第14話 焼き入れの準備


 叩いていた鉄の塊は、直剣となっていた。


 カインクムは、その剣の出来栄えに満足したようだ。


 そして、次の工程の為に、剣を冷ますように、剣を金属で出来た刀を置くための台の上に置いた。


 剣を冷ましている間に、次の工程の準備を行うようだ。


(焼き入れ用の泥か。)


 カインクムは、壁際に置いてあるバケツの所に行く。


 バケツには、用意しておいた土が入っていた。


(泥なのだから、土を水に溶かして使うことになるな。 剣の均等性を考えると不純物は少なく、粒子の大きさは同じ位にする必要があるのか。)


 カインクムは、どの土が良いのか悪いのかは全く判らないので、カットアンドトライで自分のものにしていく必要があるのだ。


 全く無の状態からなので、一番初めに試すのは庭の土になったのだ。




 帝国付近の土は粘土質が多く、乾いている時と、濡れている時で性質を大きく変える。


 乾燥している時は、硬く馬車を走らせるのに良いのだが、一度雨が降ると、ぬかるみに変わってしまう。


 粘土質の土地である。


 カインクムは、その土を、予め一度完全に乾かして放置しておいた。


 その土を塊は槌で潰して粉末にし、何種類ものフルイにかけて、粒子を均一化していく。


 フルイに残った小石は抜き取り、大粒の土は、もう一度槌で潰してフルイにかける。


 目の細かいフルイになっても同じように行って、最終的に土は色の付いた小麦粉のようになった。




 カインクムは、用意した土を水で溶いて泥にする。


 泥を作るために、ボールに土の粉末を入れて、水を入れながら掻き混ぜる。


 水を入れ過ぎたと思えば、土の粉末を入れて掻き混ぜて、また、水を入れる。


 それを何度か繰り返して、自分のイメージする粘度に調整していく。


(この土の粘度については、ジューネスティーンからは聞いてないが、剣に塗ることを目的としているのだから、水が多く緩すぎたら厚みを作る事は出来ない。 しかし、水が少なく硬すぎたら剣に塗った時にムラになってしまったり、乾いた時に塗った泥に亀裂も入ってしまう事になるだろうな。 それなら、試しに別の剣で試してみるか。)


 カインクムは、その泥の粘度を見るのに自分の作った別の剣を持ってきた。


 その剣を使って、泥を表面に塗っては、土を足したり、水を加えたりしつつ、粘度を決めていた。


(ダメだった場合は、データが残る。 何度か実験を行えば、方向性も見えてくるだろう。)


 カインクムは、カットアンドトライとなる事を覚悟して、同じような剣を用意しておいたようだ。


 ジューネスティーンの持っていた剣と似たレイビアを、何本か、店から持ってきてあったのを、並べていた。


 それは、量産品のように同じ形をした剣だけを用意していた。


(これだけあれば、粘土の厚みで、剣の曲がり具合も確認できるか。)


 目的の剣が出来なかったとしても、その過程をデータに残すことで、イメージする完成度の剣に仕上げるためのデータを集めにもなる。


 今のカインクムには、この製法で剣を作った事も無く、ジューネスティーンに聞いただけの知識しかない。


 ひたすらデータを集める事で、ニーズに合う剣を作れる事になる事をカインクムは知っていたのだ。




 剣の表面に泥を塗る作業に入る。


 焼き入れで強度を上げるのは刃なので、刃側の土は薄く塗る事になる。


 むしろ、刃側は泥が無くても良いのだろうが、地金が隠れる程度に泥を塗ることにした。


 焼き入れとは、高温になった鉄の温度を一気に下げる事で、鉄の強度が増すので、厚く塗ってしまったら、焼き入れの際に温度が薄く塗ったところよりゆっくり温度が下がる事になる。


 そうなると、土の薄く塗った部分は外の刃の部分に、厚く塗った部分は内に反る事になると予測できた。


 ただ、泥を塗るという作業を、行った事が無かったカインクムには、全体に均等に泥を塗る事も片側を厚く塗るというどちらの作業も至難の技だった。


 何度か、泥を塗っては泥を落とし泥の粘度を変えてみて、気に入った感じになるまで繰り返す。


 その間に、何度か土から泥を作る事になった。


 当然、このような事態は予想していたので、泥用の土は大目に用意しておいたのだ。




 何度か繰り返して、泥の厚みを均等にする事ができた。


 泥を塗った剣を放置して水分を乾かす事にすると、炉によって温度を上げるにはどうしたら良いか考える。


 問題は、鉄を高温に上げる時に土が取れてしまわない事だ。


 通常より丁寧に赤く燃える炭の中に刃を入れる事になるのだが、炉の中の炭に触れるたびに泥が落ちてしまうだろう事は想像が付く。


 それなら、炭から出てくる炎で剣を炙って熱するようにする。


 炎で炙るようにするには、手に持って炎で炙るのだが、長時間になってしまうと自分の腕が持たないだろう。


 それなら、柄の部分で固定する治具を作る事にする。


 柄の部分を筒の中に入れて固定すれば刃は炎の中に入れられる。


 それなら長時間炉の上で炙る事も可能になる。


 もし、柄の部分と柄を固定している筒の熱膨張が異なっていたとしても、見ながら確認しつつ、固定している筒の角度を変えれば良い。


 その治具に剣の柄の部分を差し込んで、炎の上に剣がくるように固定する。


 吹い子で炎を調整しながら剣の温度を上げる事になる。


 通常であれば、剣を炭の中に入れて、温度を上げるために吹い子で風を送るのだが、炭の上では、思ったように温度は上がらないと考えると、炉の周りにブロックを組んで熱がこもるようにしていた。


 簡易的ではあるが、ブロックで周りを覆う事で、炉の上の温度が上がる。




 今度は、乾き出した剣の表面に塗った泥に亀裂が入る事に気がつく。


 この原因はなんなのかと思ったのだろう、カインクムはその状況をじっと見つめている。


(この亀裂は、粘土の間に含まれていた水が蒸発して、土と土の間に隙間が出来たのか。)


 カインクムは、亀裂の入った泥、いや、土を見て考えている。


(焼き入れの時の熱で、乾いた土が今度は剥がれない? 少し試してみるか。)


 カインクムは、別のレイビアを持ってきて、泥を塗って試しすことにした。




 実験をしてみようと思って持ってきた剣を炉の上にかざして剣の温度を上げてみる。


 泥が多すぎると、泥が乾くと亀裂が入ってしまうので、その亀裂に泥をハケで薄く塗り亀裂を無くす。


 剣の温度を上げる際に剥がれたり亀裂の入る状況を確認しつつ、その都度直していくが、上手くいかない。


 何が原因なのか考える。


 剣を眺め、泥を見る。


(何が原因なのか?)


 じっくりと考えると、素材について思い当たる。


(そういえば、以前、鉄以外の金属を加工した時に、同じ温度でも違う金属だと膨張率が違うから、熱によって長さが変わってしまったなぁ。)


 カインクムは、何かを思い出した様子で、材料として置いてある真鍮の棒を眺めていた。


(鉄の膨張率と粘土の膨張率の違いが亀裂を生んで剥がれてしまうのではないか? 有りそうな話だ。 試して見る価値は有る。)


 鉄と粘土の熱による膨張率の違いによって亀裂が発生したり、剥がれてしまっている可能性が高いと感じたのだろう。


 それなら同じ鉄分を泥に混ぜれば、膨張率が同じとはいかないが、ある程度は抑えられると考えたようだ。

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