第七話 ようやく真実へ
「ここまですれば容姿の問題でマリアベルに相応しくないと言ってくる愚か者は消えるだろう。君の隣に並ぼうなどという幻想すら許しはしない。少しの可能性すら打ち砕こう。君の隣はすべて僕のものだ」
オズワルドはマリアベルの肩を抱き、周囲の者を威圧するように目を細めた。
オズワルドとマーガレットが対面し、お互いが惹かれあったとしたら。妻の立場などいくらでも捨てて一切の遺恨なく笑顔で送り出せるように――と。この顔と身体で殿下を籠絡し、たとえ悪女と呼ばれても二人が結ばれるよう最善を尽くそう――と。
覚悟していたのに。
そんなこと、もう頭から吹き飛んでいた。
マリアベルはオズワルドの言葉に応えるように、彼の服を握りしめる。すると落ちてきた「大丈夫か?」という優しい声。
敬愛するオズワルド・エルズワースがマリアベルのためだけに心を砕いてくれている。隣に立つのはマリアベルだと言ってくれている。
まるで夢か現のようであった。
しかし、触れ合った肌の温かさが現実だと教えてくれる。
――この方の傍にいたい。誰にも渡したくはない。我が儘だと、傲慢だとなじられたとしても構わない。
ゆっくりと、氷が解けるように、感情があふれ出てくる。
マリアベルは涙をぬぐって毅然と前を向いた。
「もう、大丈夫です。わたくしのせいで……申し訳ございません」
「謝らなくていい。すべては僕の意志だ。だから謝罪ではなく、別の言葉だと嬉しいのだが」
「別? ありがとう、ございます……でしょうか?」
「うん」
ふわりと、花開くような微笑みだった。
マーガレットなど見向きもせず、ただマリアベルだけを慈しむ瞳。彼には十分すぎるほどマーガレットが想い人であることは伝えた。マリアベルの心情を慮ってあえて気のないふりをしているのだろうか。
いいや、違う。
彼はそこまで器用な人ではない。
――これではまるで本当に、わたくしのことが……。オズワルド様の思い人はマーガレットではないの?
ずっと、見ようとしなかった。あり得ないものだとして、目を逸らし続けていた可能性。その答えに行きついた時、ようやくすべてのピースが綺麗にパチリと嵌ったような気がした。
オズワルドの態度の意味も。マリアベルへ囁く愛の意味も。全部。
ああでも、そんな――そんな都合のいい夢想を願ってもいいのだろうか。期待してもいいのだろうか。マリアベルは何も言えず、ただ縋るようにオズワルドに身体を預けた。
「後始末も任せてくれ。とっとと終わらせよう」
「……はい」
マリアベルの返事に、オズワルドは頷いて前を見据える。
「さて、このような人の目がある場で人を貶めようとするのは感心しませんが、悪魔とも称される身。人の目がないところでの糾弾は危険が伴う、と考えるのも致し方ありません。その程度甘んじて受け入れましょう」
オズワルドの言葉に、マーガレットはバツが悪そうに視線を逸らした。
「マーガレット様に関しましては、我が妻を本心から心配してくださっているご様子が伺えたのでこれ以上申し上げることはございませんが――殿下?」
「ぅえぁはい!」
呆けたように見惚れていたエインズだが、急に自分が槍玉に挙がってびくりと肩を震わせた。どうやら美しいものに男も女も関係ないらしい。
オズワルドが彼の傍に寄り、鼻先が触れるほど顔を近づけただけで、顔が真っ赤になり瞳が潤んでいる。
「随分楽しんでいらっしゃったみたいですね?」
「お、オズワルド、なのか……?」
「ははは、面白い顔だ。あなたが望んだのでしょう? 幻術を解けと。ああ、それとも、そんなに私の顔が気に入りましたか?」
「――ッ!!」
逃がしはしないとばかりにエインズの顎をくいと持ち上げ、低く掠れた、甘ったるい声で囁く。マリアベルはお可哀想に、と目を伏せた。
自らの美しさは理解していても誇ろうとはしないオズワルド。しかし彼が一度それを武器として利用すれば破壊力は絶大だ。美を愛でるエインズならば殊更ダメージは大きい。
彼は一瞬のうちに腰が抜け、へなへなと床に崩れ落ちた。
「おや?」
「……正直に、言うと……凄く、美しいと思う」
「それはどうも」
何の感情も籠っていない声色で吐き捨てると、オズワルドはマリアベルの手を取って出口へ向かう。
「さて、マリアベル。帰ろう。長居は無用だ」
「お待ちください、オズワルド様。わたくしにはまだ……」
「うん?」
マリアベルがこのパーティーに出席した理由は殿下の頼み以外にも二つある。一つはもう意味をなさなくなってしまったのだけれど――マリアベルは「もう少しだけ」と言ってマーガレットの傍に駆け寄った。
先ほどまで堂々と胸を張り決して折れぬ綺羅星のような彼女が、今では申し訳なさそうに視線をうろつかせ「す、すまない……なんと言ったら、いいか……」とおろおろする様はなんだか可愛らしかった。
マリアベルは懐から折りたたまれたハンカチを取り出すと、はらりと開いて彼女に差し出した。赤い蓋のついた平べったい小さなガラスのケース。中にはクリームが詰められている。
「これは?」
「オズワルド様が制作された火傷治療の薬です。わたくしの傷もこれで」
「何? ではまさか、魔法で焼かれた皮膚すら直してしまうのか?」
「ええ。効能はわたくしを見て貰えれば。まだ治療途中なのだけれど、必要とあらば化粧を落としましょうか?」
「いや、いい。……ちゃんと、美しさは伝わる」
マーガレットはマリアベルの頬に手を添えると「海の底に沈むような瞳も、長い睫毛も、すらりとした鼻筋も、柔らかな頬も、すべてが美しい」と言って微笑んだ。
「あの、マーガレット、わたくしの顔の造形はどうでもいいのだけれど」
「え? ああ、すまない。私も殿下に感化されてしまったかな」
慌てて手を離し、照れくさそうに頬を掻く。
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