121.母と母の会議


 気まずい……。


 結局、一年近く顔を合わせていない上に喧嘩別れみたいな状態だったからだ。

 そのまま旅立つつもりだったからそれでもいいと思っていたが、


 「アルにいちゃん、お姉ちゃんと結婚しないのー? ルーナも結婚するー!」

 「お前、謝っておいた方がいいぞ。……合同演習の時、父さんの肩身が狭くなる」

 「保身!?」

 「ゼルのは冗談だとしても、ちゃんと話しておかないと」

 

 とまあ、家族からの説得(?)を受けたことと、エリベールがラッドには相談しに行っていたということで少しもやっとしたせいで会う気になった。


 ……復讐するのに恋人は必要ないと考えていたわけだけど、やっぱり俺も男である。

 可愛くて好意を持ってくれている女の子が泣きながら出て行って、他の男に相談していることを聞けば、そりゃあなあ?


 <もう別の婚約者がいてもおかしくないですねえ。あーあ>

 「うるさいぞ」

 「どうしたの兄ちゃん?」

 「なんでもないよルーク」


 シェリシンダへの移動中、リグレットが脳内で呆れたような声を出し、俺が窘めると、ルークが顔を見上げて尋ねて来たので頭を撫でてやった。

 今回は双子と俺、そして母さんだ。

 ……決して双子をクッション材にしようというわけではないからな?


 この二人も4歳になり、特に男の子であるルークは俺にべったりということは無くなった。それでも後ろをついてくるし、家で稽古をしていると横で剣を振ったりしているのが微笑ましい。

 俺の膝の上で外の景色を見ているルーナもそうだが、誘拐されたときから訓練をしている二人。

 兄のために強くなるという意思はすごく嬉しいものである。


 で、やはり両親の実の子だけあって才能は目を見張るものがあり、剣はルーナ、魔法はルークという感じで、ルークは略式詠唱どころか俺の無詠唱を真似する。

 もちろんファイア程度しか使えないが『ん!』と言っただけでいきなり手から火を出すのは末恐ろしい。

 一方のルーナは魔法は母さんに教わった通りにしか出せない。良くて略式詠唱くらいなのだが、剣の腕は父さん譲りで、ルークと打ち合う際に見せる度胸のある踏み込みは見ているこっちがひやひやする。


 「けっこん、けっこん~。おねえちゃんに会えるねー♪」

 「あはは、ルーナはエリベール様が好きだねえ」

 「うん!」


 母さんが頬を突いて聞くとルーナは満面の笑みで頷く。

 エリベールに吹き込まれた話を頑なに信じているルーナは、そんな才能は微塵も感じさせない無邪気さで、足をバタバタさせながら嬉しそうにお菓子を頬張っていた。


 そして途中の町で一泊し、魔人の国ザンエルド依頼の外でのお泊りに双子がはしゃぐ。急ぐ旅でもないのでそこからさらに一日を費やし、俺は久しぶりにシェリシンダ王国へと到着した。


 「きもちわるいのー……」

 「お菓子ばっかり食べてるからだろ。帰りは無しだな」

 「がーん!?」

 「それでは奥様、私は別で待機しておりますので帰る際はお声をおかけください」

 「ありがとう」


 御者をしてくれていたウチの使用人が専用の来客スペースへ馬車ごと移動し、俺達は城内へ。

 俺達が来ることは先に手紙で伝えていたので、入り口には歓迎のため人が並んでいた。


 「アル殿! お久しぶりでございます」

 「テオルド様、久しぶりです。急な来訪、申し訳ありません」

 「いえいえ、我が国を救った『英雄』とも言うべきアル殿をないがしろにはできませんぞ? それとそちらは?」

 「アルの母でカーネリアと申します。ほら、あなた達もご挨拶しなさい」

 「ルークです!」

 「ルーナです!」

 「おお、可愛らしい双子ですな! 初めまして、大臣のテオルドと申します。王妃様がお待ちですのでこちらへ」


 相変わらず人の好さそうな彼が背を向けて俺達を案内してくれる。

 横に並んでいた騎士の中にはグシルス達が居て、笑いながら手を振っていたので俺は苦笑しながら手を上げて進む。


 一年前に滞在したっきりだけど、偽装パーティやらで忙しかったなと振り返る。

 やがて謁見の間……ではなく、普通の応接間へ案内されて中へ入ると王妃が目に入った。


 「来ましたね。久しぶりです、アル」

 「……お久しぶりですディアンネス様」

 <なんか怒ってません?>


 リグレットの言う通り部屋に入った瞬間、ピリッとした空気が感じられた。

 エリベールからどういう話を聞いているか……とりあえず話をするか。

 初めましてになる母さん達がお互い自己紹介をして着席すると、最初に口を開いたのは王妃だった。


 「……来てくれたことは喜ばしいですが、アル、どうしてここへ来なかったんですか? グシルスからツィアル国での顛末を聞き、エリベールの呪いも解けたことまで知りました。パーティと今度こそ婚礼の義をするつもりだったのに……」


 そんなことを考えていたのか。迂闊に来なくて良かった……。

 

 「エリベールを使いに出したのに、あの子は一人で帰ってくる始末。……アル、うちの子のなにが気に入らないのか聞かせてもらいましょう! お母さまも居るからハッキリさせておきます!」

 「ええー……」

 「お姉ちゃんのママがおこってるの!?」


 ルーナがびっくりして声を上げると、母さんが困った顔で手を繋ぎ口を開く。


 「確かにそうですよねえ。美人だし、気立てもいい。わざわざアルに会いに来るなんて可愛らしい面もあるのに」

 「ええ、ええ、お母さまは分かっていらっしゃるわ。年上なのが嫌なの? わたくしも旦那より年上でしたが文句を言いませんでしたわ」

 「あたしも旦那より年上なんですよ」

 「あら、奇遇ですね。……それで?」


 母親同士が盛り上がっている中、視線が突き刺さる。

 旅に出る理由は伝えているが、エリベールとの結婚を捨ててまでやることかと言いたいらしい。


 「えっと、エリベールがここに居ないみたいだから言いますけど……俺は彼女がダメってことはないですよ? 好きだと思います。

 だけど、ご存じのとおり俺には目的があります。それこそ人生をかけたものになるかもしれない……だからここに留まることは難しい」

 「……その相手を王になってから部下を使って探せばよいのではありませんか?」

 「あの黒い剣士は強い。俺の復讐に関係の無い人を巻き込むわけにはいきません。もし見つけたらきっと俺は自ら出るでしょう。そんな人間に国王を任せられないですよね」


 なんだかおかしな方向になってきたので事実と俺の考えを述べてみることにした。

 恐らくだが、密偵でもなんでも飛ばせることを考えると王になった方がお得だ。

 だけど、彼等だって生活があるし、異国へわざわざ行きたいなど思わないだろ?

 しかもそれが復讐という感情の中で一番人を駆り立て、愚かなものに対してだ。


 「……なるほど。アルの考えはわかりました。エリベールが嫌いということではないのですね」

 「まあ、最初から嫌いだなんて言ってませんけどね。一緒にはなれないって言ってたけど」

 「だそうよエリベール」

 「え?」


 王妃が微笑みながら一言。

 すると、王妃が座るソファの後ろに、隠れていたらしいエリベールが立ち上がり姿を現した。


 「おねえちゃんだー!」

 「エ、エリベール……」

 「……」


 泣いて口を尖らせているエリベールを見て焦る俺に、彼女はゆっくりと口を動かす――

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