106.素体


 『ぐぬ……』

 『グラディス……』


 苦々しい顔をして呻くグラディスの眼前には魔人族の村で出会ったヒデドンの娘らしいロラだった。推定7歳か8歳くらいだと思う。


 ……ヒデドンの娘さんが生きていたのは超がつくほどのラッキーだが、グラディスはここから戦力にならないだろう。

 心優しい彼が仲間の娘さんを放置して攻撃を仕掛けてくれるとは思えないし、そこは俺も望まない。


 考えろ、俺……この状況を打破する方法があるかを……。


 そういうことなら藁をも掴む思いで『ブック・オブ・アカシック』を使いたいところだがこの場では無理だろう。

 せめて逃げながらどこかの影で見られればいいのだが……

 

 緊張が漂う中、ロラを抱っこしていた大臣がカーランから距離を取って口を開く。


 「……? どうした、その魔人族の子を渡すんだ」

 「カーラン殿、これはどういうことか説明をしていただきたい。そちらの小太りの冒険者は見たことがありますが、王宮内で剣を抜いている者が三名と穏やかではありません」

 「見ての通り賊だ。……そうだな、早く兵を呼んで捕まえるよう伝令を。その子は預かるぞ」


 人が増えたら物量に押される……ここはロラを諦めて撤退し、ルイグラスと合流を果たすかと考えていたその時、男が続ける。


 「……賊、ですか。私にはあの魔人族の大男がこの子を取り返しに来たようにも見えるのですが?」

 「……」

 「……まずい!? おじさん、逃げて!」


 男の言葉を聞いて、フード下の口を半月状に歪ませたカーランが彼に向き、瞬間、背筋が凍る。

 視線が外れたと、俺は叫ぶと同時に駆け出す。


 「<アイシクルダガー>」

 「ぐああああ!? こ、この――」

 「さっさと渡せば痛い目を見ずに済んだものを……な!」

 「チィ……!!」

 『きゃあ!?』


 アイシクルダガーで貫かれた男へ一瞬で近づきロラを回収するカーラン。その腕を切り裂いてやろうと下から剣を振るがあと一歩のところで間に合わず、ロッドでガードされてしまう。

 悔しいがここは引く。だが、相応の代償はもらっていく!


 「うおおおおお……!」

 「なんだと!? <ウインドブレス>!」

 「くっ……!?」

 『アルフェン、大丈夫か!』

 「無茶しやがるぜ相変わらず!」


 俺の渾身の一撃はヤツのロッドを叩き折り、ガードする選択肢を一つ削る。

 グラディスが動けなかったことで俺を心配し、謝罪の目を向けるがお前は仕方ないよ。それに本命はこっちだ。


 「ごめんロラを助けられなかった。だけどこの人はなんとかなるかも」

 「おお、考えてんな!」

 「な、なんなんだあのガキは……」

 「うるせえ! ウチの姫様の将来の旦那だ!」

 「ななななな……!?」


 俺の狙いはロラを連れて来ていた男で、この人を殺させるわけにはいかないと勘が告げていた。

 王宮でのカーランがどういう行動をしているのかわからないものの、剣を握った俺達よりも疑念を抱かれる程度の信頼関係しかないと思っていいだろう。


 <誘拐しているんだからそりゃ信用できませんよね>


 多分、誘拐事件ではなくこいつは『保護』をしていると言って集めているのだろう。ふむ、今の攻防で少し糸口が見えた気がする。

 俺はグシルスとグラディスに視線を一瞬向けた。

 

 「お」

 『……』


 回復魔法でなんとか持ち直した男をその場に寝かせると、カーランがつまらなさそうに言う。


 「……助ける価値があるとは思えんがね」

 「俺達にとっては救世主かもしれないからな。で、聞きたいんだが実験とやらに付き合ったらその子を返してくれるか?」

 「ふむ、やぶさかではないな。人質交換、とでも言いたいのか?」

 「そんなところだ。まあ、とはいえ内容を聞いてからだけどな。俺が納得できればお前についていく。グラディス達も撤退させる。どうだ?」


 食いつくか?

 ぺらぺらと内容を話すとは思えないが、こいつは俺が欲しいと考えているのでこの場を切り抜けるために飲んでくれる可能性があると思う。


 「そうだな。別に聞かれて困るものではないから構わんがね。お前は『英雄』を知っているな?」

 「まあ……」

 「うむ。そこの魔人族は『魔神』と呼び、エルフなら『賢者』と抜きんでた才能や強さを持つ者を人は『英雄』という。私の求めるもの、それは人の手で『英雄』を生み出すことだ」


 人工英雄ってことか? だけど、そんなことが可能とは思えないが……

 そこでグシルスが首を振りながら話し出す。


 「大層な目的だな。ってことはお前さんはアルを元に英雄を作るってことか? 確かにそいつは頭脳と度胸はハンパねえ。マナの量も多いし、剣も魔法もだ。だがよ、そんなことをしてなんになる? キナ臭いところもあるが、概ね平和な世界に必要か?」

 「世界に必要かどうかは関係ない。私の能力を認めさせるために必要なのだ。……それとラヴィーネ=アレルタ……ヤツがまだこの世に現存しているらしいからな、越えるべき相手として不足はない」

 「旧時代の英雄が、生きている……?」

 「噂だがな。奇跡の本『ブック・オブ・アカシック』を探しているという話だ」

 「そんなことが……」


 あるはずがないと思うが、カーランは自信ありといった口ぶりで話す。

 なるほど、素体がなるべく強い方がいいってことだろう。

 ここで『ブック・オブ・アカシック』の話が出るとは思わなかったが、今はいいと質問を続ける。


 「ならどうして魔人族の大人を使わない? そこのグラディスはかなり強いし、ちょうどいいと思うけど?」

 「ふん、こいつは力だけだ。アル、お前ほどバランスの取れた力を持つ者はそういないのだよ。私とて頭脳のみ。それに子供のころから身体をいじっている方が成長した時の幅は大きかろう」

 「なるほどな」

 「ということでアルよ、私と共に来れば最強になれるぞ? なあに、色々な種族を取り揃えている、なんでもできるだろう。後は『ブック・オブ・アカシック』が手に入れば完璧なのだが、まあ無くてもだいたいの計画は頭にある」


 カーランは指で自分の頭をつついて笑う。

 さっきのラヴィーネ=アレルタの話で少し出たけど、やはりこいつも欲しがっているのか。


 ならば――


 「そうか、面白い計画だよ。でも、それはきっと叶わないな」

 「……なにを言う。お前さえ手に入れば――」

 「俺が『ブック・オブ・アカシック』を持っているからさ。これで『英雄』を越える力を手に入れる方法を知れば、お前の実験なんてへでもないぜ」

 「……!??」


 収納魔法から本を取り出して不敵に笑う俺。

 突然のことだったからか初めて動揺を見せたカーランに、俺は本をカーランの頭上高くに放り投げる!


 「ああ……! ブック・オブ・アカシックが!?」

 「今だ!!」

 「おお!」

 『おおおおおお!』


 ロラを手放し『ブック・オブ・アカシック』に手を伸ばした瞬間、三人は即座に動き出した!!

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