小説たらしめる歩み
@ponkot
ヒロアカ展行ってきたよん
ヒロアカは神だ。先に言っておく。面接やらESやらと、就活のせいで結論ファーストに慣れてしまったせいだろう。
私は迷っていた。ヒロアカ展に行くか行くまいか。インスタで呼びかけてみたものの、ソロプレイは確実だった。それでも、濃厚接触者で家にこもりきりだったため、外に出たかった。
九月二日の深夜十二時を過ぎた頃、ふとローソンへ。ヒロアカ展のチケットはローソンでしか買えない。うだうだ考えずに好きなら一人でも行け! と思い立ったのだ。私は一人でも楽しめる……たぶん。一人暮らしで鳴れたし!
部屋着はいつもパンツにTシャツ一枚。カーテンのしゃあっ!(銀魂好きならわかる)に干してあるスウェットと白いシャツを着て、ドアを開ける。エアコンの空気に当たり続けている体には蒸し暑い空気だ。肌に雨が触れたので傘を取りに帰る。傘を差して一人歩く。虫の声が鳴り響いていたが、定番すぎて私くらいになると耳を傾けることはない、何様だ。そういえばもう九月。夏の終わりが近づく夜の空気を肌で感じながら、「あ、おれ今なんかエモ」と自分に浸っていると、ローソンの前に着いた。
え、灯りついてないじゃん。入り口付近の張り紙を見ると、リニューアルオープンのために休業しているらしい。しばらくその張り紙を見つめていた。生ぬるい風が私の背中を押す。「一人で行っても意味ないよ」と言われている気がした。
しかし、私は抗う。今の時代ネットだ。そもそも最初からネットで予約をすればいい。手数料の百十円をケチった罰なのだ。だが、家に帰ると予約をせずに寝た。
朝、スマホとにらめっこをしていた。まだ迷っていたからだ。雨降ってるしな……。いい加減ポチったが。
準備をしてバス、電車を使って大阪梅田駅へ。大阪に来たのは久しぶりだ。適当に時間を潰し、時間になったので会場へ行った。私は自然と一人で来ているであろう人に目が向いた。係員の指示に従い、一列に並ぶ。私の後ろは、同い年くらいで髪型がボブの女性だった。一人だ。「これ、わんちゃんある」そう思ったのが間違いだった。
ローソンで引き換えたチケットを見せ、奥へ進むと二列になった。隣にはボブの女性。初対面の人ってどう話せばいいっけ、いつ切り出そう……。緊張でドキドキしているのをかき消すため、前方や後方をキョロキョロしていた。さも、ヒロアカ展にワクワクして待ちきれない客のように。
列が進んだのと同時に、口元を震わせながら声をかける。久しぶりの発声に自分の声を疑った。
「お一人で来られたんですか?」
見れば分かることだ。彼女は正面を向いたまま小さく頷く。私は少し違和感を覚えたが、続けた。
「良かったら写真を撮り合いませんか?」
先ほどよりも間が空き、彼女はさらに小さく頷いた。
「うわー、ありがとうございます」
この時の顔はキモかったに違いない。マスクに感謝だ。それからはずっと黙ったまま待っていた。
入場の際にはグループに分かれた。ジェットコースターの待ち列の要領と似ている。ちょうど私が先頭で、前から七人くらい×三列に並んだ。彼女は私の後ろに来るはず。
いなかった。私は進行方向に向かう右側の列の先頭だったのだが、彼女は真ん中の列の後ろにいた。私の後ろはちょうど一人分空けられており、三番目の人は律義に三番目の白線のところにいた。係員が「前へ詰めてください」と言うと、その人が私の後ろになり、空間は埋められた。私の心から削られて。
私も鈍感ではない。そりゃそうだろう。よく分からないやつと回るより、一人で自由に楽しく回った方がいいに決まっている。ヒロアカのガチファンとして失礼な行いだった。
自己嫌悪に陥りそうになったところを、アナウンスされているお茶子の声が救った。さすがヒーロー。相変わらずの可愛い声である。それからは、少し恥ずかしい思いをしながら待った。
いざ中に入ると、写真を撮り合うなどと甘い考えをしていた自分の愚かさを呪った。会場内は静けさに包まれ、一人一人が順番にじっくりと漫画のワンシーンやイラストを鑑賞している。すぐに私も没入し、愛が溢れた。ここ泣けるんだよな、とか思いながら本当にウルッと来ていた。夢中でヒロアカに想いを馳せ、写真撮れるゾーンでは、尊すぎて逆に撮れなかった、ことは絶対にない。撮るに決まっている。訳の分からない思想に至るほど興奮していた。もう先ほどの出来事はなかったかのように。だがやはり、この感動を誰かと……。
展示会場を出て四回の公式グッズ売り場へ向かう。人数制限なのだろう。長蛇の列だ。薄々気づいてきたのだが、意外とソロプレイヤーは多い。二人組と半々の割合だ。そんなことで安堵感を覚える。呆れたのものだ。
グッズ売り場へ入ると、ごった返しだった。前に少しも進まない。何とか人を掻き分けて、品定めを行う。少しハイになっていたせいか、いつもは買わないであろうモノまで買った。二年前に沖縄でアロハシャツを買った感覚に似ている。
グッズを買い終わり、目的は果たした。だが、まだ帰りたくない。そんな思いから、会場の外周辺をぶらぶらすることにした。外に出ると雨が強くなっていた。萎えた。自然と梅田駅方面に足が進んだ。
こういう時、一人の遊び方を知らない。一人を楽しむ方法が分からない。結局梅田駅近くのラーメンを食べて帰った。白のシャツで行ったのに、やはりラーメンには勝てない。
グッズ売り場の待ち時間から、ラーメン屋、帰りの電車でこの日記を考えて書いている。そして、最寄駅から歩きながらも。バスで帰ればいいものを、歩いたら四十分かかるというのに。楽しい、書くのが。
ふと気づく。私の一人の遊び方、これではないか。こうも感じる。これを書くためにヒロアカ展に行ったのではないか?
家に着くと、すぐさまグッズを広げた。たまらない。服を脱ぎ捨て、勝ったTシャツを着て写真を撮りまくった。ヒロアカは神だと再認識した――
嘘である。この文章は駅から家まで歩く際に書き上げたのだから。
行動より想像が先行していた。小説が先か、人生が先か。鶏が先か卵が先か、みたいなアレだ。日記として書き始めたのに。帰ったら私はその通りに行動するのだろうか。分からない。
結局何が言いたかったのかも分からない。だが、ヒロアカが神だと再認識することは確定しているだろう。
小説たらしめる歩み @ponkot
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