ロボット職人の朝は早い

 ロボット職人の朝は早い。工房の窓から朝日が差し込み、製作中のヒューマノイド達が起き出す頃には、彼はもう作業台に向かっている。


「好きで始めた仕事ですからね、毎日充実していますよ」


 そう語るのは、この工房でAI組み込み型ヒューマノイドの製作を手がけて40年になる、三代目露保山ろぼやま 磨進斎ましんさいさんだ。

 がんで世を去った師匠のあとを継ぎ、20年前からこの名前を名乗っている。


「やっぱり一番嬉しいのは、お客さんがロボットと打ち解けてくれて、『このロボットが来てくれてよかった』って言ってくれるときですね。職人冥利に尽きるというか、愛娘を嫁に出す親の感覚に近いのかもしれません。……いやぁ、まあ、人の親になったことのない私がね、偉そうに言うことではないんでしょうが」


 クライアントは多岐にわたる。やはり多いのはビジネス関係や医療・介護関係だというが、一方で、芸能ロボットを数多く世に送り出しているのも、磨進斎ましんさいさんの自慢の一つだ。


「この子は歌手になる予定です。今はデビューに向けて最後の調整中なんですよ」


 我々がカメラを向けると、その少女型ヒューマノイドはつややかな黒髪を揺らし、人間と寸分すんぶんたがわぬ微笑みを見せて言った。


「先週は、芸能ヒューマノイドの先輩達と一緒に海に連れて行ってもらったの。日差しと潮風の香りが気持ちよくて、ああ、生きてるってこういうことなんだな、って全身で感じたわ。早くみんなの前で歌いたいな。来月のデビューがほんとに楽しみ!」


 磨進斎ましんさいさんが手がけるヒューマノイドは、みな、彼女のように、独自の自我と生きる喜びを与えられて社会へと巣立ってゆく。機体の組み立ては一機あたり二週間も掛からないというが、顧客のもとに送り出すまでの情操教育には一年以上を費やすこともあるという。


「出来るだけ人間と同じ体験をしてほしいんでね、先輩ヒューマノイドや人間とのコミュニケーションを取らせるのは勿論のこと、山とか海とか、色んなところに連れていきますよ。納期が許す限り、四季の移ろいも体験させます。せっかく日本に生まれたんですからね。ひょっとしたら、今時の都会の子供より、ウチの子達の方がよっぽど自然の美しさを知ってるかもしれないですね」



 ◆ ◆ ◆



 磨進斎ましんさいさんの職人としての生き様の根底にあるのは、「人型ロボット」、そして「AI組み込み型」への譲れないこだわりだ。


「なぜ人の形に組み上げるのか。それは人の心を宿すためですよ」


 己の足で大地を踏みしめ、己の手で世界に触れる。人間と限りなく近い五感で世界を捉えることで、人型ロボットやバーチャルAIにはない情緒が養われるのだという。


「『伝統』と言うと大袈裟かもしれませんけどね。バーチャル全盛の時代だからこそ、私は昔ながらのやり方を大事にしたいんです」


 クラウドが当たり前の現代にあって、彼は今や数少ない「AI組み込み型」のヒューマノイドを作る職人だ。AI組み込み型とは、ヒューマノイドの「意識」であるAIをクラウドサーバーから同期させるのではなく、文字通り、AIを司る回路がヒューマノイドの機体に物理的に内蔵されているものを指す。


「昔の漫画を見ると、ロボットはみんなそういう仕組みじゃないですか」


 ロボットという概念が生まれて150年。日本人が思い描く「ロボット」のイメージの源流には、手塚治虫や藤子・F・不二雄といった往年の漫画家達の作品の影響が根強くあると、磨進斎ましんさいさんは言う。


「そりゃあ、手塚さんや藤子さん達の生きた時代には、まだネットワークだのクラウドだのはなくて、『神様』や『天才』といえどクラウド型のAIなんて思い付けなかったというだけかもしれない。今の時代に彼らが居たら、多分、クラウドAIのロボットを描いてたかもしれないですよね。……でもまあ、そういうタラレバは抜きにして、やっぱり日本人にとっての『ロボット』の原体験というか、基本イメージみたいなものが、『アトム』とか『ドラえもん』に由来してるというのは、これはもう間違いないんじゃないかと思うんですよ」


 彼が挙げた手塚治虫の名作『鉄腕アトム』には、『アトムの最後』という後日談的な作品がある。役目を終え、博物館で眠り続けていたアトムが、再び目を覚まし、敵に立ち向かっていくストーリーだ。アトムの機体はワンオフであり、代わりはない。機体が壊れるとき、アトムという人格もまた死ぬのである。


「『ドラえもん』にしたって、機体と意識が一対一で紐付いているからこそドラマが生まれるわけでね。一時期、ファンが作った嘘最終回というのが話題になりましたが、ご存知ですか。機能停止したドラえもんを復活させるために、のび太君が猛勉強して技術者を目指すんです。でも、あれ、ドラえもんのAIがもしクラウドに置いてあったら、『新しいネコ型ロボットの本体を取り寄せよう』で話が終わってしまうじゃないですか。まあ、それはそれで面白いというか、藤子さんのSF短編集に出てきそうな話ではありますけど」


「身体が壊れても、別の機体にAIをロードすれば同じ人格で再起動できる――。労働機械としてのロボットはそれでいいのかもしれません。でも、人間のパートナーとしてのロボットには、何というか、死生観しせいかんみたいなものが必要だと思うんですよ」


 磨進斎ましんさいさんがこれまで世に送り出してきたヒューマノイドは800体以上にも及ぶ。中には、事故や動作不良で既にその生涯を終えたものもいる。たとえクライアントに望まれても、彼は、AIを別機体に積み替える「蘇生」を請け負ったことはないという。


「死の運命から逃れられないことを知っているから、人間は一生を輝かせようとするんじゃないですか。ロボットも同じだと思うんです。たった一つの身体だからこそ、命を大事にしてくれる」


「私自身も、60年前、そうやって師匠に命を吹き込んでもらいましたんでね。この機体からだもあちこちガタが来てますが、身体が滅びるときは私という存在も滅びるときだと思ってますよ。いつか来るその時までに、出来るだけ多くの我が子を世に送り出したいですね」


 座右の銘は「生涯現役」。ロボットの心のあり方を熱く語る男の目には、揺るがない職人の矜持があった。

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