それゆけ!!食いしん坊仮面
夜の東京を人は魔都と称する。栄華に溺れ眠らぬ街の片隅で、
「いやぁぁっ! た、助けてっ!!」
暗がりの路地裏で悲鳴を上げる水商売の女。哀れな彼女の眼前に迫るのは、腕から先を
「おねーさん、俺に食べられてもいいって言ったじゃん。言葉通り、その血肉、もらうよ?」
「や、やだやだやだ! 食べられてもっていうのは、だからホラ、性的な意味のことでっ!」
「細かいことゆーなよ。大して変わらねーだろ。じゃあ、いただきまぁぁっす!」
爪と牙を光らせ女に飛びかかるその姿は、もはや人の部分を残しておらず――
「いやあぁぁ!」
女の絶叫が夜の街に飲まれる、その時!
「待てぇっ!!」
バイクのエンジン音と新たな男の声が高らかに響き、
「ッ!?」
怪人が眩しさに顔を覆った、次の瞬間には。
「トォォォッ!! バイカー・パァァンチ!!」
バイクの
「グ、ガァッ! お、お前は……!」
恐怖に震える女を庇って立つ、その姿は。
「街の涙を拭う真紅のハンカチーフ、バイカーマスク・クリムゾンだ! 闇に
ネオンの
「お前ぇ……! よくも俺の食事の邪魔をぉっ!」
「そこまでだ!」
……突如、戦場に割って入った新たな声に、バイカーマスクと怪人は揃って「え?」と首をかしげた。
彼らが揃って見上げたビルの上には、マントを風になびかせた新たなヒーローの影。
「この私が来たからにはもう大丈夫! あとは私に任せたまえ!」
「「ああっ! き、貴様は……!」」
バイカーマスクと怪人が同時に指さした、その影こそ――
「全てを食らう、さすらいの食いしん坊。食いしん坊仮面だ!」
仮面というより覆面に覆われた顔。アンパンマンよろしく胸に堂々描かれたニコちゃんマーク。パツパツの変身スーツに覆われた肥満体の身体。
そう、彼こそが、ヒーロー界に悪名高き、食いしん坊仮面である!!
「ああっ……来なくていいのに……!」
バイカーマスク・クリムゾンがたちまち
食いしん坊仮面の現れるところ、あらゆるものは食い尽くされる。そう、それは他のヒーローの出番さえも例外ではない!!
「食いしん坊・ジャァァンプ!!」
ビルの上から飛び降り、食いしん坊仮面が一同の前にずしゃっと着地する。びしりと彼が
「食らえ! 食いしん坊・パァァァンチ!!」
バシッ! ドゴォッ!
食いしん坊仮面の重たいパンチが、怪人を追い詰めていく!
「て、てめぇ……!」
怪人も反撃しようとするが、食いしん坊仮面の連打は止まらない!
バシバシバシバシバシ!! ガンガンガンガンガン!!!
食いしん坊仮面の暴れるところ、地の文の文章力までもが割を食う!!
「トドメだ!」
ふらふらになった怪人の前で、食いしん坊仮面はぎゅおっと一歩引いて腰を落とし、必殺の構えを取る!
「この必殺技を受けてみろ! 超満腹電光瞬殺奥義! スーパー・ハングリー・ライトニング・ウルトラ・グレート・ハイパー・サンダー・タイガー・ファイヤー・サイバー・ファイバー……」
「
怪人がたまらず突っ込みを入れるが早いか、食いしん坊仮面の輝く足が地面を蹴った!
「……食いしん坊・キィィィック!!」
ドガァン!! ズシャアァァッ!!
チャージに時間を食う必殺キックがようやく炸裂し、怪人の身体を後方へ吹き飛ばした!!
「お、おのれ……食いしん坊仮面ェェェン!!」
ドカァァァン!!!
怪人は大爆発して果て、爆炎をバックに食いしん坊仮面がポーズを決める!
「……ステキ!!」
命を救われた水商売の女は、目をハート型にして彼に駆け寄った。
「助けてくれてありがとう。ねえ、あなた、よかったらアタシと一晩過ごさない?」
食いしん坊仮面はこくりと頷いて、その太った腕を女の腰に回す。さすらいの食いしん坊たるもの、据え膳食わぬは男の恥である!
平和の戻った街に二人の影が消えてゆく。
あとには可哀想なバイカーマスク・クリムゾンだけが一人残され、泡を食って立ち尽くすばかりだった。
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