第1話 妖怪法廷

「――以上、原告げんこくの証言及び各証拠によれば、本件解雇かいこが合理的理由と社会通念上の相当性を欠いていることは明らかである」


 白河しらかわ白狼はくろうの朗々たる声が、原告席から法廷に響き渡る。

 机の上の書面を手に取りもせず、後ろ手に胸を張った姿勢ですらすらと述べる彼のちは、トレードマークの真っ白なスーツに真っ白なネクタイ、どこで売っているのかと突っ込みたくなるような白ブチのほそ眼鏡めがね。スーツの下襟ラペルに輝く向日葵ヒマワリはかりの金バッジだけが、全身白ずくめの装いの中で唯一異なる色彩を放っている。


「よって、原告は、訴状そじょうの通り、本件不当解雇に対する損害賠償として、給与の3ヶ月分相当額、75万円の支払いを求めるものである」


 ぴしりと言い終えた白河の姿を、琴音子ことこは胸を押さえて隣から見上げていた。


 証言台を挟んで向かい側の被告席では、被告のブタ社長と、あちら側の顧問弁護士のカッパが揃って冷や汗をかいている。

 原告席と被告席を揃って見下ろす正面の席には、黒の法衣ほういをまとった威厳ある裁判官の姿。……その真四角な顔の横には、ふわふわと青白いヒトダマが浮いている。


 発言を終え、白河が琴音子の隣に腰を下ろした。白スーツのズボンの後ろから伸びる、名前の通り真っ白な尻尾を、ふさりと器用に背もたれと背中の間にくるめて。


 この法廷の中で、人間は自分ひとりだけ――。

 普通の人間として20年生きてきた琴音子にとっては、それは明らかに異常な状況だったが。

 ……それでも、琴音子は不思議と怖くなかった。この頼もしい弁護士が味方についてくれていれば、もう怖がることも苦しむこともないのだと信じられたから。


「安心していたまえ、子猫こねこ君」


 天から降る白い雪のようなふわりとした声で、白河弁護士が横から小声でささやいてくる。白ブチ眼鏡のレンズ越し、きらりと白く光るおおかみ虹彩こうさいが琴音子を見据えていた。


「正義の味方の俺が付いているのだ。勝利は確実といえよう」


 彼の言葉を裏付けるように、裁判官に発言を求められた相手側の弁護士は、素人の琴音子の目から見ても無理筋な反論を並べ立てるだけだった。


「信じてますわ、先生。……でも、コネコじゃなくてコトコです」


 猫扱いに頬を膨らませて小さく抗議する、それにフンと笑い一つで返してくる白河の仕草さえも、今はどこか憎めない。


 幽霊の裁判官が妖怪の事件を裁く妖怪ようかい法廷ほうてい――。この奇妙な世界に琴音子が足を踏み入れてしまった理由を語るには、少しばかり前まで時間を巻き戻さなければならない。

 それは、「法曹界のホワイトウルフ」の二つ名で知られる妖怪弁護士・白河白狼と、人間・琴音子の始まりの物語だった。


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