79.最悪の事態へ


 「まあ、俺達はまだガキだからわからねえけど、大人たちが言うにゃ国王たちや貴族が税金を馬鹿どりするおかげで、俺達平民の暮らしがきついんだとさ」

 「僕達の両親もいつもお金が無いって喧嘩しているよ。子供が居ると食べ物がやっぱり必要だし……生まれなければ良かったのかなあ……」


 俺は縛られた手で目じりに涙を浮かべるケントの頭を撫でてやる。

 彼らの話は興味深く、胸糞が悪かった。

 

 今は金の話をしていたが、その前は町の住人や親といった大人たちの事情を話してくれ、食い扶持を減らすために子を売ったり、捨てたり……殺したりするのだとか。

 

 ケントの両親は喧嘩をしているらしいが、捨ても売りもしないあたり子供は可愛いのだろう。

 だけど、苦しい選択を強いられる家庭もある。


 原因はこの子達も幼いのではっきりしないが、親が国と貴族だとぼやいていることをよく耳にしていたのだとか。


 「泣くなケント。生まれてダメな奴なんていないからな。だけど、きついなこの国は」

 「うまいこと仕事にありつければと思うんだけど、ガキには無理だしな」

 「ギルドは?」

 「あー、戦う力が無いから雇ってもらえないんだよ。この山を越えたところは魔人の領地。強力な魔物も多いからな」


 諦めたようにため息を吐くディアンド。

 まあギルドって国営らしいから手が回っているんだろうな。


 しかし、国ってのは民が居てこそ。

 それを疎かにして成り立つものなのだろうか?

 ……いや、向こうの世界でも、国によっては一部のセレブ達だけが裕福なところもあったか。

 

 「悔しい……わたしがもっと大人だったらこんなにみじめな思いをしなくていいのに……」

 「大きくなれば視点も変わる。何とかしてやりたいけど、今はここから逃げ出すのが先決か」

 「やめとけよアル兄ちゃん。またボコられるぜ? どこに売られるかわからねぇけど、死ぬことはねえだろ……」

 「わからないぞ、魔法の実験台とか変態のおもちゃにされるかもしれない」

 「や、やめてくれよ……」

 「あーう……」


 すでに寝息を立てているハクが俺の懐に潜り込んでそんなことを呟く。

 飲んだくれの親父しかいないって言ってたけど、可哀想だな。


 「どうなっちゃうんだろう僕達……」

 「どっちにしても今日中に町につくらしい。で、宿についたらニーナが危ないから俺はそこで行動を起こす。危険はあるけど、逃げるならついてこい」

 「だ、大丈夫? アル君」

 

 ニーナが心配そうに傷ついた俺の顔を撫でながら尋ねてきたので、小声で三人へ言う。


 「ああ、四人くらいなら逃げる時間を稼げる。夜なら闇に乗じて町の外まで逃げればなんとかなりそうだ」

 「助けを求めるか?」

 「いや、ディアンド、お前の話からするとただでさえ貧困になっているところに面倒ごとを請け負ってくれる人は居ないだろう。行くならギルドだけど、信用になるかが微妙なんだよな」


 もし駆け込むなら一つ前の町に戻ってあいつらとすぐに出くわさないのが望ましい。血眼になって探してくるようなら、森や昼間に見えた山を進まないとダメだろうな。


 「お、おう……俺とあんまり変わらないのに……アルって賢いな……」

 「そういえばいい服を着ているね、貴族かな?」

 「俺のことはいい。とりあえず、町に入って荷下ろしをしている時がチャンスだ。幸い足は拘束されていないから俺の魔法であいつらを攻撃したと同時に走るんだ」

 「う、うん……ハクは……」

 「俺が連れて行く。双子の兄妹がこれ位の年で、慣れているんだ」


 それを聞いたケントがホッとした顔をする。

 まあ、最悪魔法で倒し切るしかないか。


 「おい、そろそろ変わってくれや」

 「おう、お前行け」

 「たまには大将も……へ、へへ、冗談だよ」


 そんな中、御者が変わって大将達は寝ころがり適当な話を始める。

 金が入ったらどうだとか、国にケチをつけるようなことなどだ。

 なにか有益な話がないか、耳を傾けるが大したことは聞けなかった。


 時折、こちらに目を向けニーナを見てにやにやと笑うこいつらに怒りを覚えたが、まだ我慢。


 そうして緊張の中、時が来るのを待っていると――


 「……!? な、なんだ!?」

 「きゃあ!?」


 ――馬車が大きく揺れてひっくり返った。


 「おう!? な、なんだ!?」

 「わからん、何かがぶつかってきた! 灯りをつけろ!」


 大将達が外に出て行き、俺達は倒れた荷台に残された。

 

 「チッ、なんだ? 岩が落ちてきたのか……?」

 「ちゃんとよけやがれ!」

 「ち、違う、だったんだよ!」

 「くそ、荷台をおこさねえと……! 魔物に襲われるのは勘弁だぜ!」


 外で四人が怒声を上げていたがその時、


 「タオラ! ホウチツィアル、ネラソン!!」

 「うわああ!? こ、こいつらは!?」

 「くそ……!?」


 不意に聞きなれない言語と剣のかち合う音が聞こえ、俺は息を飲む。

 なんだ? 一体何が起きているんだ……?


 「キエラ!」

 「ぎゃあぁぁぁぁ!?」

 「つ、つぇぇ! に、逃げろ! ああああ!?」

 「お、囮になれ!? 俺が逃げるんだ!」

 「そ、そりゃねえぜ!? ごぼっ……」

 「ガラ! トベオリ!」


 しばらく戦いの音が聞こえていたが最後に謎の言語を話す何者かの声が聞こえた後、静かになった。

 冷や汗が止まらない……大将は逃げたようだし、残りは恐らく……殺されたのだと思う。

 

 ここには縛られた子供の俺達だけ。

 態勢を立て直したいが、縛られた手では起き上がれず、転倒したショックでニーナたちが上に覆いかぶさっているので抜け出せない……!


 <ああああ!? 絶体絶命じゃないですか!?>

 「くそ……! もうちょっとで――」

 「あ、ああ……!?」


 もぞもぞと抜け出そうとしたところで、荷台の後ろからぬっと顔を覗かせた。

 そいつはフードを被っていたが、鋭い眼光をこちらに向けていた。

 

 「……」

 「……」


 ……強い。

 俺はその目を見て直感する。こいつらを守りながら、勝てるか……?

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