115.終わりではなく、始まり


 カーランの処刑が終わり、すぐ帰ることになると思ったが国王に引き止められて少し居残ることになった。

 理由として、イークベルン王国とシェリシンダ王国に対しての和解を示す書状を持って行って欲しいとお願いされたからだ。

 加えて実被害があった件、例えばテロや呪いといったことに関する聴取の意味合いもあり、残された部分が強い。


 ともあれ、これで国交の復旧と船による遠くの国との貿易が大きく再開されることとなる。

 特に航海貿易はカーランも完全に潰していないほど重要で、大陸の三分の二は魔人族の土地ということもあり、研究を続けたいヤツとしては国を完全に破綻させることはできなかったようだ。

 

 まあ、魔人族が攻めて来ればツィアル国は終わっていただろうなと思うんだが、あっちはあっちで過去に大暴れしてイークンベル、シェリシンダ、ツィアルの三国と争ったことがある。

 だから公には動かず、グラディス達を監視役兼誘拐事件の黒幕を暴くつもりだったようだ。


 どこかの国が強硬していたらもう少し早く終結していたんだろうなとは思うが、別大陸で動きが読めない二国はまず動かないし、魔人族も先ほどの通りやらかしてまた攻められることを危惧した。

 そう言う意味ではカーランの策は上手くはまっていたのだ。

 

 200年以上生きていれば知恵も回る。

 逆に平和に慣らされた国は対応がずさんになるんだろうな……ラッドとエリベールには過剰にならない程度に騎士達や参謀の強化を提案したいところだ。


 しかし人間は環境によって変わる。

 シェリシンダの先祖のように急に自分の欲望を前に出す人物が現れるかもしれないからな……。


 終わってみればカーランの面倒くささと実力が分かってしまう結果となったが、ヤツももう居ない。

 そして海へ出られるということは、俺の悲願ができるようになったということでも、ある。

 

 そんな事後の考察をしていると俺達は王妃から食事に誘われ、国王以外と食堂で談笑を交えつつ会話を行っていた。


 「ご子息はお強いのですね、わたくしも逃げる時間を作っていただきました」

 「気持ちは大人と同じようなものでして、こうやってここに居ることも驚いておりますわ。逃げ出せたなら帰って来てくれれば、と」


 母さんが外行きの顔で俺の頭に手を置いて笑うと、王妃は首を振って王子の方へ顔を向けて口を開く。


 「でも、それで主人やわたくし、この子とこの国が助かったのです、感謝してもしきれません」

 「おにいちゃん凄かったもんね! 僕、おにいちゃんみたいに強くなるよ!」

 「アル殿は私のケガも治療してくれたそうで、兵士達が教えてくれました」


 興奮気味に話す王子と横に立つヘベル大臣の言葉が少々むずかゆいなと思いつつ、俺は父さんに顔を向けて笑いかけた。

 

 「ちゃんと勉強すれば強くなれるよ。ね、父さん」

 「そうだな。王太子様も、剣や魔法だけでなく勉学をしっかりやることが大切です。戦う力は我々のような騎士や兵士が居ますが、国のことを考えるのは王の仕事ですからね」

 「むう、難しいよー……」


 難しい話だと不貞腐れる王子に俺達は軽く微笑み食事は終わった。

 元々、悪い人達ではないようなので、先代の暴走を止められなかった責任くらいなものだろう。

 

 それから一日。

 謁見ではなく応接室へと通された俺達は、書状を受け取ることとなった。


 「シェリシンダには私から書状を持って行きます。我が国の貴族はカーランの呪いで王家と貴族が被害を被りましたので、記憶に留めておいていただければと」

 「うむ。もちろんだシェリシンダの騎士よ。今は緊急で国を建て直さねばならないので、その内に必ず。書状にも書いている」

 「はっ、感謝いたします」


 グシルスが胸に手を当ててお辞儀をし、顔を上げると次に俺達の番へ目を向ける。


 「テロの件は無念な事件だったな……彼らの家族に確認をしたところ、カーランに唆されたことを言われていたそうだ。イークンベルの国王を殺害して国を取るようなことをな。実際にはただの『威圧』で、ツィアルに手を出せば色々な人間が巻き添えになるというメッセージのようだ」

 「なるほど、失敗前提の作戦だったということですね」

 

 家族にもそういう話をしていたらしいので捨て駒だったというのは間違いないだろうとのこと。


 「家族が慰霊に行きたいと言っているので、その内赴こうと思う」

 「ええ、それについては私から陛下に伝えておきます。書状についても確実にお渡しします。……それよりもこれから大変ですね」

 「助かる。ああ、まったくだ。カーランが打ち込んだ楔があまりにも大きい。ザンエルド国にも説明と謝罪をせねばならん。その時はアルをお借りしても良いだろうか?」

 

 国王が俺を見てそんなことを言い出して驚く一同。

 すると母さんが微笑みながら口を開く。


 「それについては問題ありませんが、アル次第ですね。もちろん護衛なども必要だと思いますから、ご相談ください」

 「僕はまたグラディスに会いたいし、いいですけどね。魔人の国も興味あるし、ニーナたちも気になるから」

 「……あんたまた新しい女の子を口説いたの?」

 「え!? そんなことしてないよ!」


 心外なことを言われて母さんに顔を向けると、苦笑して俺の頭を撫でる。

 

 「ではその時は頼む。長居させてすまなかった、港町までの馬車を用意してある、それで移動してくれ」

 「ありがとうございます」


 そのままの足で外に出ると、立派な馬車があり俺達が乗り込むとゆっくり発進する。


 「またねー、おにいちゃん!」

 

 王子が手を振って見送ってくれ、俺も振り返して王宮を後にし、馬車は町へと繰り出していく。

 街並みをゆっくり見ながら帰るかと眺めていると、ギルドの前に差し掛かった時に声をかけられた。


 「おお、アルフェンだぞ!」

 「本当だ! おーい、無事だったのか! というか立派な馬車に乗ってんな!?」

 「やあイゴールさん! 両親が迎えに来たから国に帰ることにするよ」

 

 俺が挨拶すると、並走しながらギルドマスターが話しかけてきた。

 ゆっくりなので歩きながら窓越しで会話できる速度なのだ。


 「急に消えたと思ったら何者なんだよお前は……。なんかよく分からんが金回りが良くなった、できればこのまま冒険者を続けて欲しかったけどな」

 「魔物は多いんだから稼ぎ時だと思ったら?」

 「違いねえ。あの魔人族は?」

 「先に国に帰ったよ」

 「そうか。なんにせよ無事で良かったな。気を付けて帰れよ」


 遠足でも行ったかのような言い方に苦笑しつつ、俺は立ち止まったイゴールへ片手を上げて挨拶をしていると、同乗しているグシルスに声をかけられた。


 「どこでも人気だなお前は」

 「そんなつもりは無いんだけどな? 俺はやれることをやってるだけだけど」

 「アルは無茶をするからねえ……今後はウチに隔離しておかないと」

 「ええ!?」


 俺が驚いていると、父さんが笑ながら口を開く。


 「双子にしばらくべったりされるだろうし、そうなると思うぞ。……それと、ライクベルンに手紙を書かないとな」

 「……うん」


 今度こそ届くだろうか?

 迎えに来るにしても、俺が帰るにしても、無事であることを伝えたいのが正直な気持ちだ。

 婆さんも元気にしているだろうか。娘が死んでしまったことに心を痛めているのは……間違いなく、騒動は終わったが俺の戦いが終わったわけではないことを逆に思い知る。


 そんなことを考えながら帰路につき港町に到着。

 俺の情報をくれたという人物に会うと言うグシルスについていくと、まさかのケントと再会し、二人で号泣するというイベントを経て、俺はようやく自宅へと帰ることができたのだった――

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