「匿名短文おバカ上司企画/本庄照擬態杯」参加作品
敵機に帽子を振れ
「本日は
潜水艦長、
うちの艦長――帝国海軍における「艦長」は軍艦の長を指し、駆逐艦や潜水艦の長は「駆逐艦長」なり「潜水艦長」なりであるのだが――は端的に言って馬鹿である。「お」を付して
見ろ、若い兵達の顔を。きつい航海の
「おう、美味かったか?」
艦長直々に声を掛けられ、一番乗りで羊羹を飲み込んだばかりの若年兵は目を白黒させ、己の喉元をばんばんと叩いて答えた。
「はっ、味は、よく分からなかったであります!」
むさ苦しい艦内にたちまち
『俺も貴様らも遅かれ早かれ死ぬ。ならばせめて、死ぬ前にいい思いはさせてやりたいじゃないか』
というのが彼の口癖であったが、その「いい思い」の基準がずれているからお馬鹿なのである。
「よしよし、我が海軍自慢の
「艦長、我々は江田島を知らんのですよ」
つい俺は突っ込んでしまった。
「ふむう、だが貴様らにも無礼講の良さは分かろう」
また始まるぞ、と俺の脳内の回路が告げる。先輩後輩の
「そうだ、折角の水上航走中だ。羊羹の残りは
と、艦長がまたぞろ妙なことを言い出した。潜水艦は
「おお、先程の
潜水艦というのは海軍でも群を抜いて過酷な世界である。いいとこ出の坊っちゃんが好んで進む道ではない。おおかた
「決まっている、貴様らとの距離が近いからだ」
虚飾を感じさせないその一言に、この人はそんなに無礼講が好きなのかと呆れかけた、その時である。
「右四十度、敵機!」
見張員の絶叫につられて空を仰げば、低空で真っ直ぐこちらへ突っ込んでくる
げぇっと悲鳴を上げる周囲の下士官、兵達。敵は
ああ、戦場での死は元より覚悟の上だが、この
「敵機に帽子を振れ!」
思いもよらない命令が鼓膜を叩いた。艦長自身が艦橋から身を乗り出し必死に帽子を振るのを見て、俺達もその意図を察し、逡巡の
まんまと味方と誤認してくれたのか、呑気にバンクを振りながら転舵する敵の機影。
「両舷停止、潜航急げ!」
艦長に続いて全員が艦内に飛び込み、
だが、こんな無茶苦茶な脱出の仕方があるものか――。息を切らしながら艦長の顔を見ると、
「遅かれ早かれ死ぬと言った。だが今ではない。その時を延ばすのも俺の仕事だ」
誇らしげなその笑顔に、今少し、このお馬鹿な上官に命を預けてみるのも一興かと思った。
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