Day6 どんぐり

 秋の気持ちの良い風が暖かな日差しの匂いを連れてくる。

 この日差しがだんだん恋しくなってくると思うと、そろそろマフラーを用意する頃かしらと、私は考えた。


「ママー! あげる-!」


 息子が目をきらきらとさせて私に手渡したのは、つやつやとした丸いどんぐりだった。


「きれいでかっこいい! ママみたいでしょ」


 そのどんぐりを見つけた自分を褒めて欲しいみたいに息子は胸を張った。

 この子は本当に優しい。

 森で遊んでいても、枝を振り回そうとしない。

 誰かを傷つけようとはしない。


 木の葉を見て季節を感じ、

 風を浴びて雲の流れを感じ、

 雨を憂いて、花々に傘をさしてあげる。


 誰かの悲しい気持ちに寄り添えるヒトになってほしい。

 誰かの優しい気持ちに支え助けるヒトになってほしい。

 そう願ってつけた名前。


 この子は、優しい強さをはじめから持っていた。

 私よりも勇者で、彼よりも勇者だ。


 だからこそ、このつらく厳しい戦いをこの子たちに任せたくは無い。

 この子が大きくなって、戦わなければならなくなった時、少しでも敵の戦力を削っておきたい。

 まだ私にもできることがあるのだから。


「よしよし、良い子ね。ユウ」


 頭をなでてやると、顔がとろけるようににやけた。

 気恥ずかしさを誤魔化すように、私の手をすり抜けると、また赤く染まりつつある木々の隙間に入っていった。


 この辺は魔物も少ない。

 大丈夫。


 私は息子からもらったどんぐりを指先でつついた。

 そのつやつやとした固い殻は、裏返すと何かに食べられていた。


 魔物……?


「ユウ……?」


 声をかけるが、返事が無い。

「ユウ!!」


 潜り込んでいった木々の中を追いかけた。

 すると、そこには魔物に覆い被さられた息子がいた。


 私は腰に差していた剣を振り抜き――――


「待て、キズナ。その剣は、まだ早い」

 私の剣をつかむ手の上から、大きくたくましい、あたたかな手が私の戦意を削いだ。

「カイル……」


「よく見てみろよ。ユウの遊び相手になってくれているんだ」


 ユウに覆い被さっていたのはオレンジ色と緑色が混ざり合ったような模様の芋虫型モンスター。そのモンスターにユウは笑いかけていた。


「結構重いなぁ! でも、おなかがやわらかくて気持ちいいや。この! このっ!!」


「きゅぴ~、くるるるるる」


 ユウはモンスターのおなかをくすぐっていた。

 見たところ、低級モンスターだ。きっと攻撃力もさほどないだろう。人間をまったく警戒していないところをみると、子供なのかもしれない。


「勇者の子供が、魔物と笑い合っているなんてな」


「笑えない」


「笑えよ。君は笑った方がきれいだよ」


「斬られたい?」


 後ろから抱きしめられた。

「少しは大目に見ろよ、キズナ。このモンスターはユウの友達だぜ。久しぶりの親子水入らずの休暇なんだから、その眉間のしわを一本でも多く取り除こうぜ。ほら、こっち」


 剣を掴んでいた手を取られ、彼に引っ張られた。

 剣術の特訓でマメだらけの手を握って、暖かな日差しの元につれてってくれるのは、いつも彼だ。彼だけだった。


 日差しのあたたかさを教えてくれたのは、彼。

「きもちいいな。キズナ」


「うん。そうね」


 座ってひなたぼっこをするのに、剣は邪魔だったので、外した。

 私たちに気づいて、ユウも傍に走ってきた。

 私と彼の間に潜り込む。


「あったかいねぇ、パパ、ママ」


 言葉にならない思いがわき上がってくる。

 それと同時に、私の中にどうしようもなく湧き上がってくる感情があった。

 この幸せを失いたくは無い。

 そのためならば、私は何だってするだろう。


 キズナ・ブレイブの名に賭けて。






 ◆◆◆



 キズナ・ブレイブが第九魔王城『巣喰いの都ホロウディライト』をたった一人で壊滅させた伝説の日の、ほんの数週間前の出来事である。





 完

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