ゲーミングチェアの午後

@sachi_kou

第1話

 ゲームカルチャーの隆盛とともに高機能化が押し進められたゲーミングアイテムの中でも、とくにゲーミングチェアの多機能化は凄まじかった。疫病の流行によって自宅での仕事を余儀なくされたホワイトカラーは快適な作業環境を求め、ゲーミングデバイスを手がけたメーカーたちがその需要に新たな活路を見出し、開発競争が激化したのだ。以前は零細企業に過ぎなかったK社は、この需要に応えたことによってGAFAにKの文字を加え、世界に名を轟かせた。同社はリモートワーク中の「仮眠」に目をつけ、快適なワーキングチェア兼次世代の仮眠デバイスとして売り出したのだ。


 リモートワークでとくに取り沙汰された問題の一つに、仮眠のとりすぎによるサボりがあった。都心に住まう20-30代のホワイトカラー層の多くが寝室で仕事に向かっていたこともあり、仮眠のつもりが数時間も眠りこけてしまう、なんてことが多発していた。K社は座ったまま眠れるほどの快適性を突き詰めたゲーミングチェアをある意味後退させることで、この問題を解決した。リクライニングやクッション性を高めることでベッドのように快適な眠りを提供しつつ、タイマーによって埋め込まれたモーターが作動し、振動と意図的な異音を発することで、ユーザーを眠りから覚ます。タイマーはアームレストに備え付けられたパネルで操作でき、ショートカットキーを登録することで、ワンタッチで仮眠をとることができる。座面には小型化されたセンサーが埋め込まれており、クラウド上に睡眠や疲労などの身体データを記録することで、振動や音のパターンを改善し、適切な時間の仮眠を実現した。記録されたデータやモーターによる振動は、睡眠の導入にも役立てられていた。


 人の目を気にしない、本当の意味でリラックスできる休憩の効果は凄まじかった。適切な仮眠を多くの人がとることによって、企業の生産性は劇的に向上した。シエスタの文化への評価は鰻登りに高まり、さまざまな国で取り入れられた。しかし、疫病の流行が長期化するにつれ、別の問題が発生した。ビッグデータやパーソナルデータをもとに割り出される「適切な仮眠時間」が過度に長時間化したのだ。無限の成長を求める企業の論理は、生産性の劇的な向上によってさらなるタスクを労働者に課し、もはや仮眠程度では拭いきれない疲労を蓄積させた。搭載されたAIは疲労を溜め続けるユーザーを慮り、長く安らかな眠りを提供するようになった。人気もまばらな平日の昼下がりに家々から鳴り響いていたモーターの振動音は、いまやどこからも聞こえない。ついに我々は何者にも邪魔されない安息の眠りを獲得したのだ。

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