番外 精霊たちの話


 主が消えて行った扉を見つめながら、精霊二人は顔を見合わせた。


「そんな拗れるんやったら俺がぴゅーって行ってきて本人に聞いてきてあげましょか? 彼女の現状。そうすればマリアちゃんも安心するやろ。確か閣下でしたよね。その手紙直接受け取ったの。どんな色でした?」


 精霊は魂の色で人間を識別している。たとえ子供から老人になろうがその色は変わらない。微妙な色彩の違いさえ共有できれば、見たことのない人物でも探し出すことは可能だ。特にヴィントは風を司る精霊。索敵に特化した能力を持っている。情報も粗方揃っているので、それを転用すれば探し出すのに数日とかからないだろう。

 ヴィントは情報を流してこんでもらおうとエレマンに手を差し出す。しかし彼は愉快そうに笑っただけだった。


「閣下?」


「いえ、すみません。色は透けてしまいそうなほど綺麗な青でしたよ」


「へぇ、マリアちゃんとよう似とりますね。まさか本人やったりして!」


「ほっほっほ」


 手を突きだしているのに未だ握り返してこないエレマンを不思議に思うヴィントだったが、彼の笑みを見て全てを理解した。


「……え、待って。まさかなんです?」


「さて、どうでしょう」


「お、おお俺ちょっと坊ちゃんに――」


 すべての問題を解決する鍵はすぐ近くにあった。オズワルドに伝えなければ。しかし、研究室に向かって走り出そうとするヴィントの襟首を掴んで、エレマンは「いけませんよ」と自身の隣に置いた。


「えぇ、でも、閣下ぁ」


「今は坊ちゃまの前向きな性格が功を奏しているのです。貴女も気付いているでしょう? お嬢様から坊ちゃまに話しかけたことは殆どありません。だからこそ、坊ちゃまがぐいぐい行くことでお二人の関係が成り立っているのです」


「前向きっちゅうか、無神経な気もするけど」


「もしМの方がお嬢様だと知ってしまえば、今のマリアベル様の好感度に、Мの方の好感度が上乗せされる形となります」


「まぁ、秒で上限突破しますね」


「つまり、お二人とも恥ずかしがって会話すらまともにできなくなります」


「あはは。それは――……それは地獄やん」


 ヴィントは頭を抱えてうなだれた。

 多少のぎこちなさはあるものの、あの二人の間に流れる風は心地の良いものだ。お互いが、お互いのことを想いあっている暖かな風。

 オズワルドはああ見えて人見知りの激しい男だ。最愛のマリアベルが敬愛するМの方と一緒だと気付けば、緊張で頭も身体も動かなくなるだろう。それを――マリアベルがどう解釈してしまうかは想像に難くない。

 絶対に今より拗れる。もの凄く拗れる。確実に。


 逆にマリアベルに伝えたとしよう。その場合、きっと何も変わらない。オズワルドの言葉すら彼女の心に巣食った病巣を取り除くまでには至らないのだ。ヴィントやエレマンがオズワルドの大切な人は君だったと伝えても、優しい嘘にしか思われないだろう。それほどまでに、彼女に根付いた劣等感は強固だ。


 今は何もせずに静観しているべきか。だが、それはそれで歯がゆい。


「それに――」


 柔らかい笑みでエレマンは微笑んだ。


「それくらい見破っていただかなくては」


「はは。親心っちゅうやつですか」


「ええ。どちらもわたしにとって可愛い可愛い子供みたいなものですからね」


「……ふぅん? 可愛い子供、ですか」


 なんとなく面白くない気がしてふいとそっぽを向く。


「もちろん、貴方もですよ、ヴィント」


「――ッ、べ、別に、俺は!」


 よしよしと頭を撫でられ、心地よさに目が細まる。

 世界の根幹を担っている大精霊も、生まれたばかりの頃はこのエレマンの下について様々なことを教わる。自身のこと。世界のこと。能力のこと。人間のこと。人間世界の言葉で置き換えると学校、に近いかもしれない。そしてエレマンが「可」の評価を与えた者たちが卒業して世界各地へ飛び立っていく。ゆえにすべての大精霊にとって彼は親みたいなものなのだ。


 ヴィントは落ちこぼれであった。

 最後の最後までエレマンと一緒に過ごし、誰よりも手をかけて色々なことを教えてもらった。――本当は、彼と離れるのが嫌でわざと出来ないふりをしていた部分もあったが。言ったら怒られるので、誰にも打ち明けたことはない。

 だから、こうやって彼に頭を撫でられるのは大好きだった。


 恥ずかしそうに頬を掻き、撫でやすいよう自ら腰をかがめるヴィント

 エレマンは慈しむように目を細め、自身が満足するまで彼の頭を撫で尽くした。

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