第8話 天才重戦士、めっちゃドキドキする

 ――外位級ジョーカー


 “はぐれもの”の加護にランクを与えるとしたら、それになるらしい。

 ウルは前に最上位の天位級エースよりもさらに上だと言っていたが、しかし全ての外位級がそうであるとは限らない、とのことだった。

 あいつは俺にこんな説明をしてくれた。


「外位級は通常の基準では測りきれぬ、特殊に過ぎる性質を持つ加護に与えられるランクでな? 正確にはレッテルと呼ぶ方が正しいものなんじゃよ」


 要するに、トンデモ性質の加護は全て外位級ってことだ。

 そしてそんなトンデモ性質のトンチキ加護を授かった俺みたいなかわいそーな冒険者に与えられる特別ランク。

 それが、Xランクなのだった。


 …………嬉しくねェェェェェェェェェェェェェェ!


 特別ランク。

 いや、それはね、響きは最高だよね。いいよね。

 いいよ。そこはいい。そこはいいんだ。


 Xって文字もいいよね。

 何かものすげー特別感あふれてるし、ロイヤルレアリティって感じだよね。

 うん。これもいい。これもいいんだ。


 ただ問題はあれな。

 Xランク=『おまえらは冒険者ギルド公認の変なのです』。


 そこ公認されたって嬉しいワケねーだろーがよぉぉぉぉぉぉぉぉ!


「なぁ、おまえもそう思うだろ、ラン・ドラグ!」

「いや、別に?」


 そこは全肯定するトコだろうが、このブラックアマ!


「そもそもおまえが何に怒っているのかが僕にはよく分かっていない」

「何だテメー、自分は普通の人間とは違うんですアピールかちくしょー!」

「おまえ、そんなにヒマか?」

「うんまぁ、割と」


 ガタゴトと、耳にやかましい音を奏でながら車輪は回って馬車は進む。

 今、俺とランはギルド所有の馬車に乗ってとある山へ向かっていた。


 何故こうなったのか、経緯はこうだ。

 俺とランがお試しで組むことになった。そしてロクさんから依頼を受けた。

 以上、説明終わり。


「……これ大丈夫? 本当にこの依頼大丈夫? ねぇ?」

「そこまで疑心暗鬼になるなら受けなければよかっただろうが」


 何度も念入りに確認する俺に、ランがやや呆れた顔を見せた。

 しゃーないやん。

 無信頼と悪実績のロクさん依頼なんだぜェ……?


「だから、そこまで疑っているのならば何故この依頼を受けたんだ」

「いや、だって、なぁ……」

「何だ。ウル様に義理を立ててか。それとも実績を一つでも稼ごうと――」

「今週分の宿の部屋代、三日後までに払わなきゃいけないんだ……」

「おまえ、元とはいえAランクパーティーのメンバーだったんだろうが!?」


 うるさいよ。

 過去の経歴とお財布の中身が比例するなんていつ誰が決めたっていうんですか!

 冒険者として成功すればお金ガッポガッポなんて甘い夢見てんじゃないよ!


「……待て、グレイ」

「何さ」

「前の未探索領域調査、報酬は出なかったのか?」

「…………」

「おい、目をそらすな」

「ヘッヘッヘ、ランの姐御、現場までもうすぐでげすねぇ~」

「いきなり下手に出るな」

「ケッ! 報酬なんてな! 別のツケの返済にあてたよ! 何か文句あんのか!」

「だからといって開き直るな」


 どーしろと。


 思って俺がランをジッと直視すると、この黒女、ハァ、とため息を一つ。

 それに合わせてこいつのお胸の凶器がふるんと揺れた。


 な、こいつ……。

 たかがため息一つでそれだけのマグニチュードを……!?


 …………ゴクリ。


「何だ、これが気になるのか?」


 俺の視線に気づいたランが、その真っ赤な唇を笑みの形に変えた。

 そして両手で抱えるようにお胸の凶器を持ち上げて、俺の方に近づいてくる。


「あの……?」

「どうした、これに興味があるんじゃないのか? ん?」


 四人乗りの馬車の中、当然そこは広くはない。

 一応内部はそれなりの内装が施しており座り心地こそはさほど悪くないものの。

 だが二人、向かい合って座ればそれほど余裕は残らない。


 そんな程度の空間で、この女、思いっきり前に乗り出してきやがって!

 ランの身体が前に傾けているせいで、お胸の凶器がハイパー強調されてんスよ!

 ただでさえ開かれたランの胸元が、これ以上ないくらいに視界を占めてくる。


「ほら? どうしたんだ、グレイ。顔が真っ赤じゃないか」

「おま、お、お、おまえェェェェ……!」


 クソォ! このブラックアマ、明らかに楽しんでんよ!


「ほれほれ」


 言いながら、ランがさらに距離を詰めてきた。

 こうなるともうほとんどお互いの間に空間はない。密着寸前というレベルだ。


 うああああああああ、近い近い近い近い近い近い。めっさ近いィィィィィィ!?


 クッソ、こいつ!

 物言いにあんまり女らしさとかないくせに、こうして向き合うとマジ色っぽい!

 透けるような肌の奥に確かに息づく生命の肌色。

 着ている衣装が黒一色なだけに、それは余計に強い印象を与えてくる。


 サラサラした黒髪の光沢は鮮やかで、細められた瞳は俺を誘っているかのようだ。

 そして艶めかしい赤を見せている唇が小さく微笑み俺の名を呼ぶ。


「なぁ、グレイ。僕に触ってみたいとかは、思わないか?」


 思っとるわバカタレ!

 さっきから漂ってくる知らない名前の花の香りとかで俺の俺が大変なんだぞ!


 しかも。しかもだ。

 普段は可愛いと思える要素なんぞ皆無のクセに、こいつ、可愛いぞ……!?


 やめろ。その上目遣いをやめろ。

 自分が前傾姿勢だからってこっちを覗き込むような感じで見るのやめなさい。

 可愛く見えちゃうだろォォォ!

 俺の俺がハッスルしちゃうだろォォォォォ!


「とりあえずその両腕を下ろせ、な?」

「何故だ? 別におまえに危害を加えているわけじゃないだろう?」


 物理的にはそうでも視覚的には殴る蹴るの暴行だってコト分かれや!

 その二つの柔らかそうなのがさぁ! 恐るべき凶器でさぁ!


 あぁぁぁぁぁぁぁぁ、ヤバイ。ホント柔らかそう。

 しかも柔らかいだけじゃないぞ、服の上からでも張りがあるのが分かるんだぞ。


 そんな凶器が目の前に、それこそ鼻先に置かれている。彼我の距離は十数センチ。

 死ぬ。これは死ぬ。

 今すぐ目をそらさないと俺は死ぬ。加護があっても死ぬ。


 ああ、手が動きそうになる。俺の指先がもぞもぞしてる。

 今にも動いて、目の前のやらかいものを触って掴んで握って揉みそうになる。


「……フフ」


 ランが小さく笑い声をこぼした。満足したらしい。

 こ、こいつ……!


 歯をむき出しにしてグギギする俺を面白そうに覗き込みながら、ランは身を引く。

 俺を純情をおもちゃにする時間は終わったってことか? オイ?


「おまえ、いいかげんに……!」


 さすがにこらえきれず、俺はランに向かって怒鳴ろうとした。


 ――馬車が激しく揺れたのは、そのときだった。


「な……!?」

「うお、何だ!!?」


 いきなりだった。

 ランも俺も、完全に不意を突かれて驚きの声をあげる。

 だが目の前に体勢を崩したランが見えて、俺は慌てて手を伸ばした。


「ラン!」


 とっさにランを腕に抱え、強く抱きしめる。

 馬車はさらに揺れて、乗っていた俺達は激しくシェイクされた。

 席や床にぶつかっても痛くないのは、“はぐれの恵み”が働いているからか。


 耳元には轟音。

 視界はグルグル回って、もはや何が何やら。

 落ち着いたのはたっぷり十秒くらい経ったあとでのことだった。


「あー、落ち着いた、か……?」


 さらに数秒待ってから身を丸めていた俺は顔を上げた。

 馬車は、完全にひっくり返っているようだった。今は天井部分が床になっている。


 外からは馬の鳴き声と御者のうめきが聞こえてきた。

 よかった。生きてたか。御者のオッサンに何があったか確認しなきゃだな……。


「お、おい……」


 ランがすぐ近くから俺を呼んだ。

 あれ、そういえばランは今どこに――むにむに。あ、やらかい。

 彼女はなぜか腕の中にいて、お胸の凶器が俺の胸板に押し付けられていた。


「あああああああああああああああ、ごめぇぇぇぇぇぇぇぇん!」


 そうだよ、馬車揺れたときに抱えちゃったんだよランのこと!

 気づいた俺は半狂乱になりながら両手を放し、ランを解放しようとする。


「いやあのこれはその決してよこしまなこと考えて抱きしめたワケじゃなく危ないかなって思ったら体が勝手に動いてでもやらかかったしいい匂いしたし気持ちよかったしごちそうさまでしたって違うよそうじゃねぇよとにかくごめんなさい!」

「分かった、分かったから耳元で騒がないでくれ……」


 おや?

 やけに声が小さいぞ。

 また思いっきりからかわれるかなとか半ば覚悟してたんだけど。


「それより、ここでは身動きが取れない。早く外に出るべきだろう」

「ああ、それはそうだけど……」


 言うランの声は、やっぱりさっきと全然調子が違っている。

 か細くて消え入りそうな、何ていうか、ちょっともじもじしてるような。


「ラン」

「何だ、早く馬車から出て――」

「もしかして照れてる?」


 ごふ。

 む、無防備の腹にパンチはやめてつかぁさい……。


「もういい! 自力で出る!」


 かんしゃく起こしたランが、拳を握って思い切りそれを上に向かって振るう。

 ドバキャア、という音と共に頑丈なはずの馬車が一撃で消し飛んだ。


 うおおおお、馬車が完全に屋根部分を残して粉砕されちまった。

 威力強すぎて破片がやたら細かいでやんの。


 まさに文字通りの木っ端みじんだよこれ。

 何だよ、どういう馬力だよ……!?


 呆気に取られている俺をよそに、ランは飛び出すようにして外へと出ていく。

 俺も後を追おうとして身を起こしかけ、そして見た。


「あれは……!」


 やたら大きな翼を広げて空を舞い飛ぶ一つの影。

 間違いない。俺達が乗っていた馬車を狙ったのは、あいつだ。


「フン……」


 俺が馬車の残骸から這い出ると、すでに立っていたランが空を見上げていた。

 ホコリをはたいて俺も立ち上がる。


「出てきたか、グレイ」

「あー、何とか。しかし、いきなり遭遇とはなぁ……」


 俺も空を見て、ため息交じりにつぶやいた。

 空を舞うデカイ影。それはあまりに特徴的なシルエットをしていた。


「――ワイバーンだな。それも、かなり大きいヤツだな」


 ランがその名を口にした。

 ワイバーン。

 竜の一種として数えられるモンスターで、Bランクでも上位に位置するヤツだ。


 飛竜という別名で呼ばれており、高速飛行が最大の特徴である。

 腕はなく、鳥類のように前足を使って獲物を襲う。

 何よりドラゴンってのがヤバイ。亜種とはいえタフさとパワーは折り紙付きだ。


「アレが標的かねぇ」

「ああ。間違いないだろう。探す手間が省けたな」


 今回、俺とランがロクさんから受けた依頼。

 その内容が人里近くで目撃されたワイバーンの駆除だった。


 まだ被害は出ていないが、あのデカさじゃ村一つ滅びてもおかしくねぇな。

 人里が襲われる前にこっちを襲ってくれて、むしろラッキーってことか。


「グレイ、おまえは御者を助けてやってくれ」

「ランは?」

「いい機会だ。おまえに見せてあげるよ」

「……何を?」

「もちろん、僕の実力を、さ」


 ランはそう言って野太く笑った。

 さっき見せた女らしい色っぽさはどこにもなく、それはワイルドな笑みだった。


 だが、そうか。

 ランがXランク冒険者だというのならば、その加護は俺と同じく外位級。


 ミノタウロスを倒したときもそうだったけど、こいつのパワーは圧倒的すぎる。

 それだけの強烈な加護を授かっているってコトだろうが。


 ――ケエェェェェェェェェェェェェェェェ!


 ワイバーンがけたたましい奇声を発する。

 サイズがデカイからか、それは地平の彼方まで響きそうな声量だった。


「スゥ……」


 一方でランは深く息を吸い込んで、


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 うーわッ!!?


「ひっ……!」


 ランの咆哮に、俺と御者が揃ってビクリと身を震わせた。

 びっくりした。ちょーびっくりした……。


「たかが亜種如きが誇り高き竜を名乗るなど許されるものか」


 そしてランは黒鞘の長剣を肩に担ぎ、ワイバーンを睨みつけて叫ぶ。


「我が“ものすごいドラゴン”の加護がもたらす真なる竜の力、見せてやるぞ!」


 ……ネーミングひでぇな!?

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