如月心霊相談所の事件簿

秋村 和霞

プロローグ

プロローグ


 世の中には科学では解明できない存在は実在します。


 もしも真面目な顔でそんな言葉を投げかける人がいたのなら、アナタはその場を離れた方が良いでしょう。大の大人がそんな言葉を使う時は、大半の場合においてアナタから金銭を巻き上げる為の導入に使われるからです。


 トリックのある奇跡で信用を得て、アナタが不幸な理由は霊だか呪いだかのせいにして、高額なガラクタを売りつける。更に悪い奴らになると、宗教という形でアナタを信者で囲い込んで洗脳し、日常的に金を搾り取るだけでなく、新たなカモを捕まえる為の手足として働かさせられることになる。いやぁ、本当にひどい話ですね。


 もちろん、未だに科学で解明できていない事象というものは沢山あります。宇宙の始まり、生命の神秘、時や空間といった概念。しかし、幽霊や妖怪といった怪異が、科学の進歩が目指すロマンと同列に扱われてよいものでしょうか。


 おっと、これは失礼。幽霊や妖怪にも科学とは別のロマンが秘められている。その主張には私も素直に同意しましょう。超常現象を取り扱った雑誌を購読していた時期はあるし、ネット上でまことしやかに囁かれている都市伝説についても楽しく読んでいました。ゆえに、超常的な存在が持つ魅力については理解しているつもりです。


 しかしそれらはフィクションとして楽しんでいたに過ぎません。もしもアナタが正常な思考を持ち合わせているのならば、それらの話は全て創作か勘違いであり、この世には超常的な存在など実在しない事を知っていることでしょう。幽霊の正体はシュミラクラ現象で説明がつき、妖怪は日本各地の観光大使に成り下がり、超能力にはトリックがあると今時子供でも知っています。


 ノストラダムスの予言に反して、人類は西暦二千年以降も何とか存在しているし、多額の懸賞金が懸けられているにもかかわらず、未だにツチノコは見つからない。ネス湖の怪物は……っと、この辺りの例えは年齢がバレそうなので聞かなかった事にしてください。


 とにかく、アナタは理性的で合理的な知性を持ち合わせていれば、超常的な存在はフィクションの世界で私たちを楽しませてくれる架空の存在だと考えているはずです。


 ですが、なぜアナタは超常的な現象に魅力を感じるか、考えたことがあるでしょうか?


 答えは至極簡単。アナタは理性で超常的な存在を否定しながらも、心の奥底ではそれら未知の存在が実在する事を期待しているからです。


 これは決してアナタだけの話しては無い。人は誰しも、目には見えない何かを信じたいと思っている。だから、フィクションの世界には超常的な存在が多く描かれている。


 ゆえに私は、アナタを含む多くの人々にとって魅力的な言葉を投げかけましょう。


 世の中には科学では解明できない存在は実在します。


 申し遅れましたが、私は心霊相談所の代表を務めております如月きさらぎという者です。まあ、心霊相談所と看板を掲げてはおりますが、その実態は、ありもしない心霊現象に悩まされる人々から金銭を騙し取る、いわゆる詐欺行為によって成り立っております。


 もしも私に弁明の機会が与えられるなら、私の行為は一種のカウンセリングだと主張させてほしい。人は誰しも、大なり小なり問題を抱えて生きている。それらの問題を、霊や呪いが原因だと暗示して祓う事で、問題が解決しなくとも心は軽くなるものです。私はその対価として、金銭を頂戴しているのです。


 そのため、私の事務所の扉を叩く人間のほとんどは幽霊に悩まされているのではなく、現実に悩まされている人々です。そんな方々を相手にした口先だけの仕事は、楽なうえに実入りの多く、更に根本的な問題が解決している訳ではないのでリピーター率も非常に高い。まったく、ぼろい商売ですよ。


 しかしこの仕事をしていると、極稀にではありますが、いわゆる“本物”と出会う事があります。


 本音を言えば、そういう”本物”とはできる限り関わらないようにしたいのですが、心霊相談所と看板を掲げている以上、クライアントの要望を無視するわけにはいきません。せっかく“偽物”で培った信頼を、”本物”の仕事で失う訳にはいきませんから。


 けれども私は、漫画やアニメで描かれるような超能力を持ち合わせておりません。世の中には怪異と呼ばれる存在を戦う方法として、妖術やら陰陽術、最近では呪術なんてのも流行しているようですが、残念なことに私はそちらの才能には恵まれませんでした。


 そんな私がいかにして“本物”を退治するのか。私は長年の経験から、超常的な存在の大半は人間の認識の歪みが具現化したもの、という事実を突き留めました。


 認識の歪みが存在の拠り所であれば、対応の方法もあるというもの。私は詐欺師らしく、依頼人や世間、時には怪異そのものを騙し、認識を覆す事で“本物”を退治する術を確立致しました。


 ここまで来るのに本当に涙ぐましい努力を重ねたものです。少年時代に初めて“本物”と遭遇して以来、陰気なヤツだと周囲から白い目で見られながらも、連中を幾つかの分類に分け研究し、ようやく結果を出せるようになりました。


 さて、これよりますは、私と助手が出会った“本物”の怪異達にまつわる奇譚になります。もしもこの話の中に登場するような怪異にお困りの方がいれば、ぜひ如月心霊相談所へお越しください。きっとお役に立てる事でしょう。


 そして、今まで超常的な存在の事を信じていなかった方がいれば、これだけは心のどこかに留めておいてください。


 世の中には科学では解明できない存在は実在します。


 信じるか信じないかはアナタ次第、ではありません。これは事実なのです。そして、その脅威がアナタに襲い掛かった時、知らなかったでは済まされません。


 有事の際にもぜひ如月心霊相談所へご連絡ください。基本的には暇なので、迅速に駆け付け、アナタやアナタの大切な人の生命をお守りすると約束いたします。

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