104.一触即発
『ふふん、見てくれグラディス、この見事な壁を』
『アルフェン、目的が変わっていないか?』
「お、今グラディスが呆れたな。言葉は分からなくても表情でだんだん分かるようになってきたぞ」
現場監督のおっさんが俺の頭をポンポンと優しく叩きながら苦笑する。
いや、この壁キレイじゃない?
<アル様は器用ですね>
俺は復讐を果たすために色々と仕事をしていたからな。
日雇いは重宝したもんだ……怜香は協力者だったけど、直接金をくれるわけじゃなかったからな。まあ、俺もヒモは嫌だったからあいつは俺の性格をよく知っていたと見るべきだな。
それはともかく俺の自信作がスル―されたのでどうしてやろうかと思いつつ、休憩のため木陰に座る。
「ふむ……」
周囲を見渡し、いつもと変わらないことをチェック。いざというときの退路は問題ないな。
武器の持ち込みは禁じられていたが、グラディスの剣は俺が収納魔法で預かっているので対応も可能。見せた時、グラディスが驚いていたのは面白かった。
……とりあえずルイグラス達の反攻作戦が始まるまでは静観を決め込みたい。
ヤツを追い詰めてやらないと【呪い】に関しては口を割ることはなさそうだからな。
あれからまだ二日しか経っていないからそれまでは仕事に精を出すことにした。
疲れているといざという時に動けないから力仕事はしていないが。
決して重いものを持てないからとかではないぞ?
「さて、どうなることやら……」
水を飲んでグラディスと仕事に戻ろうとしたところで兵士が近づいてくるのが見えた。なにごとかと思っていると俺とグラディスの前まで来て告げる。
「アルフェン殿とグラディス殿ですね? カーラン様がお二人を呼んでおりますのでご同行願います」
「ん? 俺達に? ただのアルバイトなのに」
「ええ、間違いなくお連れしろと」
俺はアルフェンでアルじゃない。
正体に気づかれただろうか? それならもう少し強引な手を使ってきそうなものだが……。
意図は分からないが、なにかを聞くことができるかもしれない。虎穴に入らずんば虎子を得ずってことで、
『グラディス、どうやらカーランが俺達の用があるらしい。行ってみるか』
『わかった。探りを入れてくれ』
グラディスが俺にそう言い、頷いて返してから兵士についていく。
前に来た謁見の間……かと思いきや別室へと案内され、俺は訝しむ。
「ここは……なんの部屋ですか?」
「え? ああ、来客を相手にする場所だな。他国の要人や商人との交渉なんかをする時に使う」
「ありがとうございます」
俺が頭を下げると兵士は丁寧だなと言い残し部屋を去っていく。
入口には……居ないようだ。
信用されているのか泳がせるつもりなのか……この辺りは本が詳細を教えてくれなかったので手探りだ。
「待たせたな」
「いえ」
とりあえず待っているとカーランが部屋に入って来たため試行を中断してグラディスと共に立ち上がって頭を下げる。
カーランが手で座るよう示唆してきたので座り直し、ヤツも腰を掛けると一息ついて話し始めた。
「急に呼び立ててすまなかったな。仕事はどうかね?」
「おかげさまで稼がせてもらっていますよ。それで俺達に話というのは?」
「それはなによりだ。実はそっちの魔人族の男に関することなのだ」
「グラディスの……?」
まさかのグラディス推し。
魔人族とは仲が悪そうなイメージがあったが、どういうことかと耳を傾けてみる。
すると――
「最近、誘拐を生業とする者達から保護した子供の中に魔人族の子が混じっていてな。もし可能ならば返そうと思うのだ」
「……!?」
こいつ……自分達で攫った子を返すだって? そもそもの言い方が気に入らないが返してくれるなら喜ばしいことだが――
『グラディス、魔人族の子を返してくれるって話だ。進めていいか?』
『……ああ。もちろんだ』
「……」
俺達が話すのをカーランが黙って見つめ……ているのか? フードのせいでわからんけど。
「グラディスも会いたいと言っているから、会わせてもらえるかい?」
「……もちろん。ではついてきてくれ」
「よろしく頼むよ」
俺達はカーランについて部屋を出ると、兵士達が徘徊している通路を進んでいく。
気になるのは兵士達やメイドなんかはカーランを避けるように歩いていくことだろう。フードで隠しているのはもしかしてエルフ耳だからか?
人族じゃないのに宮廷魔術師の地位が気に入らないというのはありそうだ。
<嫌われているみたいですね?>
(そう単純じゃないぞ。国の政策が破綻しているのがこいつのせいって知っているから危惧しているのかもな。国王も出てこないし)
小声でリグレットに返していると、通路に大声が響き渡る。
「おお、カーラン殿! そこにいらっしゃいましたか!」
「……!? この声は――」
「む、大将か? 貴様、今までどこをほっつき歩いていた」
瞬間、物凄い殺気を放ちながら大将に向きなおるカーラン。久しぶりに冷や汗をかくレベルの殺気だった。
そして、対峙する大将は間違いなく俺を誘拐したあの男だ。
口元は隠しているが、こいつは俺の顔をきちんと見ているので俺は慌てて顔を背ける。
「ま、まあまあ、勘弁してくださいよ……それより、有益な情報を持って来ましたぜ」
「……ふん、アテにならんと思うが、後ろの男がそうなのか?」
「ええ、ええ! この男、アルのことを知っているそうなのです。ほら、宮廷魔術師のカーラン様にご挨拶を……」
「へいへい」
ん? この声、どこかで聞いたような?
「俺はグシルス。流れの冒険者でしてね、アルのことは良く知っていますよ」
「んな?! グシルス!?」
「あ!? お前……アル、アルか!」
「なんだと!? やはりその顔……見間違いでは無かったか!」
俺が驚いて顔を向けると、そこにはシェリシンダ王国の騎士、グシルスがやっぱり驚いた顔で俺を見ていた。
さらにカーランが驚愕の声を上げたので、俺は慌てて距離を取る。
「やべ……!? 『グラディス、正体がバレた。応戦の準備を!』」
『承知。誘拐された子供が本当に居るのか確かめたかったが――』
『ふん、子供は本当だ』
「「!?」」
こいつ、魔人語を!
俺が驚愕していると、カーランは口元に笑みを浮かべて語り出した。
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