66.【呪い】


 夜道を馬車と馬が道を駆け抜けていく。

 ランタンの灯りが不規則に揺れ、道を危うげに照らす。

 なんでそんなことが分かるかと言うと、俺は御者台のすぐ後ろで顔を出しているからだ。


 危険は承知。

 だが、こういう時ほど襲撃されやすいのも承知している。

 車などで移動している時は案外安心している人間も多いのだが、上手くやれば『箱の中に居る人間』なので殺すことを目的とするならやりようはある。

 

 馬車の場合は先日エリベールと乗っていた時のように、数で遠距離強襲されると脆いものだ。

 

 だから俺は顔を出して怪しい光が無いかを確認している。

 まあ、ヴィクソン家を襲うとは思えないけど、念のためってところだな。

 

 後は――


 「ま、魔物……!」

 「大丈夫、そのまま走って! <ファイヤーボール>」


 脇から抜けてきた大型の犬みたいな魔物に魔法を放ち撃退する。

 俺が見張っているのはこういう魔物に対抗するためでもあるのだ。

 

 騎士達が前後左右を固めてくれているが、移動しながらの場合抜けてくるヤツが必ずいる。


 「凄いな……略式詠唱どころじゃない……」

 「感心するのは後だ、まだかい?」

 「もうすぐですわ! ああ、無事でいてケアリ……」


 ミスミーの涙は演技ではなさそうだな。俺達を嵌めるつもりならディアンネス様かエリベールを攫うだろうし、当然か。


 そんなことを考えながら騎士達を襲い来る魔物を倒し、ヴィクソン家の領地へ入り屋敷へ到着した。

 領地が近いのもヴィクソン家が選ばれた理由なのかね?


 「戻ったぞ、ケアリは!」

 「おお、旦那様に奥様! これは僥倖か……ケアリ様が急に倒れたのです! 医者は呼びに行かせましたが、あまりよろしくないのです」

 「ケアリ!」

 

 ミスミーが真っ青な顔で駆け出し、エドワウもそれを追う。

 警戒する騎士達をその場に残し、俺も二人を追うと明かりの漏れる部屋へ吸い込まれるように入っていくのが見えた。


 「はあ……はあ……」

 「ケアリ!? ああ、どうして……出かけるときはあんなに元気だったのに……」

 「どう考えても急すぎる……あいつの仕業だろうか……」


 顔色が悪く、荒い息をしながらベッドで苦しそうに呻いているケアリ君。

 今朝まで元気で現在これなら怪しすぎるか。

 俺は『ブック・オブ・アカシック』に聞いてみることにしてみた。


 「……どれ、ケアリ君の回復方法と原因は……不明!? おい、こういう時に役に立たなくてどうするんだよ!?」


 ‟その事象に関わるデータがない”


 データが無いって……俺の、持ち主の知りたい情報を教えてくれるんじゃないのかよ……


 ‟当時の状況と違うため知る術がない。諦めて自身で切り抜けろ”


 益々意味が分からないことをつらつらと浮かび上がらせて来る。

 当時ってなんだ?

 俺は今、困ってるんだよ!


 ……しかし、本にこれ以上なにかが浮かび上がってくることは無かった。

 

 「マジでつかえねええええ!」

 「どうしたアル君?」

 「あ、いえ、なんでもありません。ちょっと見せてください」

 「『ブック・オブ・アカシック』はなんと?」

 「不明、だそうです。すみません、お役に立てそうにありません……」

 「そうですか……ああ、お医者様が早く来てくれないと……」


 何とかしてやりたいところだ。

 こんなお通夜みたいな状況は困るしな。


 <使いますか?>

 「それも考えたけど、あれは負担が大きい。エリベールと同じ【呪い】なら効果は薄そうだしな」

 <承知しました>


 リグレットが畏まった物言いで引き下がると、俺は部屋を注意深く観察する。

 急増な呪いならなにかあると思うが……

 

 机、ベッド、椅子、窓、カーテン、子供らしくおもちゃなどもある。いかにもな子供部屋。


 「それらしいものは無し、か」

 「クローゼットがどうかしたかい?」

 「いや、そんな急に苦しむなんて【呪い】以外ないんじゃないかと思って。その宮廷魔術師……名前なんだっけ?」

 「ああ、カーランというんだ。彼が呪いを?」 

 「うん。エドワウさんはそいつがどうやって呪いをかけるか知っている?」

 「いや、申し訳ないが知らな――うぐ!?」

 「あなた!? あ、あら……血……?」


 今度は俺の目の前でエドワウが苦しみだし、膝をつく。

 それを見たミスミーが駆け寄るが、彼女も鼻血を流していた。

 

 「無差別な呪いか! う、気分が……悪い……」

 <アル様!?>

 

 俺にもかかった、のか?

 呪いは知らない相手にもかけられるとは俺の前世の知識だが仇となったようだ。

 なにか……原因があるはずだが……


 俺は痛む頭を押さえながら一旦部屋を抜ける。

 その瞬間、嘘みたいに痛みが引いていった。


 「この部屋自体にかかっている……? いや、そこか! <ファイアアロー>」

 「ガァァァァ!」

 「ひっ!? な、なんだ……!? うう……」


 床に落ちていた鳥のおもちゃの瞳が怪しく光っていることに気づいた俺が攻撃を仕掛けると、鳥のおもちゃは大きくなり、羽を生やした二足歩行の魔物に変化した!


 「こいつが元凶か! にしても、どうして裏切ったことが分かったんだ?」

 「グォォォウ!」

 「おうっと!? やるしかないか……! 騎士のみなさーん! こいつです!」

 「グオゥ!?」

 「おっと、驚くのかよ。……誰も俺一人で戦うなんていってないだろ? ま、騎士が来るまで相手してもらうぜ?」


 俺は収納魔法から黒いマチェットを取り出し、怪しげな魔物に斬りかかった。

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