第13話 マリアベルの決意


 彼にお願いしたものはペンと定規、ナイフに木槌。そして金矢だ。


 自室に案内されたマリアベルは家具の移動は必要ないと申し伝えてから、用意してもらった道具を招き入れて部屋に閉じこもった。


 マリアベルは醜い顔をオズワルドの前に晒したくない。オズワルドはマリアベルの表情を見ていたい。その妥協点を探るとすれば――多分、答えは一つしかない。

覚悟は決めた。仮面を外して机の上に置く。

 そして深く深呼吸をしてからペンと定規を手に取った。

 



 ヴィントの背に引っ付いてダイニングルームまで連れて行ってもらう。

 窓から差し込む光がいつもより眩しい。マリアベルは激しく脈打つ心臓を服の上から握りしめた。緊張で倒れてしまいそうだ。


「ほいほい、お待たせ坊ちゃん。マリアちゃんの登場です!」


「マリアちゃん?」


「ヴィ、ヴィン様、まだ心の準備が」


「ヴィン様!?」


 一歩どころか十歩くらい距離が縮まった彼らの様子に、自然と眉が吊り上がるオズワルド。更にマリベルの方からヴィントに寄り添っているのを確認した彼は、ツカツカと無言のまま二人へ近づき、真正面からヴィントを見据えた。


「坊ちゃん顔怖い! 超怖いから!」


「いつも通りだが」


「それで!?」


「いつも通りだが?」


「……えっと、マリアちゃん。そろそろ顔出さへん? 俺のために」


 くるりと振り返って「嫌な予感しかせえへん」とマリアベルの肩に手を置くヴィント。後ろに立つオズワルドの圧に気圧されているのか、いつもの軽薄さが鳴りを潜めている。真剣な瞳。大精霊からのお願い。勢いに負けて頷こうとした瞬間、ヴィントはなぜか彼女の両手を握り込んできた。


「大丈夫。大丈夫やって! マリアちゃんの色はめっちゃ可愛いから! いや、美人さん! 超綺麗やから!」


「い、いろ? あの、ありがとうございま――」


「人の妻を軽々しく口説くな馬鹿者!!」


 オズワルドはヴィントの襟首を掴みポイと放り投げた。受け身の代わりに元来の姿である風に転身したせいで少し強めの風が室内に吹き荒れる。バタバタとスカートがはためき、銀糸のような髪が宙を舞った。思わず身体を縮こめる。


「マリアベル! 大丈夫、か……?」


「は、はい。申し訳ございません、オズワルド様」


 風圧から守るように腕を広げるオズワルドだったが、その瞳は驚きにより見開いている。彼はマリアベルに右手を伸ばすと、その頬を優しくなぞった。


「仮面が」


「……はい」


 ゆるくウェーブしたプラチナヘアから覗く、深いコバルトブルーの瞳。長い睫毛が白磁の肌に影を落とし、その白さを一層際立させる。言葉を発さなければ人形と見紛うばかりの美少女。誰もが口をそろえて美しいと誉めそやしたあの頃の面影を半分だけ残し、マリアベルは微笑んだ。


 そう、彼女の火傷は右半分に集中している。


 火傷が見えぬ位置を確認しペンで当たりをつけ、定規で線を引き、張り付いていたビロードをナイフで切り裂いて、木槌と金矢で仮面を叩き割った。仮面を半分にすればオズワルドの求め通り表情を見せることができる。これがマリアベルの考えた妥協点。ただ、彼の望みは仮面を外すこと。半分は残っているので完璧に応えられたわけではない。

 それだけが少し、怖かった。


「あの……変、では、ありませんか……?」


「僕は美醜に興味がないと言ったはずだ」


「――ッ、も、申し訳ございません」


 堅さの含まれた声色に思わず頭を下げる。

 何事も完璧を信条とする人だ。中途半端な回答では怒らせてしまう可能性だってあると、どうして予測できなかったのだろう。失望させてしまったかもしれない。こんな意固地な女、可愛くないと思われたかもしれない。

目頭がじんと熱くなる。涙を押し殺すようにスカートをぎゅっと握った。


「こら坊ちゃん!」


 人型に戻ったヴィントが慌てて間に入ろうとするが、エレマンが腕を掴んで止めた。「なんで止めるんです。いくら閣下でも言うこときけません!」と今にも拘束を抜け出そうとするヴィントに、エレマンは「まあ最後までお聞きなさい」と穏やかに制した。


「……そうか。僕はまた伝えた方を間違えたようだ」


「いえ、そのような」


「僕は美醜に興味がないので君がどんな格好をしていようが変だと思うことはない、と言いたかったんだ。本当は仮面など全て剥ぎ取ってしまいたいが……まぁ、これなら」


「え?」


 常にマリアベルの表情を確認できるのがよほど楽しいのか、目尻から頬を伝って唇まで、遠慮も知らずにべたべたと撫でまくる。花が綻ぶようなとびきりの笑顔でそんなことをされては、恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまうのも仕方のない話だろう。


「うん。照れ顔も良く見えるな! 実に良い!」


「オ、オズワルド様……もう、あまり……」


 ずっと仮面に隠れていたから忘れていたが、表情によってすべての感情が筒抜けになるのはともて恥ずかしいことだった。顔だけでなく耳まで赤く染め、それでもオズワルドが楽しいのならばと逃げずに耐えるマリアベル。見かねたエレマンとヴィントが止めに入るまで、彼の手が止まることはなかった。

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