132.ひと時の休息
「あー……」
<暇ですねえ……>
出発して早一日。
俺は甲板で海を見ながらぼーっと過ごしていた。いや、それしかすることが無いから仕方がない。
向こうで言う18世紀くらいに存在したガレオン船みたいな帆船はそれなりに大きく、船底から三階分の移動範囲がある。
甲板のすぐ下の階が客室で二階が食堂や娯楽室。船底が荷物置き場、らしい。
らしいというのは底にいけるのは作業員だけだからだ。
まあ荷物は収納魔法に入れてあるし行かなくてもいいんだけど、こう暇だと探索をしたくなるのもあるな。
「ふあ……」
<また寝ます?>
「うーん、寝るのも体が鈍りそうだし素振りでもするかな。ここ広いし」
<いいかもですね>
周りに誰も居なければリグレットのおかげで会話には事欠かないため寂しさは紛れる……。
<女の子が居ればベッドでイチャコラできるのに残念ですねアル様>
……紛れるが、口を開けば下品なことを低確率ながら言うので返事に困ることもしばしばだ。それでも一人旅を続けるうえで相談もできる相手がいるというのはありがたい。
<あー、双子ちゃんに会いたいですよー。次に会ったら大きくなってますかね>
「まあ……そうだな。いつ戻れるか分からないけど、爺さんの様子を見た後、一度戻りたいけど、一、二年は情報収集だな。……フッ! ハッァ! おっと……」
<あらら>
現代の貨物船みたいにハイテクな船ではないのでよく揺れるのだが、ここで剣を振るのは結構難しいことに気づく。
逆に考えればこの揺れの中、安定した動きが出来れば地上戦で有利に立ち回れるんじゃないか? 船の上で訓練すれば暇つぶしになるし一石二鳥……!!
――と、思ったのだが……。
「一人じゃ走り込みと素振りくらいしかできないな……」
<相手が居ないと実戦形式が難しいですからね……>
「あーあ、お前が人型ならなあ。かゆいところに手が届かない」
<な!? 話し相手がいるだけでもマシだと思って下さいよ!>
「お前が言ったら台無しだからな?」
甲板に設置されてあるベンチに寝転がって空を見上げる俺。
バランスを取る練習は問題ないが、やはり戦闘を想定し、ランダムに動き回ることで効率は大幅に変わるはず。
だが、残念ながら相手が居ない……
「下船まで我慢か……」
少し休憩するかと思い目を瞑って寝ていると、うとうとし始めたころに袖を引っ張られる感覚があった。
「ルーナか? 俺は疲れているから寝かせてくれ」
「ルーナ……? わたし違うよ」
「おう?」
うっすら目を開けて声のする方を見ると、全然知らない幼女が首を傾げて俺を見ていて、慌てて目を開ける。
「だ、誰だ……!」
<あら可愛い>
ちょうど起き上がったところで今度は男性が駆け寄ってきて幼女に声をかけていた。
「こら、勝手に動いたらダメだろう!」
「ごめんなさーい。でも、おにいちゃん見つけた!」
「ん? 俺になにか用があるのか?」
「ああ、すまないね寝ているところに。出航の時に君が見せた泡の魔法をこの子がえらく気に入っていてね、もう一回見たいと探していたんだよ」
ああ、アクアフォームの細分化状態か。
確かに子供であるウェイのために使った魔法なのでこの子も興味を持つかもしれないな。
「ああ、別にいいですよ。それ」
「わあああああああ!」
10本の指からちいさなシャボン玉のような泡を作り出して数を増やす。
時には手を振り、ゆっくり幼女の前でひときわ大きな玉を作り出すなどして喜ばせてあげた。
最後に幼女と親御さんをアクアフォームで包んでやる。
「すごーい!」
「ほう、これは面白いね」
「昔、この魔法で雨を防いで買い物に行ってたりしましたね。外側からの圧にはそこそこ強くて、内側から強く殴るか時間経過で消えるようになってますよ」
「……そういえば詠唱をしていない気が……」
お、魔法とは縁が無さそうな人だがそこを聞いてくるとは思わなかった。
別に隠しているわけではないし、広めてくれれば俺という存在が希少だと思われ、情報を持っているヤツから近づいてくるかもしれないのでそれはそれである。
「あー、まあ修行の末ってことで。慣れるとできるもんなんだ」
「それは凄いな。私も生活で魔法を使うけど略式詠唱でも難しいのに」
ま、戦闘を視野に入れてなければそんなものだろう。
ラッドとイワンに対しても『魔法は詠唱するもの』というのを払拭させるのに結構かかったからな。
そこで船の一番上にある鐘が大きく鳴り響いた。
いわゆる正午。
この船では正午と18時に食事が出るので、その時間に鐘が鳴る。
「お、そろそろ昼食みたいだし、俺行きます
「ああ、ありがとう。子供の扱いに慣れているね?」
「ほら、ミーナもありがとうを言いなさい」
「ありがとーおにいちゃん!!」
「これくらいの弟と妹が居るんです」
俺は手を振って船内に戻ると、食堂へ行き、特に盛り上がることもない普通の料理を口にして部屋へと戻る。
「……母さんの料理はやっぱ美味かったな」
<ふふ、それはそうですよ。それにしても夜になったらまた退屈ですね、流石に甲板は暗いですし>
「ま、二日すれば中継の港に到着するしのんびりしようぜ。さて、とりあえず今日はこいつでも読んで過ごすか」
俺は収納魔法からいつでも手元に戻ってくる『ブック・オブ・アカシック』を開いた。
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