第5話
少しだけ、わたしと清水さんの壁が薄くなった気がした。秘密を共有したせいか、それとも。そもそも今までこんなにたくさん話したことがなかっただけか。
緊張していた空気がゆっくりと流れ出す。気持ちに余裕ができて、わたしはこの部屋を見渡してみた。
ロッカー室ほどのとても狭い部屋だ。物置、と表現した方がいいかもしれない。角部屋で、普通の教室のように窓はある。机が4組。ロッカーが三つと背の高いラック。ラックにはどの段にも無造作に資料や教材が積まれていた。机と同じように余ったものだろう。余り物を置きにくるのか、畳まれたパイプ椅子や壊れかけたバドミントンのラケットなんかも隅に立てかけてあった。
雑然とした小部屋に、観察すればするほどなんの部屋かわからなくなった。各棚にはぽつんぽつんと竹細工の置物が置いてあったり、ビー玉の詰まった透明な瓶が飾ってあったりした。ますますわけがわからない。
教室であれば教壇の位置に大きなホワイトボードがあった。一般的にクリーナーやペンを置いておくはずのトレイには、竹とんぼが三つ刺さっている細長く切られた発泡スチロールが何故か鎮座していた。
「何あれ……」
ずっと唖然としていたが、思わず口に出てしまう。モグモグと昼食を再開していた清水さんがパッと顔を上げた。
「なに?」
「あ……っえっと、竹とんぼとか、置物とか何かなって……」
「ああ、これ……。前この部屋を使ってた部活の置き土産なの。遊ぶ?」
そういうと、わざわざ発泡スチロールや竹細工のカゴをとってきてくれた。平たいカゴには色とりどりのおはじきが載っている。
「前の部活?」
「そう。ここ、前は竹細工同好会っていう同好会の部室だったらしいんだけど、去年廃部になってね。もともと物置みたいなものだから、余った竹とか作品とか、色々置いていっちゃったみたいなの。わたしもたまに遊ぶよ」
竹とんぼと言いながら、清水さんはカゴをひっくり返して机の上におはじきを広げた。その様子を見て、まだ昼ごはんが済んでなかったらしいと思う。
「へえ……」
「……ちょっと、違うよ。食べないからね」
「え、ご飯じゃないの⁈」
「もうお昼は食べたもん! そんなに食べない!」
ジトリとした視線を向けた後に、顔を赤らめて反論してくる。そんな清水さんを見て、彼女基準でビー玉一袋以上は大食い認定らしいことを悟った。よくわからないがきっとガラスが主食の人たちにとってはそうなのだろう。
「これはわたしの部活で使うの!」
ジャラジャラと机におはじきを広げ、両手を広げて得意げにそれらを指し示した。何がしたいのかわからず首を傾げて様子を伺う。
「ここは今、伝統遊戯倶楽部の部室です!」
「でんとう、ゆうぎ……」
「そう! おはじきとかビー玉とか、竹とんぼ、縄跳び、百人一首かるたなんかの、電子に頼らないゲームで遊ぶ倶楽部なんです!」
「………………。本音は……?」
さっきの勢いはどこへやら。ちょいと指でおはじきを弾いて、清水さんは気まずそうに視線を逸らした。
「……ビー玉、持ち歩いていても怪しまれないための部活……。で、でも、ちゃんと部活申請して許可取ってるから! きちんと週一くらいで縄跳びや鉄棒に挑戦してるし!」
時折放課後、彼女が体操服を着て何かをしにいっているのをみかけていたのはこのせいだったのかと、また一つ謎が解けた。部活にも入っていないくせにと、グランドに向かう最中の実里たちに目撃されていた時はヒソヒソ言われていた。わたしは体育の居残り練習かと思ってた。清水さん、割と体育では授業で浮くくらい運動できないから。
「前の部活自体が適当だったみたいで、わたしの部活もそんなに審査されずにすんなりとおったけど……。顧問もいないようなもんだし、部員も一人だし……。そっちのが都合いいんだけどね」
少しだけしょぼんとして机の上のおはじきを見つめた後、明るく顔を上げた。
「ねえ、丸山さんはおはじきしたことある?」
「おはじき……は、したことないかも。竹とんぼやお手玉は小学校の時にやった気がするけど……」
昔あそび、とかいう授業が確か1・2年生の頃にあったはずだ。鞠つきや竹馬を同級生たちが奪い合っていた記憶が微かにある。なんとなくおはじきの遊び方は知っているが、ビー玉はどうやって遊ぶのかも知らない。
清水さんの意に沿う返答かなと様子を伺ってみると、うんうんと顎に手を当てて頷きながら一人で納得していた。
「なるほどね。そっか。ああでも、お手玉はいい考えね。作るとこからやれば結構時間かかるし部活っぽいわ」
外に出なくてもいいしとさらにぶつぶつ呟いている。週一で縄跳びという先程の言葉を聞いた時にも思っていたが、あまり運動はしたくないみたいだった。
やけに響く鐘の音がした。5時限目の予鈴だ。もうこんな時間かと驚く。慌てて立ち上がると、清水さんがわたしに申し訳なさそうに声をかけた。
「ごめんなさい。時間取っちゃった。丸山さんご飯まだだったんでしょう? 落とし物届けてくれてありがとう」
「ううん。今日はまだお腹空いてないから大丈夫。先戻るね」
ドアの前まで歩いていく。開けて、振り向いて清水さんを見ると、机の上のおはじきをかき集めていた彼女もこっちを見て手を振った。
わたしもそんな彼女に手を振りかえし、ドアを閉めた。
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