弁護士・白河六狼の受難

「板野になりすませ選手権……だと?」


 弁護士・白河しらかわ六狼ろくろうは、クライアントの差し出したスマホの画面を一瞥いちべつするなり言った。

 女の子らしいピンクのカバーが付いたスマホの画面には、こんなツイートが表示されていたのだ。



『プチ企画「板野になりすませ選手権」を実施します!

 現在開催中の「#匿名短編コンテスト・光VS闇編」に参加し、「板野かもが書きそうな短編」を投稿して読者をダマしてください。

 7月の投票期間に行う「板野の作品はどれだ選手権」で、3人以上の読者を欺けたらベニヤ賞です。』



 あのベニヤ野郎(男か女か知らないが)、また性懲りもなく訳の分からない企画を……。


「……それで? 秋葉フォーティーナイトの現役センターを張るキミが、俺に何を依頼しようと言うのだ」

「決まってるじゃないですかっ。白河先生のお力で、この企画に出す作品をしてほしいんですっ」


 黒髪ツインテールをふわりと揺らし、クライアントの少女が身を乗り出してくる。白河がいぶかしんで眉をひそめるより先に、彼女は黄色い声で矢継ぎ早に言葉を並べ立ててきた。


「モチロン、報酬は弾みますっ。昨日はわたしの誕生日だったので、リアルタイム動画の投げ銭商法でキモヲt……ファンの皆さんから巻き上げたお小遣いが沢山っ」

「いやいや、キミの支払い能力を気にしているのではない。だが、なぜ俺があのアイドルキ○ガイの真似事などせねばならんのだ」

「……くすん。受けてくれないんですか?」


 あからさまなウソ泣きのポーズを作って、アイドルは言う。


「わたしの所属事務所が、この板野とかいうゴミと提携してて……。マネージャーが言ってきたんです。板野先生のご機嫌取りの一環として、ウチの所属アイドルは全員、この企画に作品を書いて出せって……」

「ならキミが書けばいいじゃないか」

「イヤです! あんなアイドルキ○ガイの真似事なんかしたら筆が腐ります!」

「よくそれを俺に押し付けようと思ったな!?」

「……白河先生は、苦しむ労働者の味方って聞いたから」


 作り涙を黒い瞳いっぱいに溜めて、彼女は白河を上目遣いに見上げてくる。小柄な身体の割に主張の激しい胸の谷間が、大きく開いた服の隙間から彼を悩殺しにかかる。


「お願いです、先生。ブラック事務所の横暴からわたしを救ってください」

「なんでもかんでもブラック企業にこじつければ俺が動くと思うなよ……」


 そもそも芸能人は個人事業主だろうが、と内心ツッコミを入れてから、まあいいか、と白河は椅子に深く背中を沈めて息を吐いた。


「前金で300万円、3人以上の読者の目を欺けたら成功報酬700万円だ。お前さんに払えるかい」

「『その言葉が聞きたかった』」

「それはこっちが言うヤツだ!」


 契約書を取り交わし、笑顔のアイドルを見送ってから、白河はデスクに戻ってはぁっと深く溜息をついた。

 金のため……もとい、か弱い少女を助けるためとはいえ、この自分が板野如きの真似をしなければならないとは……。


「……まあ、あの単細胞アイドルバカのことだ。とりあえずアイドルを出してお涙頂戴をやらせておけば十分だろう」


 早速パソコンのテキストエディタを開き、白河は適当に考えた本文を打ち始めた。1000字以上2500字以内の短編を一つ書くだけで最低300万円、考えてみればこれほどボロい案件も他にない。


「この文章を書いているのが、板野になりすまそうとした俺なのか……それとも、板野になりすまそうとする俺になりすました本物の板野なのか……真相は闇の中というわけだ」


 読者の驚く顔を思い浮かべ、はニヤリと口元をつり上げた。

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