確かに死んだはずなのに 第2話
事の始まりは、うちの組員が一般人を手に掛けた事件からだ。
まあ、手に掛けたと言っても、あれは事故だったと俺は思っているがな。ちょっとばかし脅しが過ぎた結果、うちの組員から逃げ出そうと道路に飛び出し、タイミングよく通ったトラックにバーンだ。
現場に居合わせた組員たちは、初めて見る死体にすっかりビビっちまって……ああん? 何だその意外そうな顔は。ヤクザが殺人に手を出すのは、堅気の人間が想像で作った映画の中か、抗争する元気のあった昭和だけだぞ。今じゃ銃どころか、ヤクザってだけで刃物も買えねぇしよ。拳一つで命を取れる気概の有るヤツもほとんどいねぇ。
何より、命を奪うという行為自体が、俺らの商売においてこれ以上ない悪手だからな。『殺すぞ!』はこれ以上ない脅しだが、本当に殺しちまったら金取れねえだろ。
まあ、そんな具合で本当に人を殺しちまった組員たちはすっかり腑抜けちまってよ。中にはそいつの墓参りに行くと言い出す馬鹿も居る始末。まったく、何考えてるんだか……。
とはいえ、そいつらの言い分もからっきし理解できない訳じゃない。殺しちまった一般人ってのが、これまた不気味な奴でよ。俺たちが出向くと開口一番にこう言うんだ。私を殺してみろ。必ず化けて出てやるからなってな。
それだけならお笑い種だが、時折妙な事を口走るんだ。
『幽霊は存在する。こっちには専門家がついているんだからな』
もちろん真面に取り合う奴はいなかったさ。ただ、苦し紛れの言葉にしては妙だと思わないか? 俺を殺したら幽霊になってお前らの前に出てやる、そこまではいい。だが、そこで専門家という言葉が出てくるのが妙だ。
組員たちは幽霊の専門家って何だよとツッコミを入れながらも、どこか釈然としない心持でな。安心しようと、そいつがどこかの新興宗教と関わってないか調べたヤツも居た。
しかし、そいつが怪しげな団体と関わっている証拠は出てこなかった。結局は専門家ってのもソイツの戯言として聞き流すしかなかったんだ。
そんな不気味な事を言う奴が死んだとあって、念のため墓参りぐらいは行こうという奴が出て来るのも分かる。華歳さんは、馬鹿な真似はやめておけって止めてたけどな。
だけど今思えば墓参りぐらい行っておけばよかったと誰もが思っている。その不気味な一般人が、本当に化けて出て来やがったんだ。
組員の一人が、死んだはずのソイツを見たってんだ。何でも事故現場からほど近い繁華街で、人込みに紛れてソイツの姿を見たらしい。
事務所でそんな話されても、殆どの組員はまともに取り合わなかった。皆して、「お前、いつからシャブに手を出したんだ」ってからかって終わりさ。本人もその時は酒も飲んでいたし見間違いかもしれないと、一応納得してたんだ。
だけどそれで終わりじゃなかった。他の組員からも次々と目撃例が出てきたんだ。駅前のパチ屋で見かけただの、場末のスナックで顔を合わせただの、大通りの喫煙所で煙草を吸っていただの。仕舞いには、この師走ビルの周辺をうろついていたって話まである。
流石に目撃情報が相次げば、俺たちだって重い腰を上げなきゃならねぇ。もちろん幽霊探しなんてバカバカしい理由じゃねえぞ。もしかすると、死亡したという話が俺たちを煙に巻くためのトリックで、実はまだ生きているんじゃないか。うちの組員の目が節穴で、まんまと騙されているんじゃないかってな。
そう考えれば、ヤツの不気味な言葉も説明がつく。死んだ後に化けて出ると言い聞かせて、組員の前で派手に事故に遭い、自身の死亡を偽装する。そうすりゃ、街中で組員と出くわしても怖がって手を出して来ない。この街からとんずらする時間ぐらいは稼げるだろうよ。
俺たちは必至でヤツの足取りを追った。街中を捜索して、ソイツを見つけようとしたんだ。けれども不思議な事に、探してみるとソイツの姿は何処にもなかった。
ならばせめてソイツが生きている証拠を探そうと、関係各所に出向いて事実を確認した。事故を起こしたトラックの運送業者、搬入先の病院、不気味なソイツの親族に職場。少しでも事故に関わりが有りそうな場所を片っ端からどつきまわして、情報を集めた。
お前を頼ってる時点で察してると思うが、出て来る情報は全てヤツの死亡を裏付けるものだった。これ以上組員に無駄な仕事はさせられないという華歳さんの判断で、捜索は打ち切りになった。
だが、ソイツを目撃した組員たちは納得していなかった。本当に死亡してたってんなら、自分たちが見かけたアレは何だったんだってな。
それからだ。再び組員たちの間で、ヤツの姿を再び見かけたって噂が飛び交い始めた。本当にバカバカしい話だよ。そんなくだらない与太を言う馬鹿は、俺様が片っ端からぶん殴ってやった。連中、泣きそうな声で言いやがるんだ。「本当にヤツを目撃したんですよ。信じてください」ってな。
信じられる訳が無い。そう思っていたよ。俺自身が、死んだはずのアイツをこのビルの前で目撃するまではな。
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