134.逃げ場のない船上


 さて、『ブック・オブ・アカシック』の怪しげな占いはさておき船旅は実に順調だった。


 「ばいばい、おにーちゃーん!」

 「それでは、縁があればまた」

 「お気を付けて」


 中央大陸の南にある港に停泊した際も下船せず、あの親子を見送るだけに留まったからトラブルに巻き込まれるはずなんてあるはずもない。

 

 そのまま次の停泊先である南東の港へと出航。

 乗員やお客さんはいくつか入れ替わったものの、特に気になるような事態も起こらずのんびり過ごしていた。


 「ふう……この辺は波が高いのか揺れるな」

 <揺れた方に体重をかけるか踏み込むのはいいですねー>

 「だろ? 同じ相手と戦っていたら読まれやすいけど、安定感はあるよな」


 昼くらいまでは訓練と昼寝を繰り返す毎日。

 今日あたり南東の港に着くらしいので、目的地である東の港まで後五日くらいか?

 まあ、食事は心配ないし下船する必要もないのでもう少しだと思おう。


 ちなみにここからライクベルンへ行くことも可能だが、この中央大陸は南に長く、ライクベルンは北西の位置にあるため、東からの方が実は早いという寸法だ。

 

 まあ、船でぐるりと回るくらいなら……という意見もあるのだが、大森林みたいな場所を通らないといけないらしいので結果的に東からが早いとはガリア王の言葉である。


 「おう、今日もやってんな」

 「ああ、おっさんか。やることないから鍛えるしかないんだよ」

 「精が出るな! ほら、干し肉だ」

 「サンキュー」


 ここ最近、俺が訓練していると話しかけてくる船員のおっさんだ。

 干し肉を受け取ってかじると、疲れた体に程よい塩気が補給される。


 「ウライハはまだ先だからな。まあ、次の港町までは夕方までには着くだろうよ」

 「まあ着いても降りないし、ご飯だけが楽しみだよ」

 「ははは、一日しか停泊しないから観光ってわけにもいかないしな」

 

 ちなみにウライハは東の港町のことである。

 降りて宿を取って休む人も居るらしいけどお金がもったいないし、観光なんてする余裕もないので船で寝るのが一番いいのだ。


 <いざ向こうで下船してからどれくらいかかるかわかりませんしねえ>


 まったくだ。

 金はいくらあっても困ることは無いので、ギルドで稼ぎながら行くかなとは考えている。


 そんな話をしているとおっさんが仕事に戻って再び一人になったので海を眺めながら南東の港町へと到着するのを見ていた。

 もちろん下船はせず、夕食を食べてから眠るとまた朝になり、程なくして出航。

 

 このまま順調に行けばライクベルンへ帰るのはすぐだ。

 一度ウライハへ着いたら手紙を出してみようと思っていて、郵便事故であれば中央大陸から出せばきちんと届くのではないかと考えている。

 ま、どちらにしても次の港まで辛抱だ。


 そして出航二日目。

 そうしていつものように甲板で訓練をしていたのだが、なんだか船が騒がしいことに気づいた。


 「ん? なんか怒鳴り声が聞こえないか?」

 <そういえば船員さんがバタバタしてましたよね>

 「そういえば――」


 リグレットが言うように帆を管理する人が少なくなっているなと思った矢先、それは起きた。


 「甲板に出たぞ! もう逃げ場はない、捕まえろ!」

 「うああああああ!」

 「くそ、はええ!?」

 「囲め囲め!!」

 <なんです!?>


 船室へ続くドアが勢いよく開けられ、そこから犬耳をした子供が飛び出して来たかと思うと船員たちも飛び出し子供を追いかけ回していた。

 子どもの口にでかい肉があるのを見ると忍び込んで盗んだと見るべきか。


 「がるるるる……!」

 「威嚇すんな! お前、密航者だろ? 悪いようにはしねえから捕まっとけ」

 「今なら罪は軽い!」

 「がう!」

 「おう!? 噛みにきやがった……!」


 密航者とはまたイベントチックなものが発生したなあ。

 向こうの世界でもそれを手伝ったこともあるし、馴染みが無いわけじゃない。

 が、こんな子供がやるのは珍しいな? まあ、異世界だしそういうこともあるのかと思っていると、子供が口を開いた。


 「オレ、森に帰る……! なんでこんなところにいるんだ!」

 「な、なんだって?」

 「みんな、待ってくれ! どうも変だ」


 さらに船員が甲板に出てくると、小脇にやはり犬耳をした男の子を連れていた。

 もしかして……と思っていたら、先の犬耳が叫んだ。


 「セロ!?」

 「やっぱり知り合いか? 樽がガタガタと動いていて、転がった拍子に出てきたんだ」

 「か、返せ!」

 「落ち着け、事情を――」


 そう言いながら近づいた船員。

 その瞬間、犬耳が腰をかがめたので俺はまずいと思いサッと動いた。


 「!? は、放せ!」

 「落ち着け、お前が暴れたらあの子がどうなるか分からないぞ? ほら、俺はお前とあんまり歳も変わらないし、俺なら平気だろ?」

 「ううううう……」

 

 唸りを上げるが俺の言うことが分かっているらしく、段々力が落ちてきた。

 そこで俺は船員に声をかけてみる。


 「俺がなんとか話を聞いてみるからその子もこっちに置いてもらえるかい? 遠巻きに見ていてもらっても構わないからさ」

 「……し、しかし……」

 「坊主に任せてみようぜ、大人が大勢で囲んでたらびびっちまうわ。ほら、その子を貸してくれ」

 「おっさん!」


 訓練の時に声をかけてくれたおっさんが、ぐったりしている小さい犬耳を抱えて俺のところに来るとそっと横たえた。


 「セロ! セロ、返事をしてくれ!」

 

 その瞬間、セロと呼ばれた子のお腹から『ぐぎゅるるるる』と恐ろしいまでの音が聞こえてきた。


 「はは、大丈夫そうだな。ごめん、なんか消化に良さそうなごはんを頼める?」

 「おう、待ってろ。よし、ここに残るのは四人だけ遠巻きに見ていろ! どうせ海の上で逃げることはできんしな」

 「「「は、はい!」」」


 おっさん、もしかして地位がある人だった?

 まあそれはともかくこの獣人の二人だな……一体なにがあったんだか。

 落ち着いたら引き渡せばいいかと思っていたのだが――

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