板野かも 匿名短編企画エントリー作品集

ディレクターズ・カット版

うっちゃれ！ リキシオン【ディレクターズ・カット版】

「ニュース見たか。防衛軍、また侵略ロボに負けたらしいぜ」

「またかよ。どんだけ弱（よえ）ぇんだよ、日本」

「結局、侵略ロボを倒してくれたのはモンゴル軍だと」

「これだから日本はダメなんだよ。外国に助けられてばっかじゃねえか」

「情けねえよなあ。日本人が日本を守れねえでどうすんだよ」

　◆◆◆　◆◆◆　◆◆◆

「――ッキヨイ！！」

　早朝の稽古場（けいこば）には、若い力士達の熱の入った声が響いている。鍛え抜かれた巨大な筋肉の塊（かたまり）がぶつかり合うたび、滝の汗が土俵に染み込んでいく。

「うぉおらぁぁ！」

「ぐ……くっ！」

　土俵際、マサルは己の身体にのしかかる兄弟子（あにでし）の白龍（はくりゅう）の体の圧力に呻（うめ）いた。ここまで寄られては、もう反撃の手段はない――。

「ぐぁっ！」

　為（な）す術（すべ）無く土俵外に背中を叩き付けられたマサルに、白龍が訛（なま）った日本語の発音で険しい言葉を掛けてくる。

「オラァ、まだまだァ！　諦めが早いぞ！　さっさと起きろ！」

「ごっつぁんです！」

　息を切らしながらマサルは立ち上がり、白龍が待ち受ける土俵に戻った。

　マサルと白龍が行っているのは三番（さんばん）稽古（げいこ）。三番という名前ではあるが、三回どころで済むものではなく、同じ力士同士が何回も何十回も相撲を取り続けるのである。

「ッキヨイ！！」

　白龍の重たいぶちかまし。当たり負けしてよろめいたマサルに肉薄し、白龍がすぐさま上手（うわて）を取ってくる。マサルも相手の廻（まわ）しを掴んで組み合うが、体格でも技量でも勝る相手にそうそう簡単に敵う筈もなく、マサルはまたしても一瞬で土俵際まで追い詰められる。

　部屋に所属する他の兄弟子（あにでし）達は、土俵に上がろうとすることもなく、腕を組んでマサルの稽古を見守っている。彼らの体格は一様にマサルより大きく、顔立ちはひと目で日本人ではないと分かる。

　最後の日本人横綱が土俵を去ってから幾十年。一つの相撲部屋に外国人力士は一人までという規則を相撲連盟が撤廃したのは遥か昔のこと。日本人力士と外国人力士の人数比率は完全に逆転し、相撲界は今や、外国出身や混血の力士達が支配する砂塵（さじん）の戦場と化していた。

　そんな中、この部屋でただ一人の純日本人であるマサルは、外国出身の兄弟子達に目を付けられ、来る日も来る日もかわいがられているのであった。

「おぉらぁ！」

　白龍の上手（うわて）投げが土俵際で決まった。またも土俵の外に転がされたマサルに、親方がびしりと竹刀（しない）を突きつけて怒声を浴びせてくる。

「腰が引けてんだよ、腰がァ！　土俵際でこそ踏ん張るんだよ！　お前、それでも日本（やまと）男児（だんじ）か！」

「ごっつぁんです！」

　相撲界での目上への返事は、どんな時でも「ごっつぁんです」しかない。

「あの情けねえ防衛軍と同じだなァ。そんなことじゃ、お前の目標の鷹桜（たかざくら）みてぇにはなれねぇぞ！」

「ごっつぁんです！」

「お前、今場所（こんばしょ）で一番も勝てなかったら田舎に帰れ。日本の恥を晒すくらいならな」

「っ……！」

　マサルは押し黙って頭を下げた。相撲が大好きで入門したのに、結果を出せない自分が悔しかった。

　◆◆◆　◆◆◆　◆◆◆

　そして翌日。マサルは廻（まわ）しを締め、国技館（こくぎかん）で開催中の本場所（ほんばしょ）の土俵に立っていた。

　本場所は十五日間あるが、マサル達、幕下（まくした）以下の力士は、その内で七番の相撲を取る。今場所、マサルはまだ一勝も出来ていなかった。「一番も勝てなかったら田舎に帰れ」――親方の言葉が頭に蘇る。

「手を付いて――ハッキヨイ！」

　マサルは相手のぶちかましを正面から受けた。その勢いで四つに組み合うが、モンゴル出身の相手力士にやはり力で及ばず、マサルはたちまち土俵際に追い詰められた。

　ここまで寄られては反撃の手段はない。――本当にそうか？

『諦めが早いぞ！』

『土俵際でこそ踏ん張るんだよ！』

　兄弟子や親方に浴びせられた言葉がマサルの意識をよぎる。そうだ。土俵を割らない内に勝負を投げてどうする。自分が勝てないのは弱いからだけじゃない。諦めが早いからだ。踏ん張りが足りないからだ！

　――負けたくない！

　マサルは咄嗟（とっさ）に腰を落とし、相手の廻（まわ）しを必死で掴んだまま体を捻った。マサルの渾身（こんしん）の抵抗に相手はバランスを崩し、土俵の外に倒れ込んだ。――勝負あり！

「『打棄（うっちゃ）り』とはな。やれば出来るじゃねえか」

　勝ち名乗りを受け、一礼して土俵下に戻ったマサルを待ち受けていたのは、兄弟子（あにでし）の白龍（はくりゅう）の笑った顔だった。

「ごっつぁんです！」

　マサルが深々と頭を下げたとき、突如、巨大な揺れが国技館を襲った。館内の警報ベルがけたたましく鳴り始める。

『侵略兵器が近付いています！　館内の皆様は係員の誘導に従い、慌てず避難してください！』

　窓から見えるのは巨大な侵略ロボであった。通常兵器を弾き返す鋼鉄の巨体が、我が物顔で街を蹂躙（じゅうりん）している。周囲の観客達がたちまち悲鳴を上げて逃げ惑う中、白龍がいきなりマサルの腕を掴んだ。

「マサル、来い！」

「えっ？」

「いいから来るんだよ！」

　マサルは兄弟子に連れられるまま国技館の外に出て、そして目を見張った。

　国技館前の敷地では、先輩力士達が忙（せわ）しなく動き回り、一般客を避難させていた。そして――広場の中心の地面は大きく左右に開き、地下から何かがせり上がってくるところだったのだ。

「何すか……あれ……！」

　それは、建物と見紛うばかりの巨大な人影だった。全長数十メートルにも及ぶ肌色の巨体。太い腕に、太い脚。あんこ型の腹。紫色の廻（まわ）し状の装甲。体を低く落とし、巨大な土俵に手を付いて仕切りの姿勢を取っているそれは、頭部で黒い光沢を放つ大銀杏（おおいちょう）も美しき、機械の力士であった。

「白龍（はくりゅう）関（ぜき）、これは……！？」

「コイツはお前にしか乗れねえモンだ。純血の日本人であるお前にしかな」

　マサルの肩を軽く叩き、白龍は言う。

「親方や俺達がお前を厳しくしごいてたのは、いつかコイツに乗せるためだったんだよ。かつて平成の大横綱、鷹桜（たかざくら）が乗って防衛戦争を勝利に導いた、この伝説の機動（きどう）力士（りきし）にな」

「……ごっつぁんです！」

　頭部のハッチが開き、マサルを操縦席（コクピット）へと招き入れる。力士サイズのシートにマサルが腰を下ろした瞬間、コンソールのメイン画面に、大銀杏を結（ゆ）った風格ある力士の姿が映った。

『来たか。我が魂を受け継ぐ者よ』

　それは、マサルが生まれるずっと前にこの世を去った、最後の日本人横綱、鷹桜が残したビデオメッセージだった。

『日本は日本人の手で守らねばならん。相撲の国に生まれた者の誇りを見せろ！』

　キャノピーの外に目をやれば、侵略ロボがまっすぐこちらへ突っ込んでくる。マサルは自分の両頬をばちんと叩いて気合を入れ、コクピットの操作盤に両手を乗せた。

【メインエンジン点火。電子機器（ヴェトロニクス）起動。全駆動装置（アクチュエータ）動作正常。戦闘システム、待ったなし（オールグリーン）】

　行司（ぎょうじ）の声に似た電子音声が操縦席を駆け回る。熱い血流（オイル）が巨体を駆け巡り、鋼の筋肉に力が満ちる。

【RIXION（リキシオン）、出撃準備完了。発気（ハッキ）揚々（ヨイ）！】

　侵略ロボが眼前に迫るその瞬間。マサルの操る機動力士（リキシオン）は鋭く地面を踏み込み、敵に突進した。

　ぶちかましで敵を突き飛ばし、そのまま敵の巨体へと肉薄する。マサルの操作に合わせて、リキシオンの鋼の両腕が強力な突っ張りを連続で敵に打ち込んでいく。

　周囲の人々のどよめきと歓声が、集音装置を通じてコクピットに溢れ返る。その中にはマサルをかわいがっていた兄弟子達や親方の声もあった。「行けっ」「勝てっ！」――皆の声がマサルの背中を押し、リキシオンの取組（とりくみ）の熱気を高める！

　だが、敵も手強かった。攻防の入れ替わりは僅か一瞬。頭部の機関銃の乱射でリキシオンを押し込み、凶悪な侵略ロボは進撃する。隅田川（すみだがわ）に沿って豊洲（とよす）を踏み越え、リキシオンは遂に東京湾の際（きわ）まで追い詰められてしまった。

「くっ……！」

　海を背に敵の巨体を受け止めるリキシオン。鋼の筋肉がぎしぎしと軋（きし）み、操縦席のアラートが悲鳴を上げている。並のロボットなら、このまま海に叩き落とされるだけだったかもしれない。

　だが――！

「負けるかぁぁ！」

　マサルの熱い魂に応え、リキシオンは土俵際で最後の粘りを見せた。今にも崩れそうだった足腰を立て直し、敵の腰を掴んで、大きく体を捻る。敵自身の前進する勢いをも利用し、リキシオンは遂に敵を東京湾（どひょうのそと）に投げ飛ばした。敵は藻掻（もが）きながら海中に没し、やがて動作を停止した。

　――只今の決まり手は、打棄（うっちゃ）り！　打棄（うっちゃ）って、リキシオンの勝ち！

　リキシオンは蹲踞（そんきょ）し、手刀を切る。

　マサルは操縦席（コクピット）で人々の歓声を聴き、ふうっと大きく息を吐き出した。見上げた空は青く澄み渡り、新たな物語の始まりを祝福していた。