本編(未完)

第1話 ドルオタニートは人生を変えたい(仲間内でのみ公開)

 トラックに轢かれると異世界だった。なんて書き出しから始まるファンタジー転移小説の主人公を夢見たわけではないけれど、この世に生を受けてからの19年、康夫ヤスオはずっと自分の人生を変えてくれる何かを探し続けていた。


 中肉中背、勉強も人並み、顔面偏差値も中の中。親に学費を出してもらって入った二流大学は1年で辞め、一念発起して入ったベンチャーは若者の心と身体を食い潰すブラック企業だった。やっとの思いで康夫が退職届を叩きつけるまでには、同期で入った5人のうち2人が先に辞め、1人は入院し、1人は行方知れずになっていた。


 今さら高給取りになれとは言わん、せめてまともに働いてくれ――。

 自宅と女性アイドルのイベント会場を行き来するだけの康夫を両親は悲観に満ちた声で急かす。その度に康夫は言い返した。自分は社会の被害者なんだ。傷を負った自分にはしばらく休息が必要なんだと。


 人生を変える何かなんて、自分には訪れない。

 両親に言われるまでもなく、康夫自身が一番よくわかっていたが、だからといって今さら転職サイトを眺め、何十件もの面接に足を運び、薄給激務の社畜に戻る気は起こらなかった。

 家畜ニートが社畜になお劣る存在であることからは懸命に目を背けた。自分は本気を出していないだけ。本気を出せる舞台に巡り会えていないだけなのだ。


「兄ちゃん、仕事もしてないのにまたアイドルのライブ? キモっ」

 大学生になった妹は康夫とろくに目を合わせようともしない。康夫の唯一の趣味である女性アイドルグループのライブ参戦のことも、妹は気持ち悪いと切って捨てた。

 中高大学を通じて付き合った男の数が二桁に達したという妹にアイドル趣味をバカにされるたび、康夫はムキになって反論した。お前みたいなビッチに彼女達の何がわかるんだと。


「アイドルがキモいんじゃないよ、あんたがキモいんだよ」

 妹はゴミを見るような目で彼を見下して言うが、そんなことはない、と康夫は思う。妹のやつは、アイドル現場に数多押し寄せる底辺オタク達の本当のキモさを知らないのだ。あいつらに比べれば自分なんて十分清潔だし、イケメンとは言わないまでもまともな顔面をしている方だ。その証拠に、握手会でのレナちゃんは、自分と握手するときだけ、他のオタク達には見せないとびきりの笑顔を見せてくれるじゃないか。

 奴らよりは自分の方がマシ。本当の底辺よりは自分の方が上。

 アイドルの握手会や劇場公演に通うたび、周りの奴らと自分を比べて少し安心できるその時間が、康夫にとって数少ない心の救いだった。


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