242.虚空という名の本
「この時が来てしまった……」
「なにを言っているのよ、エリベールも私も楽しみにしていたんだからね?」
「二年も待ったんだから、ねえリンカ」
「仲良くなったよな二人とも」
「ボクを忘れているよ!?」
――俺がシェリシンダ王国へ戻ってから二年。ついにこの時が来た。
なんのことかと言えば、今日は俺とエリベールとリンカ。そして……ダーハルとの結婚式である。
この二年と少しは武芸に帝王学を勉強し頑張って来たわけだが、全てこの時のためといっても過言ではない。
なぜダーハルが混ざっているのかと言えば、あいつの我儘で俺以外と子供を作りたくないと言ったからで、マクシムスさんがディアンネス様へ頼み込んでこの形になった。
リンカは顔を合わせたことがあり、日本人故に難色を示したもののこの世界がそうであるならという理由で飲み込み、エリベールはダーハルと言い合いが絶えなかったが、結局は俺という男に惚れた同志ということで受け入れた。
……最後まで反対はしたからな?
ちなみにダーハルは子供が出来たらサンディラス国へ戻ることになっている。
イークンベル王国との大橋が急ピッチで進められたおかげで、シェリシンダから片道5日程度で戻れるためそれほど深刻になっていない。
国王という肩書はシェリシンダで良いらしく、男の子が絶対に欲しいとマクシムスさんはワクワクしている……。
別国の王女を娶るということ自体珍しくないらしいけど、子供が出来たら戻ると言うあたり、土地を取るため侵攻しようとした彼女らしい極端な考え方だ。
俺も好きだが国も好きだってことなのでこいつはこれで面白いと思う。
「ダーハルの褐色の肌に白いドレスは映えるわね」
「君たちが色白すぎるんだよ。でも、目立つからいいけどさ」
「アルもカッコいいわよ」
「はは、ありがとうリンカ。エリベールが一番年上だけど、やっぱり年相応に美人になったよな」
「も、もう、急になによ。ルーナちゃん達も可愛かったわ」
「ふふ、あれは反則……」
さすがディアンネス様の娘だけあってとても綺麗だ。本当に俺がもらってもいいのだろうかと思うくらいに。
そんな調子で控室で話していると、双子が呼びに来た。
「アル兄ちゃん、パパが呼んでいるよー!」
「おじいちゃんも!」
「お、なんだろ? 昨日の宴会である程度話をしたと思ったのに。ちょっと行ってくる」
「うん」
俺はルーク達に手を引かれて部屋を出る――
◆ ◇ ◆
「行っちゃったか。それじゃボクもパパのところへ行って最後の挨拶をしとくよ」
「わたくしもお母様のところへ行きますわ。リンカは?」
「私はアルバート様達にお礼をするつもりよ」
「……ご両親に見せたかったですね」
エリベールが寂し気な笑顔で私の頬に手を当ててくる。
前世でも大企業だったけど短命だった両親は今世でも同じように私を置いて亡くなってしまった。
もし、あの時アルが……和人が居なければどうなっていたか分からない。
ただひとつ言えるのは今世は体も丈夫で、アルと再び会えたこと。
前世での想いはここで成就し、不幸中の幸いと言っていい。
「それじゃ、また後でね」
「今日の主役はボク達だからねえ」
「ええ」
二人はそれぞれ親元へ挨拶をしにアルを追う形で部屋を出て行く。二人とも片親なものの肉親が残っているのは羨ましいものだ。
私もアルベールさんとバーチェルさんの二人が居るから寂しくはないんだけどね。
だけど、こっちの両親には見せて上げたかったとは思う。
「さて、と。私もおじい様とおばあ様に挨拶を――」
‟これで、全てが終わる”
「え?」
不意に聞こえてきた声に振り返るとそこには『ブック・オブ・アカシック』が、あった。
この二年、アルが白紙のまま応答が無いとぼやいてい開くことは無かった本。
‟私は……俺はこの時を待っていた……!!”
「……!? これは――」
◆ ◇ ◆
「引っ張るなって、袖が伸びるだろ」
「はーい!」
「お前達もおめかししてるんだから汚すなよ? クリーガーは?」
「おじいちゃんが足を拭いて外に出ないようにしてるよ。お洋服が窮屈そうだったけど」
ルークが嬉しそうにそう語り俺は苦笑する。
リンカの提案でクリーガーにも服を着させるといって作った。ペロ達は蝶ネクタイだけ首に巻いて外で待機しているがなぜか得意気だったな。
「お姉ちゃんたちキレイだったね! 次はルーナの番だよ」
「相手はどうするんだよ」
「アル兄ちゃん!」
もう8歳になると言うのにこのテンションかと俺は肩を竦めてため息を吐いた瞬間――
(きゃあああああぁぁぁぁ!!)
「今のは……!?」
「リンカお姉ちゃんだ!!」
「どうしたんだろ!?」
俺達は来た通路を戻り四人で控えていた部屋を目指す。
時間にして5分も経っていない。エリベール達も居たはずだがなにがあった……!
「リンカ!」
扉を勢いよく開けて声をかけるがそこには誰もおらず、テーブルの上になぜか『ブック・オブ・アカシック』が開かれた状態で立っていた。
「リンカ! どこだ!」
「僕達と逆の方に出て行ったとか?」
「だとしてもあの恰好でまっすぐな廊下を走っていたら目につくはずだ」
誘拐の線が一番濃いが、人ひとりを抱えて出るのは簡単じゃない。
それにこの式場は広い廊下の左右に部屋があるため、さっきの距離なら気づかないはずは無い。
「窓も開いていない……どういうことだ……」
外に出るかと思った矢先『ブック・オブ・アカシック』が鈍く光り出す。
‟ありがとうアルフェン=ゼグライト。いや、久我 和人。おかげで俺の目的は果たされた”
「和人だと……!? 俺の前世の名前をどうして――」
‟――知っているか? それは当然のことだ。俺の名はアルフェン……そう、久我和人自身なのだから”
「な……!?」
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