131.行ってきます!
「ふあ……朝か……」
昨日はマイヤを見つけ、因縁をつけられ、感傷に浸る暇も無かったが悪くない結果だろう。後は次に戻ってきた時に仲良くやっているかどうかだが、ダメそうならシェリシンダにでも引っ張って帰るつもりだ。
「……よし!」
着替えた俺は鏡の前で頬を叩いて気合を入れる。
時間は6時。
旅と復讐は余裕をもってやりましょうってか。
そんなどうでもいいことを考えながら食堂へ行くとグラディスがすでに待っていてくれた。
「む、よく眠れたか?」
「ばっちりだ。どうせ船の中でのんびりすることになるけどな」
「ははは、違いない。ちょうど食事が来たな」
先に頼んでおいてくれた朝食のトーストにゆでたまご、それとフルーツジュースにサラダに蒸した鶏肉のガーリックソテーが並び二人で食べる。
朝から鶏肉にガーリックはヘビーだと思うかもしれないが、冒険者は体が資本だし、朝にんにくを食べると体に良いのは向こうの世界で実証されているのでこれはありがたい食事ということになる。
満腹にすると船酔いしそうなので腹八分目程度に抑えておき、ペンダント持ちの俺達に壊れるんじゃないかというくらい頭を下げる宿屋のオーナーに挨拶をして船着き場へ向かう。
「いーい天気だ」
「いよいよ出発か……」
「そんな顔するなって、死ぬわけじゃないし」
「そうだが、目的を考えるとな」
俺は笑いながらグラディスの腰を叩きながら返事をする。
「まだ体がでかくないから無茶はしないし、準備は念入りにやるつもりだから心配ないよ。それよりちゃんと子育てしろよ?」
「ふん、言われなくてもやるに決まっているだろう」
そんな軽口を叩きながら歩いていると、チケット売り場がある建物の前に――
「……マイヤ」
「アルフェン、様」
――マイヤが立っていた。
俺の名を呼ぶのにギクシャクしているところを見るとまだ記憶は戻っていないらしい。彼女は俺のことを「アル様」と呼んでいたからだ。
「無理しなくていいよ、記憶戻ってないんだろ?」
「……少しだけかな。小さいころの君とご両親がパッと浮かんだわ」
「それでいいよ。ハーリィは?」
「ここには居ないわ。昨日済ませたからって言ってたけど、夜なにかあったの?」
「んー、特にはないよ。マイヤを幸せにしてって頼んだけど」
俺がそう言って笑うと、目を大きく見開いたあとにクスクスと笑っていた。
すると抱っこされていた子供が俺に手を伸ばしてくるのが見えた。
「まぁま。あーあー」
「あら、この子が興味を示すなんて珍しいわね。いつも人見知りが酷くて泣くんだけど。抱っこしてもらってもいい?」
「ああ。よっと……なんか自分の小さいときを思い出すよ。これくらいのころは俺もマイヤに面倒を見てもらっていたしな。それに双子の兄妹の面倒を見ていたし」
「ふふ、子育てが初めてじゃない気がしたのはそういうのに慣れていたからかもね」
渡された子は軽く、髪はマイヤ、顔はハーリィ似だなと苦笑する。
俺の髪を引っ張りきゃっきゃと笑う子に俺は目を合わせて言う。
「きゃー♪」
「いてて……名前はなんて言うんだい?」
「ウェイよ」
「そっか……ウェイ、ママを大切にしろよ」
「うー?」
「ま、いずれな。また会おうぜ」
「あう!」
頭を撫でてやると満足気に返事をするウェイ。
マイヤに返すと、少し不満げに頬を膨らませるが、マイヤに頬ずりされてまた笑顔になった。
「多分、アルフェン様の言っていることは嘘じゃないと思う。少しだけ当時のことを思い出したけど……」
「それでいいと思う。俺は俺でマイヤはマイヤだ。どうしたいのかは自分で決められる歳だからな」
「そう……そうね。次に会う時にはもう少し思いだせていると……いいわね」
俺は困った顔で笑うマイヤと握手をし、チケットを購入して船の階段に足をかけて上がっていく。時折振り返り、グラディスとマイヤが手を振っているのが見えた。
甲板へ出ると縁に顔を出して彼等に手を振りながら大声で叫ぶ。
『またな、グラディス! 元気でな!』
『ああ、お前も死ぬなよ!』
「マイヤとウェイも元気でな! 必ずまた会いに来るよー!」
「ええ! 待っているわ!」
「あーうー!」
手を振っていると程なくしてゆっくりと船が動き出す。
ウェイが嬉しそうに手を振るので、俺はちょっとだけ趣向を凝らして別れることにした。
「それ!」
「おお、小さい泡が……!」
「キレイー……」
甲板や見送り場に居る人達が感嘆の声を上げていた。
なにをしたのかというとアクアフォームを細かくばらまいてシャボン玉のように風に流してグラディス達へ運んでもらった。
朝日を浴びた水の泡は光輝き、とても綺麗に舞い散っていく。
「行ってきまーす!!」
移動する船の後方へ後方へと移動しながら、俺はグラディス達が見えなくなるまで手を振るのだった――
◆ ◇ ◆
「……これ、は……アクアフォーム……! アル様の得意魔法……!」
「ム?」
「そうよ! 私とアル様は流されて、咄嗟に魔法を使ってくれたから……」
「なにか思い出したのか?」
「あなた! ……ええ、完全ではないけど、ここに流れ着いたのはアル様のこの魔法が助けてくれたからなの……」
私は泡に手を伸ばしながら隠れて見ていたらしいハーリィへ告げる。
母さんの顔、旦那様と奥様の顔を思い出せたことは……素直に嬉しかった。
「……行ってしまったな」
「はい……。ああ、もう少し早く思いだせていたら……」
「ダイジョウブ、アルハ気ニシナイ。次キタトキ、カンゲイシテヤッテクレ」
アル様と一緒に居た大きな魔人族の男性が片言ながらもそう言ってくれ、私はきょとんとしたもののすぐに頷いて口を開く。
「そうですね! アル様は強い子ですからきっとまた会えます! さ、ハーリィ。アル様が怒らないよう、幸せになりましょうね」
「ああ……ああ!」
「……マタアオウ、アルフェン」
魔人の目にも涙、かな?
私たちは小さくなっていく船が見えなくなるまで、その場に立っていたのだった。
必ず、再会しましょうね、アル様――
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