3章 ヘンテコな声

3章 ヘンテコな声①

 高校生になってもずっと二人だった。

 毎朝待ち合わせして、一緒に学校に行って、

 放課後は一緒に帰って、何度も話をした。


「今週の放送、最高だったよねー」

「ヒロインの声優さんが凄いんだよ。まだデビューして2年ぐらいなのにすっごい存在感あってね」

「何て声優さん?」

「ミラさん」


 いつも一緒だった。どこに行くにも一緒だった。


「あー、千夜ミラか。すごいよねー歌も上手いし、カッコいい」

「カッコいいだけじゃなくて、可愛いんだ!」

「そうかなー。あなたの方が可愛いわよ」

「わ、私なんて全然だよ! で、ね。相談があるんだけど、今度大阪でミラのライブがあるの」

「チケットの予約はいつから?」

「そう言ってくれると思った!」


 今までも、今日も、来年も、高校を卒業しても、大人になっても、ずっとずっと……。



 × × ×

 

 ミラさんの従属になり、彼女の仕事についていくようになって1週間が経った。

 知識はついた。収録や練習の仕方も理解してきた。

 でも、仕事がそれで入ってくるわけではない。役を取れるかはまた別の話だ。

 

「うーん、まずいよね……」


 携帯で表示される銀行の残高と睨めっこしても何も解決しない。

 仕事はないし、お金は減る一方だ。

 机に置いた郵便受けにたまった書類を一瞥するも整理する気は起きない。何個か支払いの通達もあるだろうが、見たらさらに億劫になる。……いつかは払わないといけないのはわかっているけどさ。

 

「あー、何もやる気が起きないー」


 ベッドに倒れ込み、うなだれる。

 時間は夜の12時を過ぎ、深夜に突入する。深夜はアニメが流れるオタクにとってのゴールデンタイムなわけだが、テレビからアニメの声が聞こえ、慌ててチャンネルを変える。

 見たいアニメはたくさんあるのに、いざ見ようとすると心が拒否してしまう。

 悔しい。

 こうもオーディションにすら引っかからないとは思っていなかった。見たら、何でと思ってしまう。私だって、と思ってしまう。


「もう楽しめないのかな……」


 憧れたアニメの世界に飛び込んだのに、そのアニメが見れなくなるなんて本末転倒だ。純粋に楽しめるオタクでなくなってしまったんだな、と悲しさを覚える。


「頑張れば、変わる」

 

 溢す言葉に虚しさを感じる。

 あの千夜ミラの現場に毎回行き、指導してもらっている理想的な状況。

 けど、それだけでは上手いかないのが人生だ。

 頑張りたいけど、頑張る方向はまだ。その他力本願な考えが嫌になる。


 携帯の音が鳴り、ベッドに転がった携帯を右手で探す。

 画面を見るとミラさんからの連絡だった。

 

「明日の待ち合わせ場所と時間……、明日はちょっと早いんだなー」


 今はミラさんに縋るしかできない。

 何とかするのは私だけど、ミラさんに示してもらわないとわからないんだ。

 

「本当に従属だな……」


 腕が気に入られ、……才能ではなく文字通り『腕』なわけだが、それは単なる偶然で私が何かしたわけではない。ミラさんの気まぐれだ。

 そのミラさんも1年で去る。時間はあるようでない。夢のことを考えると絶望的な気持ちになる。

 そして何故辞めるのか、ミラさんは教えてくれない。

 辞めたくないのに、辞める。いつか話してくれるのだろうか。あの寂しい表情から、どんな理由があるのか想像できない。


「はぁー……」


 大きくため息をつく。

 嫌な現実から逃げるためか、そのまま目を閉じた。

 そしていつの間にか眠ってしまったらしい、気づいたら朝になっていた。



「…………」


 悪い夢を見たのか、目覚めの気分は最悪だった。



 × × ×


 遠くからでもその姿は間違うことはない。


「おっはようございます、ミラさーん!」

 

 収録現場の最寄り駅前の待ち合わせ場所に着くと、日傘を差したミラさんがいて私は元気よく声をかけた。


「朝からハイテンションだな、瀬名」

「もう朝じゃないですよ」


 左手にした腕時計を見るとすでに15時だ。お昼は過ぎており、間もなく夕方がやってくる。


「15時なんて私にとっては朝だよ」

「本当に朝が嫌いなんですね」

「眩しいのが嫌いなんだ」

「だから日傘を欠かさず持っているんですね」


 ミラさんはいつも仕事場に日傘を持ってきている。フリルのついた可愛い傘だ。外側は白色基調なのだが、中は黒色に淡い色の花が描かれていて、ゴスロリちっくである。


「中が黒いんで、ミラさんのいるところだけずっと夜みたいですね」

「一生、夜でいい」

「さすが千夜ですね。……本名じゃないですよね?」

「秘密」

「秘密だらけですね……。でも千夜はミステリアスな感じもありでしっくりきます。太陽の沈まない『白夜』にはなれないですね」

「ミッドナイトサンは最悪だった」

「へ? 北欧にいたことあるんですか?」

「遠い昔の話だ」


 遠い昔っていったいいつの話なんだ。

 とても25歳の台詞じゃない。


「ミラさんって本当に25歳なんですよね……?」

「レディに年齢を聞くもんじゃないぞ」

「そう言われてもー!」


 相変わらず謎の多い人だ。

 でも、憧れとこうやって話せるのは嬉しく、待ち合わせ場所から収録現場までは距離があるが、苦でない。ミラさんとの楽しいお散歩は続く。


「なんだか、ミラさんと街中を歩くのは変な気分ですね」

「毎回タクシーだと健康に良くないからな」

「ミラさんも健康を気にするんですね」


 普段からタクシー移動ばかりだ。お金は全部ミラさんの持っているカードで支払われているので私はいいけど、どこか申し訳なさもあった。

 ただミラさんが電車に揺られている姿は想像つかない。この見た目だ、銀色の髪は嫌でも目立つ。タクシー移動が中心になるのは仕方ない。それならミラさんが運転すればいいと思うが、ハンドルを握る姿はさらに想像できなかった。

 そんな失礼なことを思っていると、ミラさんが予想外の返答をした。


「いや、瀬名の健康だ」

「……私?」


 私の健康? 身体で痛い所はないし、風邪もひいていない。お金がないので、食事は簡素で栄養が偏っているが健康体だ。


「私、元気ですよ。げんきー、げーんき」


 そうやってその場でスキップして一回転するも、ミラさんの目は冷たかった。

 

「嘘つけ。身体は元気そうでも、心が淀んでいる」


 そう言われ、ハッとする。

 ……この人は心の色でも見えるのだろうか。


「元気が無さそうだったから、気晴らしの散歩だ」

「……私、顔に出ないタイプだと思ったんですが、そんなバレバレですかね」


 隠すのは上手い方だと思っていたが、ミラさんの前では無意味だった。


「まぁわかるよ。それに最近は私の偉大さを見せつけすぎた。その差にへこむのはわかる」

「……ミラさんが凄すぎるんですよ」


 へこまない新人がいるだろうか。

 演技も、トークも、歌も、容姿も何もかもトップクラス。私が勝っているのは若さと身長だけだ。そこで勝っても声優の仕事は来ない。


「でも差にへこんでいるわけではないです。教えてもらってもオーディションにすぐ受かるわけでなくて、現実的な話でお金がピンチというか……そんな感じです」

「あぁ、そう思った。何か仕事が舞い込めばいいと思ったが、都合いいことはない。知識はもう十分だろう、そろそろ実践編に移っていかないとな」


 彼女の言葉に、私の沈んでいた心が照らされる。

 私の悩みもお見通しだ。頑張る方向を示してくれる。


「ミラさん……! さすが先輩です、大先輩です! カッコいい、尊敬します、大好き!」

「調子いいこと言うな。瀬名が飲み込み早いからだよ。これなら次に移っても問題ないだろう」

「先輩……!」


 この場でひれ伏したくなる。感激だ。やっぱりミラさんのいるシンプロに入れてよかった。憧れに出会えてよかった。私の選択肢は間違っていなかった。


「まぁそれに歩いて、多少汗ばんだ方が味も……」

「味!? また腕の話ですか!?」


 ぼそぼそと聞こえる声を聞き逃さない。

 ……選択が間違っていなかったと思いたい。

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