第4話 天才重戦士、冒険者ギルドに行く
「え、ダメですけど?」
勇んでSランクダンジョンへの挑戦を申請したところ、その一言で却下された。
ガーンだな。
勢いに乗ろうとした早々、いきなり壁にクラッシュだ。
「……なして?」
俺は問うと、カウンターの向こう側、受付のメルがメガネをキランと光らせた。
「Sランクダンジョンに挑戦できるのはAランクパーティーだけですので」
「俺、Aランク冒険者じゃん!」
「Aランク、『パーティー』、と申し上げました」
「俺一人でパーティー全ての役割をこなす、つまり俺=パーティー!」
「え、ダメですけど?」
そしてまたバッサリ却下された。
絶望した俺はカウンターに突っ伏して低い声で嘆く。
「うううう、メルたんが優しくない……」
「メルたんではありませんが」
「そこを何とか……」
「なりませんよ?」
「今なら俺、やれるような気がするんです!」
「ギャンブルにどっぷり浸かっている人みたいな言い方ですね」
「99%不可能でも、1%でも可能性があるなら……!」
「最初から最後まで0%です」
俺の必死の訴えも、だがメルには通じずクールに捌かれてしまう。
クッ、いくら見た目が俺の好みド直球だからっていい気になりやがって。
水色髪ショートの隠れ巨乳クール童顔メガネちゃんとか、ホント反則ッスよね。
「そうか。よし、分かった」
俺はため息と共に仕方なさげにうなずいた。ああ、ここでゴネ続けても仕方ない。
思考を建設的にやるべきだ。前を向いていこうじゃないか。
今の俺はこの程度では折れない。
何せ、完全無敵だからな。完全無敵の天才重戦士だからな!
「つまりアレだな、俺がAランクパーティーを結成すればいいんだな?」
切り替えて、俺はメルに問う。
「規約的にはそうなりますが、まさか結成されるおつもりですか?」
「するする。俺もAランク冒険者だし、不可能じゃねーだろ」
一人じゃ無理ってんなら、仲間を集めるまでだ。
このウルラシオンにいなくても、他の街にならAランク冒険者もいるはず。
元『エインフェル』の名前を使ってでもそいつらを仲間にする。
ヴァイス達の知名度に頼るのも業腹だが、目的達成のためには仕方が――
「グレイさんはAランク冒険者ではありませんが?」
「は?」
いきなり前提からブッ壊されたんだが。
「レベル3でAランク冒険者になれるわけないでしょう?」
「あ、はい。ごもっともで……」
うん。
なるほど。
なるほど。
そりゃあそうだ。俺、レベル3だもんな。そうだよなー。
……いや待って、おかしい。おかしいよ?
「こないだまでギルドのサービス、Aランク基準で受けれてたじゃん!」
「それはグレイさんが『エインフェル』のメンバーだったからですね」
「え、そなの?」
「ご存じなかったのですか?」
「あ、ええと、あ、はい……」
「冒険者の皆様方が活動をするにあたりまして、当ギルドではパーティーの結成を推奨しております。ソロの冒険者は様々なトラブルに遭遇する確率が高い、というのが理由ですね。これを推奨する上で、見返りとしてパーティーを結成された冒険者には、ソロでは受けることができない幾つもの優遇措置が存在します」
あー……。
そういえば何かそんな話、『エインフェル』結成したときに聞いたっけなぁ。
「今、グレイさんがおっしゃられたのもその優遇措置の一つですね、当人の冒険者ランクが低くても、パーティーのランクが高ければそちらを基準として当ギルドの各種サービスを受けることができます」
と、メルが説明してくれる。
このギルドの各種サービスというのが、実は結構バカにならなかったりするのだ。
分かりやすいところでは提携ショップでのアイテムの割り引きとか。
他にも、魔導士用に上級魔導書の優先閲覧権とか、蘇生資格試験の講習とか。
冒険者を対象とした保険の審査の通りやすさにもかなり影響するんだとか。
冒険者ってのは当然、ランクが上がるほど数が少ない。
つまり、高ランク冒険者はギルドにとっても得難い人材ってことになる。
そりゃ優遇もするよな。って話だ。
もちろん、俺もそこは承知してるんだけど――
「じゃあ、『エインフェル』抜けたあとの俺の冒険者ランクって……?」
おそるおそる、メルに尋ねてみた。
ちなみに冒険者の最低ランクはFだ。最初は誰でもそこから始まる。
ってコトは、俺、Fランクからッスかねぇ……。
「グレイさんの現在のランクはですね――」
「これはこれは! グレイ・メルタ様ではありませんか!」
そのとき、不意に第三者の声が割り込んできた。
声はカウンターの向こう側からのもの。つまりはギルドの職員の声だ。
「ギルド長?」
隣にやってきたオッサンを、メルがそう呼んだ。
見た目からしてすでにうさん臭い、四十代半ばほどのオッサンだった。
丁寧に撫でつけられたテッカテカの黒髪に、顔に張り付くにこやか笑顔。
肩はなで肩、白いシャツ。首元に巻かれた真っ赤な蝶ネクタイがすでに怪しい。
体をやや前に傾かせて自分を常に小さく見せているこのオッサンだが、今、メルが言った通り、このウルラシオンの冒険者ギルドで最もエラい人でもある。
名前はロックラド。
俺含め、顔見知りの冒険者からは、ロクさんと呼ばれている。
「ロクさん、どしたん……?」
いきなりやってきたロクさんに、さすがの俺も鼻白んでいた。
そしてロクさんはといえば、今にも揉み手を始めそうな勢いで話を始めた。
「いや~、聞いてましたよ、グレイ様のお話。単身Sランクダンジョンに挑もうというその気概! さすがさすが、『エインフェル』を抜けたとはいえその精神性はAランク冒険者に相応しいですね! あたくし、感激いたしました!」
「え、え? そ、そう……?」
あれ、何かもしかして、褒められてる?
「あの……、ギルド長? グレイさんはAランクでは……」
「メルた~ん。ダメだよそんなんじゃ~」
「メルたんではありませんが」
「いいかい? 冒険者ギルドっていうのはね、依頼人と冒険者の橋渡しをするのが役目なんだ。冒険者ランクっていうのはあくまで目安だよ、目安。やれる人にやってもらうべき依頼を正しく斡旋する。それがギルドのあるべき姿だろ? だ、か、ら、冒険者側に十分資格があると認められるなら、ときにはランクを無視してでもその冒険者に相応しい依頼を斡旋しなきゃいけない。分かるかい?」
「ギルド長のお話が長いのは理解しております」
「うんうん、それで十分さ」
いや、十分じゃねーだろ。と、傍から聞いてると思うんだが。
だが待て、これ何となく話の風向きが俺に有利な方に流れてきてないか?
「さてグレイ様、本日はSランクダンジョンへの挑戦がご希望ということでございましたが申し訳ございません! すでに本日の朝、『エインフェル』の方々がそちらに向かってしまっておりまして、グレイ様もご存じの通りSランクダンジョン攻略チャレンジは一回につき冒険者一組までと定められております。ええ、はい、さぞかしご不満でございましょうが、しかしこればかりはあたくし共よりもさらに上、冒険者ギルド総本部が決めた規約でございますので、どうか、どうか今回だけはご容赦いただけませんでしょうか! 本当に、本当に申し訳ございません!」
俺の前で、ロクさんは手を合わせてヘコヘコと頭を下げてくる。
「あ、あ~……、そこまで言われたら仕方ない、かなー……」
「代わりに! グレイ様に相応しい依頼がございます! ええ、これは昨日こちらに持ち込まれたばかりの案件でございまして。いやぁ~、グレイ様は幸運でございますな! このようなタイミングでこんな依頼が舞い込んでくるなんて! 実に、じーつーに、幸運でいらっしゃる! この依頼はまさに、グレイ様に解決していただくために持ち込まれた依頼と言っても過言ではないでしょう!」
え? 何? そんな依頼あるの?
「それ、どんな……」
「おっと、こちらの依頼に興味がおありでございますか? もしかして受けていただける? もしそうであるなら実に僥倖! グレイ様ほどの冒険者にこちらを解決していただけるのでしたら、あたくし共ギルドも依頼人も揃ってハッピーでございます! しかし、しかし、しーかーし、至極残念なことにこの依頼、少しばかり特殊な依頼でございまして。ああ、何たること! 解決はもうすぐ目の前! グレイ様に受けていただく、つまりそれ解決も同然! というところまで来ているのに依頼の特殊性からそれがすぐ成立しない! 何故ならこれは今この場で先に受けていただくかどうかを答えていただかなければ内容を明かせないという、そんなたぐいの依頼なのでございます! これは口惜しい! 何たる口惜しさ!」
…………。
……………………ゴクリ。
「えっと、その依頼……」
「おや? おやおやおや? まさか? まさかまさか? 受けるかどうかを先に決めていただく、こんな怪しい依頼だというのに、まさか受けていただける? 本当に? 本当にでございますか? もしそうであるのならば、ああ、グレイ様の何たる漢っぷり! まさにあたくしの見込んだ通りでございますね! 男の中の男、冒険者の中の冒険者! あたくし個人的“英雄位”に最も近い冒険者ランキング堂々上位入り! そんなグレイ様だからこそ、今ここで威風堂々、誰にもはばかることなくその口で! はっきりと! あたくしのこの質問に答えていただきたい! ……この依頼、お受けになります?」
「受けます!」
他の冒険者もいる受付ロビー内で、俺は堂々とそう答えたのだった。
それを聞いて、ロクさんがにんまり笑う。
「じゃ、メルたん。そんな感じで例の件、グレイ様ってことでお願いねー」
「メルたんではありませんが、承りました」
ロクさんは笑顔のまま、手をヒラヒラ振って奥へと戻っていく。
ギルド長からの直々の特別依頼。
これはとんでもないヤマに違いない。しかも俺じゃなきゃムリと来たもんだ。
こいつはオオゴトだ。
俺という天才重戦士の真価を見せるときがついに来たか。
と、やる気になっている俺の後ろから、別の冒険者の話し声が聞こえてきた。
「あーぁ、またロクさんに乗せられてるヤツがいるよ」
「あれ、あいつじゃないか、ほら、元『エインフェル』の」
「あ、ああ、あああ、ああ! あの! そうか、今回の被害者はあいつかー」
「バカだなー、あいつ」
「ああ、本当にな。あれがロクさんのいつもの手なのになぁ……」
あ、あれ……?
あれあれ? 何かちょっと、おかしくない?
ロクさんっていつもああなの?
あんな感じでいたいけな冒険者を毒牙にかけてるの?
いやいや、まっさかー……。
俺、ロクさんのああいうところ、今まで見たことねーし。
受付ロビーに来るの、冒険者になって今日で二回目だけど。
だって、『エインフェル』にいた頃はヴァイスがやってたし、そーゆーの……。
「それではグレイさん、個別依頼のお話となりますので、こちらへどうぞ」
必要書類をまとめてきたメルが俺に言ってくる。
急激な不安に襲われた俺は、意を決してに尋ねてみた。
「ねぇ、あのさ、メルたん」
「メルたんではありませんが。何でしょうか?」
「……俺、やっちゃった?」
「何をもってやっちゃったと言っているのかは分かりかねますが――」
「ますが?」
「グレイさんが怪しい壺を売りつけられたりしないか少し心配になりました」
ガッデム!!!!!!!!
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