1-3 わりと楽勝!? 三年目の新人ピンク

 ハートピンクに変身したサクラは、シシリィとともに全速力で現場へと向かっていた。


「ねぇ、カラチェンってできないの!?」

「できません。それが星のさだめです」


 不毛な言い争いをしながらも、とにかく現場へ急いでいた。

 回り道になりそうなら建物を飛び越え、人ごみの気配があれば察知して避けた。

 サクラの少し前を行くシシリィの後を追って、ショートカットできそうなところは徹底的に近道する。

 それらの判断力は魔法少女としてパラノイアと戦ってきた経験から培われたもので、まさか他に役立つことがあるとは夢にも思わなかった。


「あそこです!」


 ビルの屋上でシシリィが急停止し、真下を見下ろしながら叫ぶ。

 十字路の大きな交差点、サクラにも得体の知れない煤けた赤黒い集団が見えた。

 頭部に無数の突起物があり、前傾姿勢でだらんと腕を垂らしている集団は、サイケシスの戦闘員のようだった。

 ウィルスの図解に人間の胴体をくっつけたような外見に、サクラは不気味さと気持ち悪さを感じた。


「あれがサイケシス?」

「ええ、ノロイーゼというサイケシスの戦闘員です。

 まだノロイーゼしか姿を現していないようですが、人々を襲って心のエナジーを奪うつもりです!」


 よく見ると逃げ惑う人々だけでなく、すでにエナジーを奪われて廃人のように道端に倒れこんでいる者もいる。

 その光景にサクラは脳天が貫かれて、一気に血潮が沸き立つのを感じた。


「シシリィ! あの人たちは助かるの!?」

「すぐに奪われたエナジーが戻れば、つまりノロイーゼたちを倒せば助かるでしょう」


 そう説明するシシリィが悔しそうに目を細める。


「しかし、数が多すぎます……!」


 眼下で暴れるノロイーゼたちはざっと見積もっても三十以上はいる。

 一人で相手しきれる数ではないと、シシリィは口早に言った。


「とにかく、わたしがレッドだけでも連れてくるまで――!」

「わかった、でも――倒してもいいんだよね?」


 言葉を失い、呆然とするシシリィの横をすり抜けるように飛び出す。

 ビルの側面を滑り落ちながら、散らばるノロイーゼたちの位置を把握し、頭に叩き込んだ。

 シシリィはレッドが合流するまで耐えろと言おうとしていた。そんなことわかっている。

 しかし、目の前で苦しむ人々を見てサクラは我慢できなかった。

 それにサクラも目算なしに単騎突撃をしたわけではない。


(……この数なら、いける)


 指示を出すような中核となる怪人や幹部の姿はなく、統率のとれていない烏合の衆。

 それはもはや集団ではなく、サクラにとっては各個撃破の道筋が絵に描いて見えるようなものだ。

 三年間のみっしり凝縮された戦闘経験は、雑魚戦闘員なんか三ケタで来ない限り恐るるに足らない。


「とぉぉりゃああぁぁーっ――!!」


 落下地点そばにいたノロイーゼを踏みつけ、付近の数体も勢いのままに蹴り倒す。

 やられたノロイーゼからキラキラした光が放出し、倒れこむ人々へと吸い込まれていった。

 サクラは敵を倒せば、心のエナジーを奪われた人が助かると確信し、グッと気合を入れた。


「さあっ! わたしのデビュー戦、すぐにお開きにしてあげるっ!!」



     + + +



 ビルの屋上のふちに座り、そよ風を肌で感じながら待っているサクラのもとに、シシリィが現れた。

 シシリィは驚きで言葉も出ないといった様子で感嘆の声を漏らした。


「……すごいですね」

「シシリィ、話も聞かずに突撃してごめんね?」


 少しだけ自慢げに首を傾けるサクラに、シシリィは純粋に感心するように頷いた。


「わたしこそ、元魔法少女を侮っていたようですね」

「元じゃないよっ」


 しっかりと訂正しないと既成事実にされそうだったので、サクラは強めに主張した。

 シシリィはそんなこと意にも介せず、平和になった街角を見下ろし、安堵するように溜息をついた。


「ほっ、とりあえず危機は去りましたか……」

「ねぇ? 心のエナジーが戻って人々が元気になったのはわかるんだけど、壊れた町並みが戻ったのはどうして?」

「星が記憶を巻き戻したのでしょう。

 サイケシスへの恐怖はそれだけで心のエナジーを蝕んでしまうほど強力です。

 ですから危機が去れば、それ以前の平穏な環境に戻すのです」


 それはそれで危機感が足りなくなるような気もするが、サイケシスに怯えて暮らさなければいけなくなるのもごめんだ。

 何より壊れたものが元に戻るというのはサクラとしても都合がいい。

 本気で戦っている最中に道路の修繕費用や他人の自動車の弁償なんて心配をしなくて済むからだ。


「……もし、敵を倒せなかったらどうなるの?」

「星の記憶を巻き戻したところで、奪われた心のエナジーは戻りません。

 おそらくは、原因不明の廃人状態となる人々が出ることになるでしょう」

「うわぁ、それは負けられな――誰か来るっ!」


 屋上へつながるドアのほうから、コツコツと階段を上がる靴音がサクラの耳に聞こえた。

 こんなところで女子高生と黒猫が駄弁っている姿なんて見られたら、それだけで不審人物として扱われてしまう。

 緊張するサクラだったが、シシリィは穏やかに足音の正体を告げた。


「あれはレッドですよ」

「レッド……さん?」

「ええ、わたしが誘導して呼び寄せたのですが、無駄足になってしまいました。

 ですが、いい機会ですから顔合わせを――」

「ま、魔法少女のことは内緒だからねっ!」

「えっ?」


 サクラは慌ててシシリィに向かって、シーッと人差し指を口もとにあてて内緒のポーズをとる。

 シシリィは本当に理由がわからないといったように疑問符を顔に出していた。


「何故です?」

「魔法少女の正体は秘密なの! そういうものなの!」

「はぁ……わたしは?」

「星霊はノーカンでしょ!」

「理屈はわかりませんが……いいでしょう」


 魔法少女の正体は秘密である、というのはサクラにとって鉄の掟である。

 べつにバレたからといって動物に変えられるといったペナルティがあるわけではないが、周囲の人間に迷惑がかかることは確かだ。

 サクラ自身、魔法少女とはそういうものだと思っており、たとえ会話の途中でも人の気配に敏感なのはそういう理由からだ。

 そのおかげで三年間の魔法少女活動歴でサクラの正体を知っているのは、サクラの両親と仲良しのクラスメイト二人しかいない。


「星霊戦隊も記憶の巻き戻しの効果で一般人には実質、正体が明かされません。

 ですが、戦隊同士は巻き戻しを受けませんし、連携のためにも正体は秘密というわけにはいきません」

「わ、わかったよ」


 サクラは立ち上がって屋上へやってくる人物を待ち構えた。

 一緒に戦う仲間という存在は初めてで、なんとも不思議な緊張感があった。

 足音が止まり、屋上のドアが開くと、長身で短髪の爽やかな青年がやたらと大きい声で現れた。


「おー、シシリィ! 敵もいないのに変身できないから遅くなっちまった……ぜ?」


 黒髪の耳元を刈り上げたツーブロック、爆発気味の髪の毛。

 サクラよりも頭一つ分以上は大きな背丈ながらも、大柄な印象を受けるシルエットではない。

 変身前の私服のはずなのに赤いレザージャケットが暑苦しいが、レッドが口を開くと本人の熱気で服などかき消された。


「おお!? 新しい仲間って……ち、あ、高校生だったのか!?」


 のけぞるリアクションに大きな身振り手振り、ここが舞台ならば評価もされるが、残念ながら聴衆は一人と一匹である。

 変な人だな、とサクラは思った。

 とはいえ、初見で中学生ではなく高校生と気付いてくれたので、少しご機嫌になった。


「桃瀬サクラ、十五歳の高校一年生です!」

「よろしく! オレは紅月ヒナタ、二十歳だ!」

「だ、大学生ですか?」

「そうだな、今年三年目になるぜ!」


 ヒナタはグッと親指を立てて良い笑顔を見せる。

 あははー、とサクラは愛想笑いを返しながら、熱血漢タイプのレッドにやや圧倒されていた。

 これまで仲間と呼べるような者はおらず、敵の魔法少女のノワールも同年代の少女だった。

 パラノイアには大人の幹部もいたけれど、仲間として年上が近くにいる感覚は慣れなかった。


「……シシリィ! わたしと紅月さん、年齢差とか体格差とかあるけど連携とれるの?」


 思わず小声でシシリィに問いかけると何食わぬ顔で答えた。


「スーツ装着時は体型や能力の個人差は抑えられるようフォーマットされます」

「へぇ……意識してなかったけど、そうなんだ」

「能力のほうは装着者の経験値で誤差は出るようですが……あなたのように」


 シシリィはサクラの戦闘力を評価しているらしく、しきり感心して褒めてくる。

 三年目ともなる引き分け続きの魔法少女では得られない称賛に、サクラはなんだか恥ずかしくなってきた。

 火照りだす頬を誤魔化すために、サクラは慌てながらシシリィに言った。


「あ、あはは……体型が関係ないならよかったよ。

 身体の線が出たり、あんまりピッタリだと恥ずかしいもんね」

「……そうですね?」

「どこ見て言ったの今」


 スン、と急に冷める自身の心を感じていると、ヒナタが声をかけてきた。


「サクラちゃん。オレのことはヒナタって呼んでくれていいんだぜ」

「えっ、年上の方をいきなり名前で呼ぶのは失礼かなって……」

「これから仲間になるのに遠慮なんてしたらやりづらいだろ?

 それにオレ、妹がいるからさ。名前で呼び捨てにされるのなんて慣れっこさ」

「妹さんに呼び捨てにされてるんですか?」

「世間の兄貴なんてそんなもんだよ、ほら」


 サクラは当初ヒナタのことを、色味も相まって熱血で暑苦しいタイプだと思ったが、わりと親しみやすい人だと思い直した。

 何より仲間になるのに遠慮はいらない、という言葉には同意しかなく、サクラは大きく頷いた。


「はいっ、よろしくお願いします、ヒナタさん!」

「さん、もいらないんだけど……まぁ、いいか!」


 和やかにまとまった空気を察してか、シシリィがずいっと二人のあいだに割り込んだ。


「さて挨拶も済んだところで、これからの方針を決めたいと思います」

「方針?」


 サクラもヒナタもあまりピンと来ていない。

 サクラは個人戦しかやってきたことがないし、ヒナタはそもそも戦闘経験などない。

 シシリィは少し悩みつつも、噛み砕いて言い表した。


「サイケシスとの戦いにおける連携、意思のすり合わせなどでしょうか」

「そりゃあ、大事だな!」

「待って、シシリィ」


 そういうことを前もって話し合っておくことの重要性は、サクラにもなんとなく理解できた。


「そういうのはメンバー全員が揃ったときのほうがいいんじゃないかな?」


 だからこそ、当然の意見を意見をしたまでのつもりだった。

 そのはずなのに――


「――えっ?」


 シシリィは露骨にとぼけた。この距離で聞こえないわけがない。


「あの、今日は都合が悪くて集まれなかったけど、次の戦いまでに皆を集めてさぁ」

「……あー、それが、そういう機会はなかなか作れないのではないかと」


 サクラは嫌な予感がしながらも丁寧に提案を推したが、シシリィの歯切れは悪かった。

 そうなるとさすがに我慢できず、サクラはたずねるしかなかった。


「ねぇ、どうして他の三人は来れなかったの?」

「……レッド以外の三人は、何かと理由をつけては出動要請を渋るのです。

 そもそも戦隊活動自体に乗り気ではないと言いますか」

「えっ、なんでそんな人たちを選んだの」


 ぐっ、と痛いところを突かれたようにシシリィが後ずさる。


「最初に勧誘したレッドが二つ返事で戦士になることを承諾してくれたので、わたしはてっきり人類はすべて奉仕精神にあふれるものと……」

「適当に選んだの!?」

「ち、違いますっ! 星の鼓動と同調できそうで、最もポテンシャルが高いと予測した者を選びました!」


 慌てて否定するシシリィだったが、ひとしきり慌て終わると途端に落胆の声をあげた。


「……しかし、いざ戦いとなっても、今は行けないの繰り返しで」

「ちゃんと説明した? 地球の危機だって」

「しました! それでも仕事がどうの、稽古がどうのと……」

「仕事に稽古?」


 呆気にとられて繰り返すと、シシリィはそれを疑問と解釈したようで説明を始めた。


「はい。グリーンは会社員、イエローは家の習い事で多忙のようなのです」


 サクラは頭を抱えた。

 大学生レッドですら驚いたのに、社会人グリーンまでいるとは。

 イエローはなんとなく、いいとこの子のような雰囲気を感じる。

 ともあれボランティア活動にも等しいヒーロー活動には、時間的余裕があることも世知辛い条件の一つと成りうる。


「……あと何色がいるの? ブルー?」

「ブルーは応答すらまともにしてくれません」


 この戦隊は早くも終了の様相を呈してる。

 サクラが加わり五人揃ったと思いきや、一度も揃ってなどいなかった。

 他の人たちは、のっぴきならない事情を抱えて戦士になり、これまたどうしようもない事情で来れないと思っていたサクラ。

 魔法少女と戦隊ヒーローを兼任すると決断したのも、こうなっては色々と話が変わってくる。

 シシリィの伝達ミスと他メンバーの危機意識の足りなさを、一身にかばえるほど割り切れるはずもない。


「嘘でしょ! そんなんで戦えないなら、わたしだってもっと考慮されてもいいんじゃないかな!?」

「おっ、サクラちゃんはどんな理由があるんだ?」

「……えっとぉ、高校の新生活とか」

「大変だよなー! オレに教えられる教科とかあれば、頼ってくれていいぜ!」


 サクラは大声でシシリィに抗議したかったが、ヒナタの手前で魔法少女のことを話すわけにはいかない。

 顔合わせを済ませてしまった以上、脱退するとしても理由を説明するのが筋だろう。

 行き場のない拳を震わせるサクラに、シシリィが猫なで声で言った。


「……サクラはわたしと"秘密"の約束をしていると思うのですが、なんでしたっけ」

「うっ!!」

「何はともあれ、これからもよろしくお願いしますね、サクラ」


 辞めたい、とは言い出せない展開に言いようのない抑圧感に苛まれる。

 それでも星を救うことしか頭にない黒猫の星霊と、青年ながらも屈託のない笑顔ができるヒナタを見ると、そんな感情もぷしゅーと抜けていくように思えた。

 負担は倍になり、戦隊活動の先行きも明るくはないが、先程の戦いから考えると戦闘面に不利はないだろう。


「まぁ、頑張るっきゃないかー……」

「その意気ですよサクラ」


 静かな決意を胸に秘めたところにシシリィの念押しが入り、くいっとサクラは首を回した。


「シシリィって星の悪魔かなんかじゃないの」

「いいえ、わたしは星霊。心のエナジーを持たない、サイケシスに対抗しうる星の代行者ですよ」

「あぁ、やっぱり心無い存在なんだね」

「……その言い方では、なんか語弊あるように思いますが」


 放任主義になりつつあるムゥタンとどちらがマシだろうと比べつつ、サクラは一時の平穏に身を預けるのだった。

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