日陰にある花屋
秋津 心
第1話暗くてじめじめ
軽自動車一台が苦労して通るような狭い道に、あまりにも日の当たらない花屋がある。
そこは何時であっても、太陽の光が届かない。前後に挟まれた、背の高いコンクリートで作られた建物のせいだろう。いつもいつも、暗い影にさらされている。
店主に聞いたことがある。若さはないがきれいな女性だ。同じ世代ぐらいだろうか。
「どうして、こんな場所に花屋を建てたのですか」すると、店主の女性は少し笑って、
「安かったから」と答えたのだった。
花はまだ枯れていない。最初、グーグルマップで花屋と調べて、ここを見つけた時は、苔でも育てているのかと思ったことがある。それほどに、この場所は暗かったし、活気がなかった。小学校のころ理科の教科書で見た「暗くてじめじめした場所✕」にそっくりだ。こんな場所では花は育てられない。
花というものに別に興味はない。でも、太陽の光を浴びなければ、上手に育たないことぐらい知っている。花は人間と同じだ。日の光が当たらないと、ふさぎ込んでしまう。自殺だってしてしまうかもしれない。根っこが足に変わって逃げ出してしまうかもしれない。「もうこんな場所は嫌だ」と。自分ならそうする。
ただ、詳しいことは分からない。だから、こうしてこの花屋として、ここにあって花を売っているのだから、太陽の光は花にとってはそれほど重要ではないのかもしれない。でも繰り返すがここは、あまりにも暗すぎる。「お花屋さんになりたい」そう夢見る幼稚園の女の子を手を握ってここに連れて行くとしよう。この景色を突然見せられたら泣くかもしれない。「こんなの花屋じゃない」もう、号泣だ。こんなところに建っていいのは、たばこ屋か本屋位だ。
「暗くてじめじめ」そこにあるごみ袋をどかせば、きっとナメクジとかが大量発生している。
「やだ、汚い」また誰かの声がする。
まあ、そんなお化け屋敷みたいな雰囲気をもつ花屋だが、自分はもうすっかり常連ださんだ。週に一回、通っている。もうこの暗さにはすっかり慣れてしまった。暗い景色に目がだんだん慣れていくみたいに、案外居心地は良いのかもしれない。自分自身が明るい性格じゃないことも関係していそうだ。
こんなところに出入りしているとことを他の誰かに見られたら大事になりそうだ。
「あんた、最近コソコソ何しているの。闇金?お金のことなら孝仁さんに相談しなさい。あの人頼りになるから」
これが母親の声。孝仁さん任せじゃないか。勝手に母の言葉を想像する。
「お兄さん、興味あるの?新しいの、入ってるよ!」カタコトの日本語で話しかけてくる。これはアメ横にいそうな店員さん。いつ、そちら側の人間だと思われてもおかしくはない。ただ、花を買いに来ただけなのに。
「いつも、ありがとう」
これは、誰の声だ。
日曜日というものは、あまりにも平凡すぎて、逆に困ってしまいそうになる。月曜日から金曜日は忙しく、土曜日はどこか華やかだ。それに比べて、日曜日は何も特徴がなく無味無臭である。それが日曜日と言うものだと、考えている。そうすれば、焦るわけでもなく、無駄に時間を浪費していても特に悔しく思うことは無くなる。「平凡な日常」そんな普通のことを行うのに、最もふさわしい日が日曜日である。
今日は、いつも通り花を買いに来た。買う花は決まっていない。いつも通りの日曜日。その店に入ると、やっぱりそこには、若くはないが、美しい店主がいる。
「あら、いらっしゃい」
日陰にある花屋 秋津 心 @Kaak931607
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