匿名短編コンテスト対策本部「対アイドル戦線24時」
匿名短編コンテストがアイドルに侵食されている。俺がその兆候を察知したのは前回のコンテストの初日公開時だった。最初の方の数作を読んだだけでいきなりアイドル、アイドル、アイドル。コンテスト中盤にも畳み掛けるようにアイドル、アイドル、アイドル。俺が何か勘違いしているのかと思って、企画のタイトルが「匿名短編コンテスト・アイドル編」じゃないことを三度も見て確かめたほどだ。
「いくらなんでもおかしい……こんなにアイドル物ばかりが侵食してくるなんて……板野かもの作品一覧じゃあるまいし……」
俺は直ちに緊急会議を招集し、アイドル駆逐に乗り出した。とはいえ、どんな形であれ作品の悪口を書いたり作者を否定したりすることは、匿名短編コンテスト実施要項(通称「独裁憲法」)で固く禁じられており、違反すれば永久追放が待っている。対アイドル戦線はあくまで秘密裏に、粛々と行なわれなければならない。
「アイドル物以外の作品を全力投入するんだ。手はそれしかない」
そして俺達は書き続けた。アイドルが絡まない物語を。敵そのものを排除することができない以上、全体に占めるアイドル物の比率を減らして、アイドルの影響力を薄めていくしかない。
「そんなに根を詰めたら倒れちゃいますよ。ほどほどになさってくださいね」
世話係のおばちゃんが出してくれる夜食のおにぎりと味噌汁を腹に詰め込み、俺達は一心不乱に作品を書き続けた。しかし、敵もさるものだった。コンテスト終盤、ようやくアイドルの攻勢が収まったかと思いきや、最終日に滑り込むようにアイドル、アイドル、アイドル、アイドル。飽和攻撃の如くアイドル物を叩き込まれ、最終的にコンテストは147作品中12作がアイドル物というイカレた結果に終わった。
「これ以上、奴らの思い通りにはさせない……」
次のコンテストではアイドルを完全駆逐してやる。そう決意して臨んだ今回の匿名短編コンテスト初日、公開された作品に目を通して案の定俺は戦慄した。
「またアイドルかよ! 板野かもの作品一覧じゃあるまいし!」
これ以上アイドルの侵食を許してなるものか。そう思って俺は早速新作を書き始めた。アイドル物以外の作品を大量に並べて壁を作り、アイドルの侵食を食い止めるのだ。
またも徹夜で作品を書き続ける俺の机に、夜食のおにぎりと味噌汁がコトリと置かれた。
「そんなに根を詰めたら倒れちゃいますよ。ほどほどになさってくださいね」
妙に甘いその声にふと顔を上げれば、見慣れた世話係のおばちゃんではなく、若い女子が机のそばに立っている。彼女が纏った赤紺チェックのフリフリ衣装、ふわりと揺れるポニーテールは――
「ひぃっ! アイドル!!」
咄嗟に身を引き、その勢いで俺は椅子ごとガタンと倒れた。どこから現れたのか、アイドルの少女の笑顔が俺を見下ろしている。
「がんばってくださいね。一作書き上がるごとに一回握手してあげちゃいますよ」
「く、来るな、来るなぁっ!!」
気付けば俺はパソコンを放り出して部屋を駆け出していた。外は見慣れた官庁街ではなかった。夜闇を煌々と照らすアニメ系・オタク系ネオンの数々、ここは――
「アキハバラ……!?」
振り向くと、アイドル達の大群が俺を見てニコニコと笑っていた。ひいふうみい、たぶん四十八人くらい居る。皆が一様に赤紺フリフリの衣装を纏い、思い思いの言葉を吐きながら俺に向かって握手の手を差し出してきていた。
「い、いやだ! アイドルはもう嫌だァァァ!!」
………。
「先生。起きて下さい、先生。出版社の方がお見えですよ」
書生の青年に肩を揺すられ、私は目を覚ました。
デスクチェアに沈めた身体は
机の上には夜食のおにぎりと味噌汁が手付かずのまま置かれていた。すっかり冷めてしまった味噌汁を胃袋に流し込み、私は椅子から立った。
今日は編集者と新作の打ち合わせがあるのだった。やれやれと頭を掻きながら、私は急かす書生の背を追って書斎を出る。
あの編集氏のことだ、どうせまた私にアイドル物を書けというのだろう。たまには別の題材を書きたいと私は訴え続けているのだが、アイドル事務所とのタイアップに編集部も味を占めているのか、彼は頑なに私の本格推理や本格SFのプロットを受け付けようとしない。二言目には「やるのはいいけどアイドルを絡めて下さい」の無茶振りが飛んでくる始末だ。
「アイドルはもう食傷気味なんだがなぁ……」
廊下を歩きながらしみじみと漏らした私の声に、共感してくれる者は誰も居なかった。
※この作品はフィクションです。実在の匿名短編コンテストとは一切関係ありません。
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