第7話 天才重戦士、ギルド長を許す
「申し訳、ございませんでしたァァァァァァァァァァァァァ!」
話は、ロクさんの土下座から始まった。
冒険者ギルドの貸し部屋でのことである。
場にはこの天才重戦士グレイ・メルタを含めて五人が集まっていた。
俺。
ロクさん。
メル。
ウル。
そして俺をダンジョンで助けてくれた黒い女だ。
ミノタウロスが倒れたあと、俺はウルが持ってきた生還符で戻ってきた。
そしてその足でここに通されて、
「誠に! まーこーとーに! 申し訳ございませんでしたァァァァァァァァ!」
これだよ。
いや、許さんけどね?
この黒い女は誰なんだよ、とか。
何でダンジョンにウルがいたんだ、とか。
『エインフェル』全滅ってどーゆーことよ、とか。
疑問の上に疑問が重なりすぎてどっから解決すべきかもわかんねーけど。
でも、依頼については何となくだがハメられたんだろーなー、ってのは感じてる。
ロクさんの土下座を見ても、それは間違ってないことが分かる。
俺は腕を組んでギルド長を見下ろした。
「……つまり、どういうことなんだよ」
「はい! あたくし、当然のことながらグレイ様に誠心誠意ご説明させていただく所存でございまして! ただ、ただですね! こちらの件について全てをつまびらかにいたしますと、ウルラシオンに根差している深い深~い闇に触れてしまうことにもなるのでございますよ。ええ、ええ、あたくしはもちろん全て包み隠さずお話しさせていただこうと考えておりますが、何もかも話してしまうこと。これは果たしてグレイ様の今後のためになるのかどうか、と、そこに考えを及ぼしますと少しばかり不安がこの胸に去来するのでございます。そう、あたくしの浅はかな行動が輝かしきグレイ様の冒険者としての未来に一抹の暗雲を呼び込むことになるまいか。そのような不安でございます!」
スゲェ。
土下座したまま微動だにせずこの長広舌スゲェ。
いや、でも、騙されないよ?
もう俺、騙されてあげないからね?
ロクさんの手口がどんなのか、俺もう知っちゃってるからね?
「いいから手短にいこうぜ、ロクさん。なぁ?」
「は、はぃぃぃぃぃぃ! それはもう! このロックラドも一人の男でございます! 意地汚く保身に走るようなまねは決していたしません! ええ、天地神明に誓っていたしませんとも! つまりあたくしがこれから語る言葉はこれ全て真実! 一切の偽りなし! 万が一、これからあたくしが偽りを申し上げていたならばそのときはどうか、どうかグレイ様がお持ちのその剣であたくしを斬り伏せていただきたい! このロックラド、生き恥を晒してまで命を繋ぐつもりは毛頭ございません! ええ、裁くのならばどうか、どうかグレイ様の手で!」
え? いや、あの……?
「さぁ、お聞きくださいグレイ様。このウルラシオンの深き闇にまつわるこの話を。どうぞそのお耳で存分に拝聴くださいませ! …………、…………嗚呼、しかしここで冒険者でもない、単なる一小市民に過ぎないあたくしは語るのを躊躇ってしまう! 何という怯懦! 何という臆病! しかしこればかりはお許しいただきたく存じます! 何せこれはあたくしのみならず、あたくしの家族にまで影響を与えてしまうかもしれない話なのです! これを語ってしまえば、そしてグレイ様が聞いてしまえば、もはや取り返しはつきません! 全ては後戻りできない領域に突入してしまうのです! それでもグレイ様が、そーれーでーも、グレイ様がお聞きになりたいというならばもはやこのロックラド、今度こそ覚悟を決めましょう!」
待って。
待って。
そんなオオゴトなの?
え?
何で俺にあんな依頼回したか。だけじゃないの?
ウルラシオンの深き闇って何?
ロクさんの家族どうなっちゃうの!?
「あ、あの、ロクさん……?」
「グレイ様はどうぞそのままのグレイ様でいてくださいませ。あたくしはグレイ様にこれを話す義務があるのでございます。ええ、これはもしかしたらあたくしの最後のお勤めになるやもしれません。これを語ってしまえばウルラシオンの深き闇はもはやあたくしを見過ごすことはないでしょう。ですが、あたくしは冒険者ギルドの長。何よりも、そう、何よりも! 自分よりも! 家族よりも! まずは冒険者を第一に考えねばならぬ身! ならばこそここで全てを明らかにいたしましょう。あたくしはギルド長としてあえてそれを選びましょう!」
おい、おい、おい……?
「待った! ロクさん、待った!」
「おや? おやおやおや? まさか? まさかまさか? 心底よりの疑問を浮かべてしまいますが、ええ、まさか、まさか語るなとおっしゃる? このあたくしに、この、グレイ様を騙すようなまねをしでかした薄汚い男に、まさか真実を語る必要はないと、生きろと、家族と達者で暮らせよとおっしゃられる? もしそうであるならばグレイ様の何たる漢っぷり! まさにあたくしの見込んだ通りでございますね! 男の中の男、冒険者の中の冒険者! そんなグレイ様だからこそ、そのお口からはっきりとおっしゃっていただきたい! もう謝る必要はないと、この一件はこれで決着だと! はっきりと、断言していただきたい!」
「分かったよ許すよ! この一件はおしまいでいいよ!」
部屋の中で、俺は声を張り上げて答えた。
音を上げたともいう。
あんなん言われたらそりゃこっちだってもういいわってなるわ!
それまでずっと直土下座不動だったロクさんが立ち上がってホコリをはらった。
「では、この件はここまでってことで。次のお話にいきましょーかー」
「お、おー」
何か釈然としないものを感じながら、ロクさんの言葉に俺はうなずいた。
すると、あれ、何だろう?
周りからものっそい視線を感じる。
「なぁ、坊……」
ウルが俺に話しかけてきた。
そのまなざしはどういうことだろう、見たこともない慈愛の光にあふれていた。
「おんし、何かあったらわしに相談せいよ? 自分で物事判断するでないぞ?」
ちくしょう憐れみのまなざしかこのチビ!?
「ふざけんな! 今の話のどこに憐れまれる要素があったってんだよ!」
「端から端まで中身ぎっしりだったではないか!」
そ、そこまでだったの、か……?
俺は意見を求めるようにメルの方に視線を送った。
「メ、メルたんは、どうっすか……?」
「メルたんではありませんが、そうですね。思ったことを言うならば――」
「言うならば?」
「グレイさんが怪しいハンコを売りつけられたりしないか少し心配になりました」
「ガッデム!」
何だよ何だよ、みんなして!
俺は天才重戦士のグレイ・メルタだぞ! これは強者の余裕っていうんだぞ!
「つかね? ウルラシオンの深い闇とか言われたらロクさん心配になるでしょ!」
「それわしのことじゃぞ」
「……はぁ?」
いきなり言い出したチビロリに、俺は変な声を出してしまった。
そしてロクさんを見ると、このオヤジ、にこやかに笑いながらうなずきやがった。
「ええ、そうでございますが?」
「ますがじゃねーだろ!? 関わったらいけないって? 家族の安全は!!?」
おまえ、絶対ウソつかないとか自分で今言ったばっかじゃねーか、オッサン!
「何をおっしゃいますやら。このロックラド、誓ってウソは言っておりません」
「じゃあ深い闇って何!?」
「千歳にも届こうという大賢者様ですので、その存在自体が怪しいでしょう? 経歴とか、誰にも分からない深い闇でございましょう?」
「いや、怪しいけどさ! それでこの見た目は詐欺だと思うけどさ! アンチエイジングもほどほどにしろって誰だってツッコむだろうけどさ!」
「おんしら……」
チビロリ賢者が何か言っているがそれどころじゃないのでシカト!
「じゃあ、ロクさんの家族は!!?」
「大賢者様は実はウチのご近所様でございまして、家内がよく野菜などを分けてもらっているのでございます。ですから、もし仮にあたくしが大賢者様を悪く言ってしまったならば、そしてそれが家内に伝わってしまったならば、瑞々しいお野菜が食事からなくなってしまうのです。ああ、慎ましくも喜ばしき我が家の食卓から彩りが欠けてしまう。何たる悲劇!」
「ここまでのやり取りが総じて喜劇だバカヤロウ!」
「バランスがとれておりますな!」
「ムガァァァァァァァァァ!」
俺はブチギレそうになりながら地団駄を踏みまくる。
もー! 何なんだよ、もー!
結局みんなから憐れまれただけで話が全然進んでねーじゃねーかよー!
「ク、フフフ……」
今にも叫びだしそうになっている俺の耳に、黒い女の小さな笑い声が聞こえた。
「何笑ってんだよ」
俺は歯ぎしりしながら胃の底辺りから声を出して女を睨む。
「何を怒ってるんだ。喜劇だと言ったのはおまえだろ。だから僕は笑ってあげたぞ」
おまえ……!
その見た目で一人称が「僕」とか、さらに属性積み上げてくるのかよ……!?
「ああ、しかし話が前に進んでない、っていうのはいけないな。進めようぜ」
言って、黒い女がいきなり話を仕切り始めた。
何だ仕切り屋さんか、こいつ。話が楽に進むぞ。いいぞもっとやれ。
「まず僕がおまえのところに赴いた理由だが、ウル様に頼まれたからだ」
「まーたおまえかチビロリ賢者!」
「何じゃい、こりゃおんしを案じてのことじゃぞ。未探索領域調査も含めての」
「あァン?」
ロクさんからの特別依頼にも絡んでるっぽいが、どうにも話が見えねぇ。
「森でわしの話終わらんうちに戻ったじゃろ、おんし」
「おう! Sランクダンジョン行かなきゃだったからな!」
「それを止めるために、テレパスの魔法でロックラドに連絡したのね、わし」
――つまり?
「大体がウル様の差し金ということでございますな!」
ロクさんが高らかに言い放ちやがった。
ほっほぉぉぉぉ~~……?
そうだったんですかぁぁぁぁ~~……。
「……何か弁明はあるか、チビロリ」
「クッヒッヒッヒ、何もかもがうまくいったわ。全てわしの想定通りよ!」
「そこで急に黒幕ムーブするのやめーや」
「ふぇ?」
ウルは不思議そうに首をかしげた。
その様子だけを見ると可愛いんだが、中身はウルラシオンの深き闇である。
「だが今回はおんしも身に染みたのではないか?」
「何がだよ」
「おんし一人だけでは冒険もままならん、ということがじゃよ」
「ぐ……」
痛いところを的確にえぐられて、俺はのけぞった。
俺が探索したあの場所でのことを思い出す。
隠し部屋に存在したワープ床は、クゥナがいれば事前に察知できただろう。
さらにリオラがいれば、それを完全に解析することもできたはずだ。
ワープした先でも、ミノタウロス相手に俺は何もできなかった。
ヴァイスがいればあいつの指示に従って動くこともできたかもしれない。
――戦えない。そして、役に立てない。
ウルの言葉通りだ。俺一人ではできることが限られすぎていた。
モンスターの攻撃を避けているだけじゃダンジョンを攻略するなんて不可能だ。
「クッヒッヒ、しょげかえりおったわ」
「……大ばあさま。あまりグレイさんをからかわないであげてください」
大ばあ……?
メルの言葉にちょっと驚き、うつむいていた俺は顔を上げた。
「どうした坊。メルの言葉が気になるかえ? 何、ちょいと数十代先の子孫さ」
「…………ウルラシオンの深き闇、千年大妖怪ウル!」
数十代先の子孫という恐るべきワードに、俺は叫んでしまった。
「変な異名つけるのやめんか! ロックラドもメモをとるでない!?」
「話の腰が複雑骨折する前に元に戻していいか。いいな。戻すぞ」
黒い女が再び話を仕切ってきた。
こいつ、名司会者か!?
「おまえ一人じゃ冒険は厳しい。よく分かっただろう、グレイ」
「……チッ」
自分が思い知ったこと。それをそのまま口に出されて、俺は舌を打つ。
「そして『エインフェル』の全滅は――」
「いや、いいよ」
言いかけたウルを、俺は遮った。
あいつらの話は気になるけど、今は聞きたい気分じゃなかった。
「あいつらは全員蘇生資格を取得してる。どうせ生き返ってからまた挑むさ」
「そうかえ。ではこの話はここまでにしておくかの」
「おう」
「では、本題じゃな」
ここまで、すでにだいぶ長く話している気もするが、しかし本題ではなかったと。
つまりあれですか。
前振りですか。
枕ですか。
それとも前座ってか? あァン?
「ラン、自己紹介をしとくれ」
「はいはい、やっとですね」
ランと呼ばれた黒い女が軽く肩をすくめる。
だがこいつ、そう言いつつもいつの間にか目立つ移動してやがった。
ノリノリか?
「僕はラン・ドラグ。Xランク冒険者だ」
「……X、ランク?」
そんなランク、聞いたことがなかった。
冒険者ランクってのは、F~Aだとばっかり思ってたんだが……。
ちなみに“英雄位”はランク外。
時々Sランクだなんていうヤツもいるが、ランクで測れるようなもんじゃない。
「言っておくが、グレイ・メルタ」
急に、ランが俺の名を呼んだ。
「おまえもXランク冒険者だぞ」
「……ンン?」
いきなり言われて、一瞬何のことか分からなかった。
だがすぐにその内容を理解して、そして俺はまた分からなくなった。
助けを求めるように、俺はウルやロクさんの方に目を走らせる。
「ランの言うことに間違いはないぞえ」
「そうでございますなぁ」
二人してそう答えてきたので、俺は最後にメルを見た。
「はい。グレイさんはXランクで登録されています」
どうやら本当にそうらしい。
だがXランクとは何なのだろう。他のランクと何が違うのだろう。
考え始めたとき、その答えは割と簡単に頭の中に浮かんできた。そして、
「おい、ランとか言ったな。じゃあ、おまえも“そう”なのか……?」
俺が問うと、ランはにやりと笑ってこう答えた。
「分かったのなら話が早い。おまえ、僕と組まないか?」
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