第54話 カインクムとフィルランカ
カインクムは、ユーリカリア達を見送ると、ドアノブに「閉店」の札をかけて、鍵を閉めてしまった。
カウンターの椅子に腰を下ろすと、ユーリカリア達が出ていった、入口の扉をジーッと見ていた。
「あら、ユーリカリアさん達、もう、帰られたのですか」
カインクムに預かった中銀貨5枚を金庫の中に入れて戻ってきたフィルランカが、店の中を見渡して、ユーリカリア達が居なくなっている事をカインクムに聞いた。
「きっと、すぐに、魔物を斬ってみたいんだろ。 冒険者とは、そんなもんだ」
黄昏気味にカインクムが答えた。
「そうよね。 新しいおもちゃをもらった子供みたいな顔をしていたわね。 裏庭での試し斬りも本当に楽しそうだったわ」
「……」
フィルランカは、黙っているカインクムの様子を見て、困ったような表情を向けた。
ただ、フィルランカは、すぐに表情を戻す。
「今回の剣は、本当に思い入れがあったのね。 作っている時から、本当に精魂込めて作っていたものね」
「……」
フィルランカは、黙っているカインクムに、話かているのだが、カインクムは、ただ、入口の扉を見つめるだけだった。
「あなたの思いは、きっと、ユーリカリアさん達が、引き継いでくれます」
そういうと椅子の後ろから、フィルランカは、カインクムを抱き締めた。
「ねえ。 エルメアーナの剣は、どうだった?」
「……」
カインクムは、表情を変えた。
エルメアーナの剣を思い出すと、若干、ムッとした様子を示した。
(やっぱり、反応したわね)
フィルランカは、カインクムの表情から、しめたと思ったようだ。
「ねえ。 ユーリカリアさん達は、Aランクのパーティーよ。 そのパーティーが、気がついたら、全員が、剣を使っているのよ。 あなたの剣に惚れ込んだ証拠よね」
「……」
「とても良い剣だから、あのパーティーの人達は、全員が、剣を使うようになったのよ。 その人達が、ギルドで、狩場で、それに道を歩いているのよ。 あなたの剣を腰に下げて」
カインクムにも、その意味は分かる。
そのために、フィルランカに内緒で、ユーリカリア達に宣伝費として、1人、銀貨2枚を渡しているのだ。
「周りの人が、ユーリカリアさん達の腰の剣を見て、どう思うのかしら」
カインクムの考え通りだったら、ユーリカリア達は、良い宣伝塔になってくれる。
「ねえ、エルメアーナは、とんでもない量の剣の受注を受けて、四苦八苦していたらしいじゃないの。 南の王国は、この帝国よりは、低レベルの魔物なのよ。 あっちは、帝国より稼ぐのが大変な場所なのに、それでも、エルメアーナの剣を欲しいと、エルメアーナの店に冒険者が来たのよ」
カインクムは、帝国の冒険者と、南の王国の冒険者について、自分の知識の中にも、同じような考えがあった。
新人が育つ環境ならば、魔物もそれなりなので、コアの買取価格も低い。
南の王国内での稼ぎは、帝国で稼ぐより、単価が低い分、より多くの魔物を狩る必要があるので、同じ金額を稼ぐにも、帝国で狩をするより、長い期間がかかる。
収入も低く、蓄えも多いとは思えない、南の王国の冒険者達が、我先にとエルメアーナの店を訪れたのだろうと、噂から想像がつく。
それなら、帝国はどうだろうか。
ランクの高い魔物が多く、そんな魔物のコアも高額取引をされている。
上位ランクになって、帝国に来る冒険者は、その高額報酬を目当てで来るのだ。
ならば、帝都のギルド支部の近くに店を構えている、カインクムとしたら、それ以上の受注の可能性があるのだ。
(カインクムさんは、市場の規模を、あまり、詳しく考えてないみたいだわ)
「ユーリカリアさんの持っていた、エルメアーナの剣の評価は、彼女達から聞いた?」
カインクムは、少し黙っている。
その時の話を思い出していたのだ。
「ああ、俺の剣と遜色無いと言われた」
フィルランカは、笑顔になる。
「やっと、答えてくれた」
耳元でそう囁く。
「あなたの剣も、エルメアーナの剣も、同じなのよ。 だったら、これから、あなたにも、同じ事が起こるとは思わない?」
「……」
「これから、あなたは、もっと、彼女達に売った剣を作る事になるのよ。 剣は、冒険者達が、一番欲しがるものなのよ」
カインクムは、フィルランカに抱えられていた手に、自分の手を添える。
「ありがとう、フィルランカ。 そうなんだ。 あれが、最後に作る剣じゃないんだったな」
「そうよ。 これから、あなたは、今日の5振以上の剣を作らなければならないのよ。 これからは、もっと、いいものが作れるかもしれないのよ。 そんな事を考えたら、黄昏てないで、次の剣の事を考えなければいけないんじゃないの? 今日の剣の出来上がりは良かったけど、まだ、改善の余地は無かったのかしら? エルメアーナの剣を見て、あなたの剣に組み込めるノウハウもあったんじゃないですか?」
カインクムは、そのフィルランカの言葉で、何かを思い出したようだ。
(そうだ、あの剣には、刃に流れるような波の紋様が有った。 あれは、何だったんだ)
カインクムの表情が変わった。
「ねえ、あなたの剣、まだまだ、進化するんじゃないの?」
「あ、ああ、確かにそうだ。 確かに、俺は、まだ、6振しか、あの剣を作ってない。 エルメアーナの剣には、俺の剣には無い美しさもあった」
カインクムは、新たな課題が見えてきたようだ。
「ねえ、それに、あのチーター系亜人のヴィラレットさんの脇差だけど、まだ、作ってないわよね。 あれも作る必要があるのでしょ。 エルメアーナの剣を参考に新たな技術に挑戦ですね」
カインクムが、黄昏状態から気持ちの切り替えがなったことで、フィルランカは、ホッとした。
「まだ、俺は、エルメアーナに負けるわけにはいかないからな」
それを聞いてフィルランカは、笑みを見せつつ、抱いている手にも力が入った。
「じゃあ、反省だ。 俺の剣と、見たエルメアーナの剣、忘れないうちに、次の課題をピックアップしておくよ」
「はい、そうですね。 それは、早い方がいいですね」
カインクムは、椅子から立ち上がる。
その動きに合わせて、フィルランカは、手を離していく。
カインクムが、立ち上がると、フィルランカも手を下ろし振り返った。
「フィルランカ、ありがとう」
黄昏ていた気持ちを、フィルランカが、また、新たな剣に取り組むための勇気を与えてくれた。
その事にカインクムは、感謝したのだ。
「いいえ、どういたしまして。 あなたを支える事は、私の役目です。 エルメアーナが、戻ってくるまで、私がしっかり支えさせてもらいます」
フィルランカは、カインクムの娘であり、親友であるエルメアーナの事は、カインクムと同様にとても大事な事なのだ。
その事を考えれば、今、ここで、カインクムに黄昏ていられては、エルメアーナに対して、申し訳が立たない。
そして、自分を育ててくれて、学校に通わせてくれたカインクムに対して、返しきれない恩を考えれば、フィルランカの対応は、些細な事にしか思えないと感じているようだ。
「今晩の料理は、期待していてください。 あなたが、これから、知恵を絞って、エルメアーナの剣を遥かに超える何かを探すのでしょうから、その分を、目一杯補充できるように、精魂込めて料理しておきます」
(今日も、据え膳まで、たっぷり、食べさせてあげるわ)
フィルランカは、一瞬、不敵な笑みを浮かべるのだが、すぐに、いつもの笑顔を向けた。
「ああ、じゃあ、夕飯まで、しっかりと反省会をしてくるよ」
そう言うと、カインクムは、店の奥に消え工房に向かった。
フィルランカは、カインクムの後を追って、店の奥に、そして、キッチンの食材を確認してから、買い物に出掛けていくのだった。
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