1-2 いきなり爆誕! 魔法少女で戦隊ヒーロー

「お、覚えてろざますーっ!」


 今日も今日とてパラノイアとの一戦を消化不良で終えたサクラは、げんなりとしながら変身を解除した。

 小柄な身体を包む制服は、左胸に学校のエンブレムがついたブレザーにチェックのスカート。

 まだ着慣れていない感満載のその服は、つい先日に袖を通したばかりである。

 サクラはこの四月に高校一年生になったばかりで、三月生まれの十五歳だ。

 それなのに早くもくたくたになりつつある制服の生地を見て、サクラは盛大に溜息をついた。


「はぁーっ、どうしてこんなに忙しいの……」

「――パラノイアは新生活とかお構いなしだからねぇ」


 ポンッ、とポップコーンが弾けるような音とともに不思議な生き物が現れた。

 小さくてまるっこくて、頭とお尻がピンク、お腹まわりだけ白いブタのような見た目。

 しかし、ゾウの鼻のように長い口もとがブタではないことを主張している。


「ムゥタン! 珍しい……起きてたの?」

「失敬だなぁ。ボクだってたまには起きてるとも~……今からまた眠るけど」

「またなの?」

「だって、予知夢を見ることがボクの仕事だからね」


 ムゥタンと呼ばれるブタ――ではなくバクに似た生き物は、サクラのパートナーとなる妖精である。

 のんびりとした性格で滅多に姿を現すことはないが、パラノイアの出現だけはテレパシーで教えてくれる。

 昔はもっとサクラのそばにいたのだが、戦いが長引くにつれて緊張感のカケラもなくなり、日がな一日眠りこけているようになってしまった。


「それでどうしたの? ムゥタンが出てくるなんて、悪い夢でも見たの?」

「そうなんだよぉ、サクラの未来に不吉な影を見たんだ」


 あんまり気の抜けた声なものだから、サクラもいまいち危機感を煽られない。

 それでもムゥタンの予知夢はほぼ的中すると言ってもいい。

 この三年間、神出鬼没のパラノイアに対抗できたのは、ムゥタンの予知夢の精度が高いからだ。


「どんな夢なの?」


 悪い夢とわかりつつ聞くのは気が進まないが、聞かないでいるのはもっと不安だ。

 サクラは覚悟を決めてムゥタンに夢の内容をたずねた。


「うーん……言いにくいんだけどねー?」

「うっ、心の準備はできてるよ……かもん!」

「――この先、もーっと忙しくなる予感がするよ……!」


 両手を握り締めて構えていたサクラは、目をぱちくりとさせながら、ゆっくりと腕を組んだ。


「……中間テストかな?」


 テスト期間中にパラノイアの襲撃が重なったら、中学のときよりも遅れを取り返すのは大変だ。

 サクラが首を傾げていると、ムゥタンはぽやぽやした声のままで忠告した。


「それかもしれないけどー、ボクの予知夢ではもっと大変なことになる予感がするよー」

「わかった、気をつけるよ」

「そうだねー、サクラはお人よしだから、無茶なことしないでねー?」

「うん、ありがとね」


 じゃーねー、と終始のんきな態度を崩すことなく、ムゥタンは消え去った。

 サクラは虚空に手を振りながら、サッと気を取り直した。


「よしっ! これから忙しくなるけど頑張ろう! やるしかない!」


 なんだかんだで中学生活と魔法少女を三年間やり通した経験は、サクラにとっての自信となっている。

 いまだパラノイアに完全勝利できないでいることは不服だが、それもこれもバッドノワールのせいだ。

 敵がパラノイアだけならサクラはとっくに平凡な少女に戻れているはずだ。

 思い出したらムカムカしてきたサクラは、胃のあたりを押さえながらくぅーっと唸った。


「今日だってあそこで邪魔されなければ……」


 ノワールはサクラと対照的に暗色の衣装に身を包んだ悪の魔法少女である。

 正体不明、目的も不明。とにかくサクラの邪魔をしたいがために、パラノイアに協力している。

 ノワールいわく――


『あなたみたいな良い子ちゃんをいじめることで、ストレス解消になるのよ』


 ――とのことらしい。サクラにとってはとんでもない相手だ。

 ノワールはパラノイアの一員ではないのだが、それゆえにポンコツでもなければ、弱くもない。

 無慈悲な威力の攻撃を的確に放ち、最大限の邪魔をしたところで去っていくという完璧な引き際。

 サクラ一人では太刀打ちできず、何度も力及ばずパラノイアを取り逃がしている。


「このままじゃ駄目だよね、もっと強くならなくちゃ……!」


 決心を新たにしたところで意気揚々と歩き出すと、道端に段ボール箱が落ちているのが見えた。

 箱は小刻みに揺れており、近づいてみると一匹の黒猫が中でうずくまっていた。


「わぁ……捨て猫、かな?」


 声に反応した黒猫が顔を上げると、銀河のように煌めく瞳がジッとサクラを見つめた。

 捨て猫にしては毛並みも良く、やせ細っているようなこともない。

 ただサクラを値踏みするような眼差しは、警戒されているのかなと思った。


「ごめんね……猫を飼ってあげられる余裕ないんだ、わたし」


 サクラはそう言いながらスマホを取り出し、うーんと悩み始める。


「警察? 保健所? 見つけちゃったからには、このままにできないし……」

「――面倒見がいいのですね」

「っていうか、放っておけない感じかな……って、えっ!?」


 自然と返事をしてしまったが、話しかけられるような人影は周りにはいない。

 唯一の生き物は目の前にいる黒猫だったが、猫が人語で話しかけることなどあるはずがない。


「……いや、あるのかな?」


 ムゥタンという喋るバクに比べれば、喋る黒猫のほうが世の中にはいそうだ。

 サクラが思い直していると、改まるようにして黒猫が口を開いた。


「わたしは星霊シシリィ。星の代行者として、悪と戦う戦士を探しています」

「――えっ?」


 シシリィと名乗った黒猫はサッと優雅に箱から抜け出すと、サクラに挨拶するように頭を下げた。

 そして段ボール箱に触れると、そこにあった段ボール箱はキラキラした輝きの中に消えていく。


「えっ、なに、え――?」

「ご安心を。この段ボール箱はあなたに出会うために創られたゆりかご。

 役目を終えたので星に還したのです」

「……そんな神聖な箱なの?」

「星のお告げによると、この箱に入って待っていればあなたに会えると」


 確かに捨て猫だと思って気にかけたところはあるが、そう言われると詐欺っぽい。

 サクラは怪訝そうな目を向けるが、シシリィは気にも留めずに話を始めた。


「実は世界は今、大きな危機を迎えているのです」

「そ、そうなんだ……」


 深刻に切り出された話だったが、似たような話を三年前にされているサクラは、どうもノリきれなかった。

 幸い、シシリィはそんなサクラの様子は気にせず話を続けた。


「サイケシスという悪の集団が、心のエナジーを集めて世界征服を企んでいるのです」

「ちょっと知らないワードが出てきたんだけど」

「……世界征服ですか?」

「サイケシスだよ! 心のエナジーも謎だけど!」


 シシリィは妙に常識外れというか、会話のテンポがおかしい。

 のんきなムゥタンと比べてハキハキと話すが、声色に人間味がない。猫だけど。


「サイケシスはつい最近、星霊たちによって観測された組織です。

 すでに二つの星を滅ぼし、次はこの地球をターゲットにしているようなのです」

「もう二つも!?」


 三年かけて町の一つも征服できないパラノイアとは比べ物にならないほど凶悪だ。

 一気に危機感を覚えたサクラは前のめりになってシシリィにたずねる。


「どうしてそんなことに?」

「サイケシスの首領は心のエナジーを集めています。

 それは生き物の心にしかないエナジーで、奪われた者は廃人のように無感情になります。

 そうなっては生き物は動いていたとしても、生きているとは言えません」

「そんな酷い――!」

「どうやらサイケシスの首領はエナジーを奪われた者を操ることができるらしく、その力で世界を征服しようと考えているものと思われます」


 シシリィの語る状況は到底信じられないような絵空事ではあったが、すでに魔法少女ピンキーハートとして戦っているサクラには真実味を帯びていた。

 このまま放っておけばサイケシスは地球の生き物の心のエナジーを奪い尽くし、地球は死の星となってしまうだろう。

 サクラは思わず叫んでいた。


「どうにかならないの!?」


 その言葉を聞き、シシリィは嬉しそうにのどを鳴らした。


「やはり……あなたには戦士の資質があるようです……!」

「うん? どういうこと?」

「先程、悪と戦う戦士を探していると言いましたね?

 現在見つかっているのは、四人。




 ――その最後の一人が、あなたなのです!!」




「っあー……」

「なんですか、その断りづらい仕事を頼まれたときのような声は」

「わたし、他の危機と交戦中というか……すでにやっている職業? があって……」


 高校生となったサクラは、ただでさえ新生活と魔法少女の両立に苦心している。

 そんな環境でべつの組織と戦うなど、ホイホイと引き受けられる話ではない。

 サイケシスという巨悪を見過ごすことはできないが、快諾するには問題が山積みすぎる。


「こ、断るのですか? 世界がピンチなのに?」

「だ、だってわたし、もう魔法少女やってるんだよ?

 パラノイアだって倒してないし、そんなのできるわけないよ!」


 サクラも簡単には引き下がれない。

 三年間も続けてきた魔法少女をやめられないし、パラノイアやノワールとの決着もついていない。

 しかし、シシリィも世界の危機を背負っているだけあって、まだまだ食い下がった。


「誰でもいいというわけではないのです。

 世界と同調できる者、星の鼓動と同じ魂を持つ者でなければ――!」

「魔法少女だって、わたしじゃないとできないもん!」

「本当ですか? その根拠は?」

「ハートフェアリーっていう妖精の予知夢で選ばれたんだよ!」

「くっ……確かにそれは運命っぽい!」


 あ、それでいいんだ、とサクラは少し思ったが、おくびにも出さなかった。

 シシリィはその場をぐるぐると回りながら、どうにかしないとと考えているようだった。

 諦める気はなさそうな気配を察して、サクラは今ここで畳みかけなければと息を巻いた。


「ごめんね! 助けてあげたいけど、無理なものは無理だから!」

「……そう、ですか」


 しょぼんと首を下げるシシリィに少し胸が痛んだが、できない無茶を抱え込むわけにはいかない。

 どうやら他にも戦士はいるようだし、サイケシスはその人たちに頑張ってもらうしかない。


「じゃ、じゃあ……頑張ってね」


 サクラはそそくさとその場を後にしようと離れたが、シシリィが突如叫んだ。


「なんということでしょう!」

「ど、どうしたの!?」

「敵襲です!」

「サイケシスの!?」


 ごくり、と頷くシシリィ。

 緊迫する現場に居合わせてしまったサクラは、心配のあまりたずねた。


「だ、大丈夫なんだよね?」

「それが……四人中、三人は戦えない状況にあり、一人は戦闘員に足止めをされているようです!」

「ええっ!?」


 どうして四人もいるのに半分以上が戦力外なのか、しかも残る一人は現場に辿り着けずにいるらしい。


「どうしてそんなことになるの!?」

「星の戦士たちは様々な事情を抱えています。あなたのように――」

「えっ」

「それでも、戦士になることを承諾してくれたのです」


 シシリィの銀河のような瞳が、深く、心の底に訴えかけてくるように感じた。

 サクラは正義を掲げる魔法少女として、プライドを試されているようにさえ思った。

 悩んでも悩んでも答えは出ない。考えたいのに頭の中は真っ白になっていた。


「……わたしだけでも行かなくては……失礼します」


 焦燥に駆られるように踵を返すシシリィを、サクラは呼び止めた。


「……待って、シシリィ」


 シシリィは振り向かずに立ち止まる。


「やる。やるよ……わたしじゃなきゃダメなら、やるしかないじゃない」

「……あなたの決断に感謝します、その」


 不意に口ごもったシシリィが首をそろりとサクラのほうに向けた。


「お名前を伺っていませんでしたね」

「サクラ、桃瀬サクラだよ」

「これからよろしくお願いします、サクラ」


 シシリィは安堵するような顔つきをキリッと引き締め、宙から一つの腕輪を取り出した。

 先程の段ボール箱と同じ原理と思うと神秘感が薄れるが、そのアイテムをサクラへと差し出す。


「これはビートリング。あなたが戦士に変身するためのアイテムです」

「お、おぉう……人生でこういうの二個目だ」

「その腕輪を身につけ、己の鼓動と星の鼓動を同調させるのです!」


 鉄でもプラスチックでもない不思議な感触の腕輪は、切れ目もないのにスルッと手品みたいにサクラの右手に装着された。

 腕輪を装着した途端、頭の中にぐわんぐわんと巨大な音が鳴り響く。


「な、なに――!?」

「それが星の鼓動です! さあ、よく聞いて!」


 聞けと言われても頭痛を引き起こしかねない大音量、と頭を押さえていると、次第に耳へ、心へ馴染んでくる――どこかで聞いた記憶がある。

 サクラがその根源を辿ろうと耳を済ませると、己の胸のうちから同じ音が聞こえてきた。

 どくんどくんと鳴る音は、生まれたときから離れることなくともに過ごした命の音だった。

 二つの音はサクラの中でシンクロし始め、徐々に魂を揺さぶっていった。


「サクラ。星の鼓動と同調したなら、あなたは変身の仕方を知っているはずです」


 シシリィに促され、自然と言葉がスッと口から出た。


「ビートレディ!」


 その瞬間、サクラの全身が銀とピンクの粒子に包まれる。

 数秒よりも短い刹那で身体の表面へと固着していき、あっという間にヒーロースーツとなる。

 顔面までマスクに覆われたサクラは、一人ながらもビシッとポーズを決めた。


「絶対負けない無敵のハート! ハートピンク!」


 一連の流れで名乗りを上げて、サクラはあれっと首を捻った。


「ピンク?」

「ええ、あなたは星霊戦隊ブレイブレンジャーのハートピンクになったのです」

「……えぇっ、覚えにくいよー!」


 こうしてサクラは魔法少女ピンキーハートと兼任で、星霊戦隊ブレイブレンジャーのハートピンクとなったのだった。

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