アキバ系ヒューマノイド アイドライザーMK-8
通販で購入したアイドライザーが遂に届いた。一人暮らしの部屋を占領する梱包のダンボールを解くと、何重もの
「はじめまして、マスター」
バイト代を切り詰め、大枚をはたいて買ったそれ――最新鋭の汎用人工知能(AGI)を搭載したアキバ系ヒューマノイドは、WEB広告の触れ込み通り、人間とほぼ変わらぬ仕草で控えめに笑いかけてきた。
初めて間近に見る異性の笑顔がロボットというのは複雑な気持ちだが、今はそんなことより、念願のアイドライザーが遂に手に入った喜びの方が遥かに大きい。
「アキバのアイドル文化を極めた最新モデル、『
その日から、夢にまで見たアイドライザーとの暮らしが始まった。
しかし――。
♪ ♪ ♪
「会いたくって、会いたくって、会いたくって、NO! きーみーにー」
「お前、歌もダンスも全然上手くなんねーなあ。それでアイドルって冗談キツイだろ」
「だ、だからっ、こうして練習してるじゃないですか!」
「ダメダメ。そんなんじゃ劇場に立ってもアンチのブーイングまみれだぜ」
アイドライザーを購入してから、はや二週間。
毎日欠かさず
「お前、やる気あんの?」
「あ、ありますよ! わたし、アイドルに人生懸けてるんですからっ!」
「人生ねえ……。まあいいや、ハイ次、『ヘビーサーキュレーション』やってみな」
「は、はいっ。ふふっ、この曲はちょっと自信あるんですよ? 昨日、YouTubeで振り付け動画をガン見しましたからねっ!」
「お前、
アイドライザーの機体に仕込まれた音響システムから、アキバのアイドルグループのヒットチューンのメロディが流れ始める。
「ゆーうぉんみー」
歌い出し、いきなり音が外れた。……ああ、まただ。
「お前なぁ……。もうやめるか? 返品するか?」
「やめませんよ! もう一回、もう一回!」
「やれやれ……」
アイドライザーの汎用人工知能(AGI)の性能は、確かに素晴らしいものだった。このAGIは、流通する全個体が画一の個性を有しているのではなく――
それは、アイドル云々以前に、
ただ、まあ、どんなに理想的な異性を模したロボットとの生活を満喫できたところで、肝心のアイドルとしてのパフォーマンス
「ハァ。もういいからさあ、今日はアキバでデートでもしようぜ」
「えっ。でも、わたし、もっと練習しないと……」
「ヘタクソな歌とダンスに延々付き合わされる身にもなれっての。それより、そんなに
ロボットが「根詰めないで」も何もあったものではないが。
アイドライザーは、一日外を出歩かせても問題ないだけのコミュニケーション能力と蓄電容量を備えている。アキバ系ヒューマノイドとアキバでデートというのも、まあ悪くない。
♪ ♪ ♪
「ホラ、見ろよ。あれがアイドルの聖地、アキバ48劇場だぜ。いかにもな服装したオタクが何人も居やがる」
「って、あなたも同じようなカッコじゃないですか」
「お? 言うようになったな。それより、お前は早く、あの劇場で踊ってるアイドル達みたいになってくれよ」
「なりたいですよ、わたしだって。……なんでこんなに才能無く生まれちゃったんだろ」
「才能ねぇ……」
アイドライザーと一緒に歩くアキバの街は、サブカルチャーの最先端だけあって、そこかしこに生身の人間と見紛うばかりの精巧なロボットが溢れている。メイド型ヒューマノイドが接客するメイドカフェなんて、今さら珍しくもない。
人は皆、自分を癒やしてくれたり、勇気付けてくれたりする誰かを求めているのだ。それがたとえ機械であっても。
そんなメイドカフェの一つを適当に選び、アイドライザーと一緒に店に入る。「お帰りなさいませ、ご主人様」と、語尾にハートマークを三つくらい付けて蜂蜜を振り撒いたようなメイド型ヒューマノイドの声が、明るく出迎えてくれる。
勿論、アイドライザーは機械なので飲食はしないが、アキバの雰囲気を人間さながらに楽しんでいるようなその表情はとても印象的だった。
「少しは元気になったか? 帰ったらまた
「ハイ、ありがとうございます。……ふふっ」
「何笑ってんだよ」
「ロボットが『元気になる』とかって、ちょっと面白くて」
「こんなことに人間サマも機械もねえよ。……ハァ、さっさと一人前のアイドルになりやがれ」
メイドカフェのテーブルを挟んで向けられるアイドライザーの言葉に、わたしは、こくりと頷く。
帰ったらまた、
未曾有のアイドル隆盛時代を迎えた21世紀。わたしのようにアイドルを目指す女の子達の需要に応えて生み出された、アイドルレッスン用
厳しくも優しい言葉でわたしを鍛えてくれる彼がいれば、いつかきっと、わたしも夢を叶えられるに違いない。
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