色と旅人
Lugh
小鳥と旅人
鳥が羽ばたくのは大空の向こうに
まだ見ぬ景色があるからだろうか
大樹が根を張るのは土の下に
まだ聞かぬ水の音があるからだろうか
人が歩くのはこれからの道の先に
追い求める答えがあると信じているからだろうか
――
雨がやんだ。重たそうな黒々した雲の隙間から、顔を覗かせる太陽。光の柱が下りてきて、草原にきらきらと降り注ぐ。
雨雲はしだいに空の向こうへと追いやられて、綺麗な虹がかかった。
鳥のさえずりで旅人は目を覚ました。
青い空。七色の虹。風が吹く度に揺れる緑の葉。葉が擦れ合い、爽やかな音が鳴る。茶色い太い幹。葉っぱの隙間から零れる光。
突然の雨だった。道沿いに一本だけ生えている大樹があって、雨宿りさせてもらったのだ。
大樹は雨が降っているあいだ、枝を広げて雨水が旅人にかからないようにしていた。雨が上がると、大樹は葉を揺らして雫を落とした。
旅人は枕代わりにしていた大樹の根っこに手を当てて感謝の言葉を告げた。それから、立ち上がって背を伸ばす。見渡す限りの草原。ぐねぐねと曲がった一本の道。どのくらい歩いただろうか。ずいぶんと遠くまで来たような気がした。
数羽の鳥がさえずりながら飛んでいく。そのうちの一羽が空から転げ落ちた。
「大丈夫かい?」
旅人は優しく声をかける。ほかの小鳥は振り返りもせずに飛んでいる。きっと、この小鳥を置いていってしまっていることに気づいていないのだ。
「怪我をしてしまって、思うように飛べないんです」
泥を払いながら、小鳥はからからと鈴の音のような透き通った声で返事をした。
「それは困ったね。私が怪我を治す魔法を使えたらよかったんだけど」
「ありがとう、旅人さん。その気持ちだけで嬉しいです」
「怪我が治るまで、この樹の下で一緒に休んでいくといい。この樹は優しい。きっと、居心地もいいだろう」
小鳥は歌うように笑って、旅人の誘いを断った。
「すぐに飛ばないと、みんなに置いていかれてしまいます。それに、いま休んでしまったら、もう二度と飛べないような気がするんです。だから、無理をしてでも飛ぼうと思います」
「怪我は痛くないのかい? 無理して飛ばなくとも、歩く選択肢もあるだろう?」
「歩く選択肢もあるかもしれません。でも、飛ばなかったら、ぼくがぼくでなくなるような気がします。やっぱり、鳥は空を羽ばたかないと」
「そうか。君が決めたことだ。応援するよ」
小鳥は空を見据え、翼を広げた。飛び立とうとして、旅人のほうに顔を向けた。
「旅人さんは、色を塗り変える魔法を使えるんですよね?」
旅人は恥ずかしそうに、人差し指で頬をかいた。
「そう。私が使えるたったひとつの魔法だ。なんの役にも立たない魔法だ」
小鳥はちょんと跳ねて、体を旅人へ向けた。
「せっかくなので、ぼくの体の色を塗り変えてくれませんか?」
「いいけど、いまの色に戻すことはできないよ?」
「構いません。きっと、長くはないから。好きにしようと思ったんです」
小鳥は覚悟の決まった目をしていた。旅人は悲しそうな目を向けて、笑顔を作った。
「何色がいい?」
「明るい色がいいですね。黒色だといかにも重そうで飛びにくい。そうだ。橙色にしてください。どんな空でも、輝きを放って飛べそうです」
旅人は頷いて、呪文を唱えた。頭のほうから、小鳥の色が変わっていく。小鳥は鮮やかな橙色になった。
小鳥は首を動かして、自分の体を確認する。
「ありがとう、旅人さん。わがままをきいてくれて。体が軽くなったような気がします。これなら、仲間たちに追いつける」
旅人は手を振り、小鳥は翼を動かし、別れをする。
「さようなら、小鳥さん。なにもしれやれなくて、ごめんね」
「いいえ。ぼくは鮮やかな橙色になれて幸せです。これも旅人さんのおかげです。旅人さんと出会えてよかった」
小鳥ははばたくと、青い空へと吸い込まれていった。高度を上げたり、下げたり。小鳥の姿はどんどん小さくなっていく。小さくなっても、青い空の中で鮮やかな橙色が光って見えた。姿が完全に見えなくなるまで、旅人は大樹の下で小鳥を見送った。
大樹にも別れを告げ、旅人は再び歩きはじめた。ときどき、空に目をやる。ついつい、橙色の輝きを探してしまうのだった。
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