第5話 天才重戦士、ダンジョンを探索する
皆さん、こんにちは。
ご存じ最速無敵の天才重戦士グレイ・メルタ君です。
俺は今、ウルラシオンの街にいます。
このウルラシオンの街、実は古代遺跡の上に立ってます。
これにはウルラシオンという都市の成り立ちが関わっています。
今から何百年か前、西の王都から派遣された第十七次東方開拓団がここで古代都市の遺跡を発見し、そこに住み着いたのがウルラシオンの始まりなのです。
そして現在、古代都市遺跡の地表部分はすっかり普通の都市となっていますが、地下部分には広大な古代ダンジョンが広がっていたりします。
“英雄位”になるための試練であるSランクダンジョン。
実はこれも、地下古代ダンジョンの深層部分に存在しています。
まぁ、Sランクダンジョンも一つではないので、ここではあくまでもウルラシオンに存在するSランクダンジョンは、っつーことですけどね?
んで、ダンジョンってのは基本、下に行くほど進むのが難しくなっていきます。
つまり上層部分は比較的進むのが簡単な部分なんですわ。
特に地下五階までの、いわゆる最上層。
ここはダンジョンの混沌化も発生せず出没するモンスターも雑魚なので、主にFランク冒険者の練習用ダンジョンに使われてます。
ただ、この最上層ですら、全容が解明されているワケではありません。
いや、正確にいうならば、解明されたと思っても数年後にいきなり新しい隠し部屋とかが発見されたりする、ってなコトの繰り返しなんですわ。
つまり、ウルラシオン地下の最上層域にもまだ未探索領域があるってこと。
で、何で俺がわざわざこんな話をしてるかっつーと、
「ソロで未探索領域調査やらせるとか何考えてんの?」
見つかっちゃったんだよなー、また。
ロクさんから受けた依頼の内容が、つまりはコレ。
最上層でダンジョン探索の研修してたFランクパーティーが未探索領域発見したから、ちょっと中を調べてきてね。
――だってさ!!!!!
こういうのって普通、ギルドから人員派遣するんじゃないの?
調査専用のパーティーとか組んでさ、万難を排して調べるモンなんじゃないの?
違うの? 違くないよね? ギルド実はバカなの?
……と、昨日までの俺だったら思ってただろうな。
だがこれはギルド長のロクさからん直々に指名された特別依頼だ。
俺ならば単身でも調査を完遂できるというギルドからの厚い信頼あってこそ。
こンだけ頼られててやる気にならないヤツなんざ男じゃないね!
おお、やったろうじゃんか!
っつーワケで天才グレイさん、久々のダンジョン探索なのである。
「さてさて、ここかー」
ウルラシオンダンジョン地下二階。
階層西側の最果てにある石壁に、ポッカリと大きな穴が開いていた。
何でも、モンスターとの戦闘中にハンマー使いが誤って壁をブチ破ったとのこと。
しっかし、穴がデケェな。
「どんだけ勢いよくハンマーぶつけたんだ、これ」
持ってきたランタンを掲げて俺は穴の向こうを覗いてみた。
すると黒々とした闇が晴れて、そこにある景色がわずかながら浮かび上がる。
見えたのは、それほど大きくない部屋だった。
「んん……?」
これが、未探索領域?
こんなちっぽけな部屋が、か?
見たところ、奥に扉のたぐいはない。
ランタンを持つ手を高くすると、天井もすぐに浮かび上がってきた。
部屋だ。ただの部屋だ。どうしようもなく部屋だ。
これは、俗にいうところのただの隠し部屋なのでは?
しかも特に何かがあるようにも見えないんだが。
んー? ん~~~~~~?
俺はギリギリ部屋には入らず、ランタンを突き出してもう一度中を観察する。
天井、左右の壁、奥の壁、床とかもしっかりと。何度も見まわして。
ただのどこにでもよくあるダンジョンの部屋、だなぁ……。
「ん~……?」
特に危険はなさそうだ。
俺は詳しく中を調べるべく、壁の穴を超えて部屋の中に入ミョ~ン。
……ミョ~ン?
え、何、今の変な感覚。一瞬だけ浮遊感があったけど。
あれ、なんか部屋じゃなくて道? あれ? あ、え? あっれ……?
前を見る。通路がまっすぐ伸びていた。
後を見る。通路がまっすぐ伸びていた。
「…………あ。ワープ床か」
しばし考えて、俺はようやくそれに気づいた。
隠し部屋の床に隠しワープ床が仕掛けられてたワケか。
多分、石畳の下に転移の魔法陣が設置されてたとかそんな感じだろう。
いやー、それは俺には分からんわ。
こういうのの対処はいつもクゥナとリオラがやってたし。
そう考えると俺、本格的な自力でのダンジョン探索とかこれが初めてでは?
「…………」
――よし! 深く考えない! とにかく進もう!
それに、何があっても大丈夫。
俺には完全無敵の“はぐれの恵み”だってあるし。無敵で最強だからな。
慢心? 油断? フフ、これは余裕というのだよ。
さて、とはいえ前も通路、後ろも通路。先は見えずただまっすぐ続くのみ。
どっちに進もうか、考える。
そして俺は腰にさげていたショートソードを抜いて、床に立てた。
カラーン。
手を離すと、ショートソードが片方に向けて倒れる。
おっし、進むのこっちに決ーめた。
方向を決めたなら、あとはひたすら進むだけだ。
見たところ通路からしてかなり広く、俺一人じゃきっと調べきれないだろう。
だからできる限りでいい。調べられるだけ調べて後に繋ぐのが俺の仕事だ。
そのために、ちゃんと用意も済ませてある。
愛用の革鎧に、愛用の小型盾。そしてさっきも使ったショートソード。
さらに、ダンジョン探索には絶対必須の帰還用アイテム、生還符。
ダンジョンの構造調査ってことで、俺の見たものを記録してくれる水晶眼。
そして、体力回復用のポーション!
さらに、体力回復用のポーション!
も一つ、体力回復用のポーション!
からの、体力回復用のポーション!
最後に、体力回復用のポーション!
おまけ、体力回復用のポーション!
念押し、体力回復用のポーション!
フッフッフ、これだけ揃えておけば完璧だろう。
モンスターが出てきたって、完全無敵の俺の前では登場するなり風前の灯火よ。
「よっしゃー! 行くか!」
そして俺は歩きだす。
真っ暗な闇の中、カンテラの明かりだけを頼りに道を歩くドキドキ感。
しかも今回はソロ探索で、他の誰かに頼れるわけでもない。
はっきり言ってしまえば不安だ。しかし同時に、ワクワクしている自分もいる。
このひそやかな高揚感も冒険の醍醐味なんじゃないか。
個人的にではあるが、俺はそんな風に思っていた。
ふー……、それなりに歩いたな。
ポーション飲もう。
「よっし、行くぞ!」
ポーションを一本飲み切って、また俺は歩き出した。
道はひたすらまっすぐ続いている。かなり長い道のようだ。
はー……、結構長く歩いたな。
ポーション飲もう。
「っはー! うっし! 行こう!」
またポーションを一本飲んで、体力を回復した俺は歩き始めた。
しっかしどんだけ続いてんだろうなー、この道。
ふへー……、ちょっと歩き疲れてきたな。
ポーション飲もう。
「あー、沁みるー! 体力、全・回・復! 行くぜ行くぜ行くぜー!」
ポーションをまた一本空にしてから、俺はまた歩いていく。
とはいえかなり歩いてるような気がするけどなぁ。
そして俺はさらに歩く。歩く。歩く。
「あー……」
ヤベーな、そろそろ飽きてきたしまたぞろ疲れてきたぞう。
しゃーない、またポーション飲も――、あれ、ない?
「え? え? え? え?」
俺は足を止めて背負っているリュックを下ろして中を見た。
生還符、水晶眼、そしてあとは全てポーションの空瓶。
え、ウソ。マジで?
ウソ、ちょ、待って、マジ待って。
どんだけポーション用意したと思ってんの?
何でそんなすぐなくなんの?
ちょっとこのポーション共、根性なさすぎなんだけど!
――グルルルルル。
そのときだった。
俺が焦ってリュックを漁っていると、通路の奥から低い唸り声が聞こえてきた。
……マジかよ。このタイミングで?
リュックをそこに置いたまま、俺はおそるおそる声のした方を向く。
闇に慣れた目が、影に覆われたその向こうにいる巨体を捉えた。
人型だ。かなり大きい。
俺の二倍くらいはありそうな筋肉モリモリの巨体をしている。
両手には巨大で武骨な戦斧を持ち、立派な角が生えた雄牛の頭が何より目立った。
「ミノタウロスだと……?」
冗談じゃねぇぞ。
最上層なんかにいていいモンスターじゃねぇだろ。
俺の記憶に間違いがなければ、こいつの生息域は地下十階以降。
中層上部と呼ばれるところまで行かないと拝めないモンスターのはずだ。
ああ、そうか。
つまり、今俺がいるところがまさしく中層上部ってコトか。
だとすれば、俺が通ってきたワープ床は最上層からここまでの直通ルート、と。
……これを罠と見るべきか、それとも便利なルートと見るべきか。
判断するのは俺じゃないな。
まずは、この事実をギルドに報告するのが先決か。
そうと決まれば生還符を使って、一回地上に戻るべきか――
「グモォォォォォォォ!」
って、問答無用かよオオオオオオオオイ!?
戦斧を振り上げてミノタウロスが躍りかかってくる。
俺は盾を前にかざして、全力で後ろに飛びのいた。よし、かわせた!
だがふと気づく。
リュックを床に置いたまんまだ。
ズガーン。
あ、リュックが戦斧の下敷きに。
「……生還符ブッ壊されたァァァァァァァァ!?」
お、おま……! おま! おまえェェェェェェェェェェ!!?
ポーションなくなって、生還符もなくなって、どーすんのコレ!
ここ中層上部だよ?
地下十階以降確実だよ?
歩いて帰れって? 疲れ切って死ぬわ!
このモーモーヘッド、絶対許さねェ!
この完全無敵の天才重戦士が一切の反撃も許さず叩きのめしてやらァ!
「ブモォォォォォォォォォォオオオオ!」
「……え、あ」
だが、広い通路に轟き渡った咆哮に、俺は動きを止められてしまった。
ショートソードを構えようとしていたのだ。
体の左半分を前に傾けて左手の盾を前に出し、右手の剣を構えようと。
しかしミノタウロスの咆哮に、俺の身は完全にすくんだ。
全身を恐怖が突き抜け、動けなくなってしまったのだ。
そのとき俺は、怖い、と心底から感じていた。
ミノタウロスが再び戦斧を振り上げて突進してくる。
その動きがやけにゆっくりに見えて、だが、俺の心は恐怖に満たされた。
怖い。
怖い。
怖い。
死ぬ。
死ぬ。
死ぬ。
右に避けないと死ぬ。
「うああああああああああああああああ!」
俺は悲鳴をあげながら、体を大きく右に転がした。
戦斧が寸前まで俺のいた場所を過ぎ去っていく。回避成功。俺は生きている。
しかし、まるで生きた心地がしない。
かわせる確信はあった。
あのミノタウロスの一撃は俺に当たることはない。
万が一、回避できなかったとしても、その一撃は俺にはそもそも通じない。
それが俺の“はぐれの恵み”。
分かってる。分かってるんだ。あのミノタウロスに俺は殺せない。
だが怖い。何故怖い?
俺を狙って爛々と光る真っ赤な目が怖い。
俺を殺そうと迫る筋骨隆々の巨体が怖い。
俺を潰そうと唸る大きすぎる戦斧が怖い。
どうしてだ。
どうして、今さらこんなヤツを怖いなんて思うんだよ。
一年間、散々壁役やっただろ。モンスターの前に、何度だって出ていっただろ!
もっともっと高ランクのモンスターとだって相対してきたはずだ!
「そうさ。この程度どってことねぇ。俺は、天才重戦士グレイ・メルタだぜ?」
心に根付く恐怖から強引に目をそらし、ひきつりながらも笑みを浮かべた。
たかが中層のモンスター一匹。怖くなんて感じるはずが――
「ブモォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――!」
「ひっ」
轟くミノタウロスの咆哮に、俺は口から情けない声を漏らしていた。
上っ面ばかりの強がりが今ので即座に消し飛んだ。
ダメだ。怖い。やっぱり怖い。
情けないことに、両足もガクガク震え出していた。
この間の林のときは、ただただ必死だった。
怖いと思うヒマもなかった。
しかし今は、相手がモンスター一体だからこそ、その脅威が肌をなめる。
背中をじっとり濡らす汗の感触を感じながら、俺は察していた。
そうか。俺が一年間も壁役をこなしてこれたのは、周りに仲間がいたからか。
知らなかった。
一人でダンジョンを探索するってのが、こんなにも心細いモンだってこと。
じゃあ俺は『エインフェル』の連中がいなければどうしようもないクズなのか。
違う。違う。そんなことはねぇ! 俺は、俺は――!
「ちくしょう……」
余計なことまで思い出す。
集中しなければいけない場面で、心がどうにも乱されちまう。
そういえば、このダンジョンのさらに底の底にいるんだっけな、連中……。
なっちまうんだろうな、“英雄位”。
って、余計なこと考えすぎだ、バカヤロウ。
――いっそのこと、逃げるか?
どうせ、相手の攻撃は俺には当たらない。
だったらこのまま逃げて、ワープしてきた地点に戻れば、またワープできるかも。
「……いや、ダメだ」
考えるまでもない。
ダメだ。戻るなんてことはできねぇ。
仮に戻れたとして、あのモーモーヘッドまで最上層に来たらどうする。
運悪く、そこでFランクパーティーと鉢合わせでもしたら――
「ああ、ドちくしょう……」
考えても考えても、結論は一つしかない。
俺は恐怖に震える体を必死に動かして、ショートソードを構えた。
正直、立っているのも辛い。
ポーションもないまま、攻撃を避け続けて少ない体力はとっくに尽き果てた。
さて、疲れてブッ倒れたとして、そこで攻撃されたらどうなるんだ、俺。
あのロリ賢者は、俺にはあらゆる攻撃が通じないとか言ってたけど。
実際どうなるかなんてわかりゃしねぇもんなぁ。
でも、
「俺が受けた依頼なんだよ、これは。……だったら、俺がやるしかねぇだろ」
「臆病で貧弱なクセに、口だけは一丁前のようだな」
人は俺しかいないはずのこの場所に、突然聞こえてきた、聞き慣れない声。
反射的に俺はそちらを向いた。
ミノタウロスもまた、「グモォォォォ!」と吼えながら声の方を見た。
音もなく、闇の奥から彼女は現れた。
闇そのもののような女だった。
ランタンの明かりを受けて浮かぶ、質感を持たない長身の女。
鎧は纏わず、全身を黒装束で整えて、漆黒の髪は床につかんばかりに長い。
左手には黒い鞘に納まった長剣を握り、自然体でそこに立っている。
その姿はあまりに闇になじんで見えて、闇から女がにじみ出てきた。
俺は一瞬、そんなような錯覚をしてしまった。
「だが、冒険者としての心構えは最低限整っているようで何よりだ」
「誰だよ、おまえ……」
近づいてくると、よりはっきりとその姿が見えてきた。
やはり、見覚えのない女だった。
細い眉、スッと通った鼻筋。
瞳は切れ長でやや吊り上がり気味。肌はとにかく白かった。
一方で唇はやけに赤く、動くだけで艶めかしい。
恐ろしく整った顔立ちだが、その美しさは性別を超えたものであるように思えた。
しかしそのクセ、胸元は大きく開けていて豊かな乳房の谷間が覗いている。
不思議なのは、女が俺を知っている風であるということ。
少なくとも、俺は一回も会ったことがない。
間違いなく初対面だ。
「何者か、か。そうだな――」
「グモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
女が言いかけているところに、ミノタウロスが雄叫びをあげた。
戦斧を高く掲げて、狙うのは俺ではなく女の方。
「おい、危ねェ――!」
「ん、ああ」
パン。
何かが小さく爆ぜるような音がした。
ミノタウロスの首から上が、きれいさっぱりなくなっていた。
「……は?」
力なく崩れ落ちる巨体を前に、俺は当然のように唖然となる。
女は何でもないかのようにそこに立ち続け、俺を見た。
「これでいいな。さぁ、戻ろうか」
「おまえ、一体……?」
「や~れやれ、一人で先に行くでないわい」
今度は聞き覚えのある声が、闇の向こうより聞こえてきた。
俺は叫んだ。
「こりゃどういうことじゃい、クソロリ賢者ァ!」
「やかましいわい、ド貧弱重戦士!」
辺りがフワリとした光に照らされ、離れた場所から浮遊するウルが近づいてくる。
黒装束の女は表情を変えないままウルの方に歩いていった。
何だよこれ、どういうことだよ。
溢れる疑問が俺の頭を占めていた。一体何がどうなってるんだ?
「まぁ、話すことは色々とあるがの、坊」
「……何だよ」
さすがに俺は警戒する。
しかし、次のウルの一言が、そんな俺の警戒を軽く吹き飛ばしてしまった。
「『エインフェル』が全滅したぞえ」
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