているヒナタに目を向けた。
「ボルカノンモードは凄まじい威力だ! ノロイーゼを殲滅したぞ!」
高笑いするヒナタはもはや悪のそれである。
込み上げてくるもやもやは、イズミの口から溜息となって吐き出された。
「はああぁぁぁ……」
「溜息ついてるところ悪いが、これで助けに行けるんじゃないか?」
ダイチが指し示した方向では、サクラとオーバードが戦っていた。
どちらが勝っているとも見えない状況だが、たった一人で戦うサクラを放っておくわけにはいかない。
イズミは雑念を振り払い、キッと目線を上げた。
「ほら、笑ってないで行くよ、バカレッド」
「ああ、俺たちの力を思い知らせてやろうじゃないか!」
ギリッと奥歯を不愉快に鳴らし、イズミはストレスをぶつけるように地面を蹴った。
+ + +
戦力は互角。一進一退の攻防を繰り広げながら、サクラは現状をそう判断した。
オーバードの大振りだが鋭い打撃は、経験と勘で回避ができる。
しかし、サクラのハートピンクとしての攻撃は、相手の懐に飛び込まなければいまひとつ威力が足りない。
これが魔法少女ピンキーハートとしてならば、距離をとってのサクラメントシュートといった手段もあっただろうがそうもいかない。
余裕のない状況で魔法少女へ変身することは、それがそのまま隙になる。
サクラはわずかな隙でも見逃すまいと、集中して向きあうほかなかった。
「ハハッ、どうした? ビビってンのかァ!?」
「そんなわけないでしょっ!」
虚勢を張るが、状況を打開する術がないのも事実だった。
有効打を与えようと突っ込みすぎれば、倒す前に反撃を喰らうのがオチだろう。
とはいえ、このまま戦いを続けるのは体力を削り合うだけで、ジリ貧に陥るかもしれない。
(くっ、このままじゃ……)
なまじ戦闘経験のある分、長引かせれば劣勢になることは予想できた。
せめて数秒でも変身する隙を作ることができれば、魔法少女の力でブーストすることもできるが――
「喰らえええっ、サイケシス!!」
「わっ!?」
二人の決闘を遮るかのように聞こえた叫び声とともに、爆発的な熱源が押し寄せる。
ハッとした瞬間、炎と塵と煙がサクラとオーバードを呑み込むように広がった。
だが、攻撃者であるレッド本人による事前の声かけの成果もあり、敵味方ともに火力の中心からは逃れた。
(い、今は助かったけど、ヒナタさんには不意打ちの打ち方を教えなくちゃ……)
冷や汗をかくサクラのもとへ、複数の足音が近づいてくる。
「この馬鹿っ、やりすぎ!」
「すまない! 危ない目に遭わせた上に敵を逃した!」
イズミとヒナタが騒ぎながら駆けつけ、遅れるようにダイチが並んだ。
サクラは肩で息をしながらも、グッと不思議な力が湧き上がる感覚がしていた。
「ありがとう、みんな! 一気に反撃開始だよ!」
ビシッと攻勢の構えに出るサクラだったが、黒煙の向こうから感じていた気配が消えた。
煙が晴れるとオーバードの姿はそこになく、ひとまずサイケシスの脅威は去ったようだ。
局面を乗り越えたことで、サクラたちは深い溜息を吐いた。
ただ、ヒナタだけは悔しそうに拳を震わせながら、ジッと戦場を見据えている。
「なんてこった……オレのせいでヤツを完全に取り逃がしてしまった!」
サクラとしては今はそこじゃない、と苦笑いする程度だったのだが、イズミはそれで済まなかった。
「……ねぇ、あのさ」
声色から不穏さを悟ったサクラは強引な明るさで遮った。
「いやぁ、今日はみんな無事で良かったよ! サイケシスも追い返せたしね!」
「サクラ、わたしはそれをこいつにわかってもらおうとしてるんだけど」
誤魔化しのきかないほどの強い口調で言い切るイズミに、サクラは言葉を返せなかった。
仮面で表情の見えないままだというのに、イズミからははっきりと苛立ちが伝わった。
「今日の戦い方は何? ううん、今日だけじゃない。ずっとそう」
言葉尻の調子を上げて、責め立てるように鋭い睨みを浴びせるイズミ。
ヒナタは何も言わずに聞いているだけで、どういう考えなのかは判別できない。
イズミは段々とヒートアップする。
「いつも、あんたが考えなしに暴れて、他がフォローしてるだけじゃん。
それが結果オーライだっていうなら、わたしはこんな戦隊やってられない」
「ちょ、ちょっとイズミ……!」
再燃しそうなイズミの戦隊辞める問題にサクラが慌てる。
しかし、イズミははっきりとした態度を崩さずに言った。
「何? わたし間違ったこと言ってる?」
「言ってないんだけど、もうちょっと普通に伝えないと……」
「普通って? 普通に伝えてコイツに伝わるの?」
刺さりのいい言葉の数々がサクラの胃を貫く。
確かにヒナタは、あえて無視しているのかというくらい話を聞かない節がある。
ただ、それは戦闘面に関してだけで、普段はそこまで酷くはない。
現に今もこうして直接的に非難されていることは理解しており、難しい顔をしていた。
「考えてはいるんだぞ? ただ全力を出すと考えもしなかった結果になるだけで……」
「一人で考えてるからでしょ? わたしらの意見まるで無視じゃん」
「そんなことは……」
「ない、って言うつもり?」
言い淀むヒナタを詰めるように言葉を連ねるイズミに、ヒナタが軽く目をそらした。
「手遅れになって後悔したくないから、オレにできる最大限をすぐにやるだけだ」
「……あんたが思うヒーローがそれなら、わたしはヒーローにはなれない」
変身を解除したイズミは渋い表情でサクラの横を通り過ぎる。
「……ごめん」
「え、待って――」
サクラの声も虚しく、イズミは立ち止まることなく歩いていった。
思わず呆けてしまうサクラに追い討ちをかけるように、ヒナタが悲痛な面持ちで言った。
「すまない、オレのせいで……」
「いや、それは」
「なんとかしてみせる……本当にすまないっ!」
今度は制止する間もなく、ヒナタは物凄い勢いで駆けていった。
脱力してしまったサクラはふらふらと辺りの壁にもたれかかる。
サクラは頭を抱えた。サイケシスも脅威だが、戦隊内の不和問題のほうがはるかに脅威である。
ヒーローとしてはベテランだが、チームとしての経験は浅いサクラにとっては、こちらのほうが見通しのきかない大問題だった。
「はあぁぁぁ……どうしてこんなことに……」
「やー、大変だね。戦隊ってのは」
のんきに語るダイチの横顔には緊張感の欠片もなく、努めて冷静な様子がうかがえた。
そんな顔を見ていると、真剣に悩んだところで仕方ないという境地に至ってくる。
サクラは少しだけ頭が冷えて、ぐーっと戦闘後の身体を伸ばした。
「戻らなくていいんですか、仕事」
「なんか早上がり扱いになってるみたいだし、このまま早退するさ。
便利だね、戦隊ってのは」
サイケシス撤退後の世界の調整でそういうことになったらしい。
破壊された町並みも元通りになっており、サクラは妙な溜息が出た。
「壊れた人間関係も直ってくれればいいのに……」
「べつに壊れたってほどじゃあないと思うが」
「ダイチさんはのんき過ぎませんか? 大人のくせに」
「大人をなんだと思ってるんだ……まぁ、オレはそういうタイプだけど」
ダイチはスッとポケットに手を伸ばし、すぐに「あぁ」と目を細めた。
「やめたんだった……なんか買ってくるけど、飲む?」
「えっ、悪いですよ。何度も何度も」
「自販機のジュースなんて奢るうちに入らんっての。ココアでいい?」
「あ、はい……いえ、わたしも行きます! ……でもなんで?」
サクラとしては純粋な興味から降ってきた疑問だったのだが、ダイチは唸りながら腕を組んだ。
「あー、大人ってのはさ、若者の相談に乗りたくなるもんなんだ」
その言い草はむしろ子供っぽくて、サクラは少しだけ気が楽になるようだった。
+ + +
オーバードはいつものように苛立っていた。
ハートピンクは手練れだが、爆発的な力は感じられない。
だからこそ、もっと戦いを見極めたかったところで、不本意な撤退をすることになった。
「どういうつもりだテメェ」
薄暗い空間。そこに不釣り合いなほど白い衣装に身を包んだメリーが、うつむき加減で身を震わせていた。
オーバードが退いたのは、突然現れたメリーの進言があったからだ。
今の姿からは想像できないほどの威圧感で、一時撤退をオーバードに言い放った。
それがこうして対面して理由を問いただすと、途端にビクビクとして話が通じなくなってしまったのだ。
「おい、黙ってちゃわかんねェだろ!」
「ぁ……あの、明らかに戦力差が……いえ、力ではなく数という意味でですが……」
言葉の端々から滲む意思があるだけに、はっきりとしない言い方がまた腹立たしいとオーバードは憤る。
「はっきりしやがれ! ベツにテメェの判断を否定してるわけじゃねェ」
「は、はい。オーバードさんの戦いを拝見してましたところ……どうやら、ただ倒すだけが目的ではないご様子……」
メリーに指摘されたことは図星で、オーバードはわずかに彼女への認識を改めた。
先程の戦闘では全力を出してはいなかった。
戦隊の主軸であるピンクの力量を正確に見るため、そして、ピンキーハートにつながる情報を探るために手を抜いていたのだ。
とはいえ、ピンクの実力は本物だった。戦いに慣れており、判断が的確で素早い。
「テメェの言うとおりだ。
オレは慎重派なんでな、ピンクの実力をこの目で確かめておきたかった」
「それでやはり、戦隊の柱であるピンクを狙う……ということでよろしいのですか?」
「ああ、そうだ」
倒すことより、追い詰めることで現れるかもしれない魔法少女にこそ、オーバードは関心がある。
しかし、ピンキーハートの凄まじいパワーへの追究は、オーバードの個人的興味に過ぎない。
サイケシスとしては早々に邪魔者は排除すべきなのだから、余計なことは言わないに限る。
「今日のように邪魔が入っては都合が悪いのではないですか?」
「ああ」
「その際、ノロイーゼでは少々、力不足ではないかと……」
「テメェがやるってのか?」
メリーが足止め役を買って出るというのは、オーバードからすると予想外だった。
主張の激しいタイプではないと思っていたので、意見してくるようなことはないと考えていた。
「ご心配は重々承知です……ですが、戦隊内のパワーバランスはピンクに偏重しています。
それをオーバードさんが抑えてくれるのであれば、なんとかなると思います」
調査対象であるピンク以外を引き受けてくれるのであれば、その提案に損はない。
ただ、メリーを信用しきれないオーバードは、自ら申し出た意図を問いかけた。
「この作戦で、テメェのメリットはなんだ?」
メリーはただでさえ伏せがちな目を更に伏せて、ほとんど下を見るような姿勢になった。
「こうでもしないと……成果を出す自信がないだけです。
強者を相手にするだけの力がわたしにはありませんから」
「けっ、それでよく幹部候補なんて言えたもんだな」
「……すみません」
「まぁいい。そういうことなら利用させてもらう」
コクっと小さくうなづいたメリーを見て、オーバードは軽く舌打ちした。
陰気な女だという第一印象は拭えないが、話はわかるやつだと感じた。
「精々、オレの役に立つんだな」
所詮、単独で遂行できる作戦の一端を担わせるに過ぎない。
オーバードの基本計画は変わらない。ピンクを追い込んで、力の正体を確かめるだけだ。
邪魔が入らないことで、ピンクがあっさりと敗北してしまった場合は――
「……そンときは、その程度だったってだけか」
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