きょうを読むひと
夢月七海
十一の月と一日目
ノシェ・エスカタガス
みんなの日記を読んでいる私も、たまには自分の人生を振り返って、文章をしたためてみようと思った。
私の父は、この国の王として、国民から厚く信頼されて、そして愛されていた。しかし、中には行き過ぎた愛情を抱く者がいた。
それは、無名の魔術師だった。ある街の片隅で、占いを生業にしている女性だったらしい。
ある日、その国王が結婚した。さらにその妃のおなかには、新しい命が宿っていた。
それを知った魔術師は、嫉妬に狂い、父や母ではなく、胎児に呪いをかけて、自らの命を絶った。魔術師の家に入ってきた憲兵隊は、彼女の呪いの内容を見て、戦慄した。
『新たに生まれる王の子は、決して満たされることなく貪欲に求め続ける』
王家の人々と国民たちは、魔女の呪いに酷く怯えた。そうして生まれたのが、王女である私だった。
学者たちは、私に何が起きても大丈夫なように、準備をしていた。例えば、いつまでも食事を摂り続けるとか、ずっとずっと寝続けているとか、欲望に忠実な行為をしないかと、注意深く観察していた。
しかし、私は普通の赤ん坊だった。三歳になっても、何も可笑しな点は無かった。
呪いは不発だったようだと、皆が安堵した。それからは他の家族と変わらない形で私の成長を見守っていた。
だが、四歳のある日、私は何の前触れもなく倒れた。症状は貧血に似ているが、空腹ではない。幾人のも医者が、全員首を捻った。
あの時の感覚はよく覚えている。頭の中が空っぽになって、体に力が入らなかった。私が心から欲していたのは、食べ物でも睡眠でもなかった。
「新しいご本が読みたい……」
私の小さな一言を聞いた父は、すぐに従者を街に使わせて、私が読んだことのない絵本を持ってこさせた。
その絵本を読んでもらっているの聞きながら、私は空っぽだった頭が満たされるような感覚がして、ベッドから起き上がれるまで回復した。
呪いによって、私が求め続けることになったのは、新しい知識だった。
父によると、私は好奇心旺盛な子供だったという。まだハイハイしか出来なかった時頃から、部屋中を回っていて、隙あらば廊下に出ようとしていたらしい。危ないものに触り怪我をして、手に回復魔法をかけてもらうのもよくあった。
言葉や物に興味を持つのも早かった。従者たちの顔も全て覚えて、城中のドアを開けた。たまに外へ出たいと駄々をこねて、皆を困らせた。
知識欲を求め続けることが分かったので、両親はあの手この手で私に新しい刺激を与えてくれた。
文字の読み書きを早めに教えて、魔法の授業も初めて、大人向けの本も読み聞かせてもらった。
内容が難しいものは、繰り返して読んだり、先生に質問したりして、理解を少しずつ深めていった。だけど、それが新しい知識では無くなってしまった途端、また頭が空っぽになってしまった。
護衛をつけて町へ出たり、劇や演奏会を鑑賞したり、旅人を招いて広い世界の話を聞いたりと、様々な経験をしていった。
それでも、何も知識を得られない瞬間もあった。身支度をしている時やお風呂に入っている時、移動中などがそうだった。
その場合は、メイドが本を音読してくれた。しかし、それを繰り返していると、本の方が尽きてしまった。
新しい本を出版したり、輸入したりするのは時間がかかる。討論の結果、城下町の住民に協力を求めることになった。
毎朝、町のみんなには魔法をかけられた一枚の紙が配られる。それに、今日の出来事を書いてもらい、文の最後に「おわり」と締め括ると、紙が外へ出て、城に集められるという仕組みだった。
こうして集まった住民の日記を、私は読むことで、新たな知識を得ることが出来た。
もちろん、必ず書かなければいけないものではないのだが、毎晩、一万近い紙が城へ飛んでいく。私は、そこに描かれた十人十色の「今日の出来事」を読みながら、眠るのが日課になっていた。
……そんなことを書いていたら、眠たくなってきた。
そろそろベッドに入って、日記を読もうと思う。おやすみなさい。
おわり
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