相撲という競技は何も悪くない

「ただ今の決まり手は、上手うわてげ。上手投げで機麗山きれいざんの勝ち!」


 ハイテク国技館にアナウンスが響き渡る。勝利を収めた女性型のメカ力士りきしが、観客達の歓声を浴びながら、土俵上で腰を落として手刀を切り、懸賞の封筒を受け取った。

 敗れた側の男性型メカ力士もまた、 うやうやしく一礼し、健闘を讃える観客達の拍手に見送られて土俵下どひょうしたへ下がってゆく。


「さすが、ロボットの力士達はみんな礼節をわきまえてるなぁ。大相撲おおずもうの主役が人間だった時代とはえらい違いだよ」

「ああ。この十年、ロボット相撲のおかげで、相撲そのものが見直されてきたよな」


 現在の相撲界に対する人々の反応は、人間・機械を問わず みな一様に、メカ力士やメカ理事会によって運営されるロボット相撲の清廉せいれんさを褒め称え、人間の時代からの脱却を喜ぶものであった。


 蔓延まんえんする八百長やおちょうに、度重なる暴行事件。そして徹底した隠蔽体質。相撲すもう部屋べやという閉ざされた世界の中で行われる「かわいがり」。毅然と事実を公表した親方への理不尽な降格処分。挙句の果てに行司のセクハラは発覚するわ、自動車運転禁止の筈の力士が飲酒運転で事故を起こすわ、救命のため土俵に上がった女性医師を女人にょにん禁制きんせいの名のもとに叩き出すわ、巡業のちびっこ相撲でも女児の参加を禁止するわ……。

 人間が土俵に上がり、人間が相撲界を仕切っていた時代の悪評は、目に余るものがあった。相撲とは本来、土俵に神を降ろし、神に捧げる神聖なる神事しんじ。だが、その担い手として、人間はあまりに不適格だったのだ。

 そして、相撲界を根本から立て直す変革が求められる中、人間に代わって神の依代よりしろに選ばれたのが、ロボットだったのである。


「本当に良かったよ。一部の不品行ふひんこうな者のために、相撲自体のイメージが悪くなるのは納得行かなかったからな」

「ああ、そうさ。相撲という競技に罪はない。だから、応援しようじゃないか、このロボット相撲を」

「そうだな。相撲が背負わされた汚名を洗い流そう」

「ビバ、ロボット相撲!」



=====【中入】=====



「出たぁっ! 人乃海ひとのうみの変形三点投げだ! 下馬評げばひょうくつがえし、人乃海ひとのうみ、格上の倭人竜わじんりゅうに勝利! オッズは12.5倍です! 払い戻しは――」


 赤々とした明かりが揺れる中、地下闘技場に観衆の熱狂が木霊こだまする。高額の戻りに歓喜する者、悔しそうに投票券を破り捨てる者……。大勢の観客の悲喜こもごもが溢れ返る中、死闘を演じた人間の力士達は、流血をタオルで吹きながら舞台裏に戻っていく。

 聖地・国技館を追われて十年。相撲を捨てることを選ばなかった僅かな力士達は、こうして日の当たらない舞台で今も相撲を取り続けているのであった。


「お疲れさんでございます、倭人竜わじんりゅうぜき。あんな勝ち方しちまってすいません」

「謝ることなんかねぇよ。お前は上が決めた筋書き通りに戦っただけだろ。お互い様だよ」

「ごっつぁんです。……しかし、悔しいっすね。俺達だって本当は、神聖な土俵で真剣ガチの勝負がしたいのに。 やみ賭博とばくの世界で、八百長をやって生き延びるしかないなんて」

「なぁに、今だけさ。いつまでもこんな時代が続くワケがねえ。俺達が相撲取りの誇りを忘れなければ、いつか必ず、国技館に返り咲く日も来るさ」



=====【中入】=====



ひがしぃ~、鋼鉄山はがねやまぁ~。西にしぃ~、装甲百合かぶとゆりぃ~」


 呼び出しの声に応じ、二人のメカ力士が土俵に上がってバーチャルソルトく。当代の大横綱だいよこづなと名高い鋼鉄山はがねやまに、新進気鋭の女性型力士・装甲百合かぶとゆりが挑む白熱必至の取組とりくみに、観客の期待は最大限に高まっている。


 そんな時、事件は起こった。


「制限時間いっぱいです。両者、見合って……む? 鋼鉄山はがねやま、急に動きが止まりました。これはどうしたことか? あっ、装甲百合かぶとゆりも動作を停止しています。一体何が――」


 土俵上で見合ったまま動かなくなってしまった二人の力士の様子に、観客達が一斉にざわめき始めたとき、突如としてハイテク国技館に巨大な揺れが襲いかかった。

 そして、土俵上空に闇が立ち込めたかと思うと、邪悪な何者かが、闇に覆われた土俵に姿を現したのだ。


「我こそは魔界まかい相撲ずもうの横綱、大帝門だいでいもんなり。ロボット力士のAI制御システムは完全に掌握した。現世の者共よ、我ら悪魔あくま力士りきしに屈するがよい!」


 観客達が我先にと逃げ出す中、土俵下に控えていたメカ力士達は次々と悪魔に立ち向かっていったが、その張り手やぶちかましが敵に届く前に、AIの制御を奪われて力なく土俵に倒れ伏してしまった。


「ぐわっはっはっ、機械風情ふぜいが悪魔力士に勝てる筈がなかろう! 感謝するぞ、相撲界よ。貴様らが人間の力士を土俵から追放してくれたおかげで、現世と魔界を結ぶ鬼門ゲートをこじ開けることが可能になったのだからな。今日から地上は我ら悪魔力士のものだ!」


「馬鹿な……。奴に立ち向かう手段はないのか……!」


 ロボット理事達が悲嘆ひたんにくれる中、


「待てっ!」


 雄々しい声とともに、ハイテク国技館に飛び込んでくる者達がいた。


「お、お前達は……!?」


 それは、かつて相撲の表舞台から追われた者達。日の当たらない世界で今日まで生き延びてきた、人間の力士達だったのだ。


「現世を汚す悪魔力士め、清めの塩を受けてみろ!」


 人間力士・人乃海ひとのうみいた塩に悪魔力士がひるんだ瞬間、倭人竜わじんりゅうの踏む四股しこがハイテク国技館の土俵を揺るがした。それは生身の人間だけが発揮しうる、闇をはらう聖なる力!


「ぐぬっ……! 馬鹿な、人間の力士がまだ生き残っていたとは! おのれ……!」


 苦しむ大帝門だいでいもんの背後に更なる闇が渦巻き、大勢の悪魔力士達が次々と土俵上に姿を現す。人間の力士達、そして人間の支援者の手で動作を復旧させられたメカ力士達が、土俵を挟んで悪魔力士達と対峙する。


「まさか、人間である貴方達が、私達メカ力士を助けてくれるとは」

「相撲を大事にする心に人間も機械もねえ。一緒に戦わせてくれ!」


 ロボット達と人間達は互いに頷き合い、悪魔の軍勢に立ち向かっていく。

 そうとも、相撲という競技は何も悪くない。この戦いの先に、新たな共存の道があるのかもしれない。今こそ共に守るのだ、相撲の未来を!


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