幕間 ①
「結局、あの本は無かったか」
顔に大きな傷がある女が豪奢なドレスに身を包みつまらなさそうに目を細める。
あの夜、屋敷を襲撃した仮面の女は玉座に腰を下ろしていた。
女の言葉に膝をついていた騎士や高官といった服装をした男達が冷や汗をかき、その内の一人が顔を上げて口を開く。
「は、はい……夜通し本棚をひっくり返しましたが、屋敷には……情報は正しかったのでしょうか?」
「まあ、微妙な線ではあった。ただ、アレを持っていた男の行く末を追った先で、あの屋敷の住人に渡したことまでは突き止めている」
「では売り払ったか、捨てた、と?」
騎士の一人が喉を鳴らして恐る恐る口を開くと、女は首を振る。
落胆のようにも見えるがある意味『仕方がない』という感じのようだった。
「アレは自らの主人を選ぶという。あそこまでして手に入れられなかったのは今回の持ち主は私では無かった、ということだ。まあ、いずれ手に入れられればそれは構わないのだがな? ひとつ、有力な手掛かりがあるとすれば――」
「流された子供とメイド、ですか……」
「ああ。聡明なのは好感がもてる。後で褒美をやろう」
「ははー! ありがたき幸せ!」
頬杖をついて微笑みながら、女は頷くと経過の報告を求める。あの時仮面を取り去ったアルフェン自体にも興味があったからだ。
「それで、あの子供は生きていると思うか? 下流を下った者は?」
「大雨が止んだ後、旅人になりすまし途中まで下りましたが……大きな滝があります故、それ以上は。申し訳ございません。地上から回り込むには‟砂の墓場”を越えねばならないので、断念しました……」
「ふん、軟弱な……首を刎ねられたいようだな?」
「め、滅相もございません女王様!? ただ事実をお伝えさせていただいた次第。我々の首を取っても人員が減るだけ、かと……」
苦しい言い訳だが、命惜しさに見苦しい姿を見せるのは愉快だと胸中で笑い、まあ無茶な話ではあるかと目を閉じる。
「(さて、ブック・オブ・アカシックはあの子供の手にあるのか? くっく……強い子だったからな、恐らく生きているに違いない。両親を殺された時のあの目……子供のくせに私と同じ目をしていたな。案外――)」
そんなことを考えていると、謁見の間の扉が激しく開け放たれ、兵士が息を切らせながら口を開いた。
「ご、ご報告です! 北の蛮族が国境付近で暴れているとのこと」
「ふうん。そんなことで謁見を妨げたのか?」
「あ、いえ、数が多く救援を……ひっ!?」
兵士が意見を口にしようとしたところで、女が持っていた扇子が飛んでいき兵士の頬を掠めて扉に突き刺さる。
青ざめた顔で女を見ると、険しい顔で言う。
「不甲斐ない、蛮族どもを制圧できんのか。よかろう、私も出る。ファウザー、馬の用意を」
「じょ、女王様お戯れを……蛮族ごときに……」
「その蛮族に押されているのだろう? この話はここで終わりだ。引き続き本と子供の捜索を命ずる。行くぞ、ゲイルは部隊を編成して出陣の準備だ」
「はっ!」
女は方針を口にし、ドレスを翻して装備を変えるため自室へと赴く。
「くっく……愚か者どもめが。必ず根絶やしにしてくれるぞ。あの本があれば楽なのだがな――」
アルフェンの仇である顔に傷のある女は、獰猛な笑みを見せながら自室の扉を閉めるのだった――
◆ ◇ ◆
<ライクベルン城>
「くっ……アルは、アルフェンとマイヤは見つからんのか……!!」
「申し訳ございません、未だ成果は……。それとその件について申し上げにくいことがございます」
「なんだ! ……すまん、言ってくれ」
アルフェンの祖父であるアルバートは、遺体のない孫の捜索を自分の資産を使って捜索させていた。
生きているかもしれない、という希望はまだある。連れ去られただけかもしれないと、嫌な予感を振り切っていたが――
「……敷地内にある川辺に足跡がいくつかありました。その中には子供と思われるものが」
「まさか……」
「……はい、川の方に……。アルフェン様は川に落ちたのでは、と推測されます……」
「おお……」
アルフェンは魔法が使える。
だが、賊に強襲されて慌てた状態で上手く使えるだろうか? アルバートは頭を振りながら肩を落とす。
「……ありがとう。少し一人にしてくれ……」
「心中、お察しします。あ、それとこんなものが現場に落ちていました……失礼します」
一番の部下であり、ずっと心配してアルフェンを探してくれていた騎士が苦い顔で礼をして部屋を出て行く。
一人残されたアルバートは泣く……ことは無く、別のことを考えていた。
「……流されたのならどこかに漂着している可能性もある……ワシは諦めんぞ。最悪、自ら他の国に赴いてやる」
そう、決意を固めていた。
アルフェンは無事で、すでに手紙を送っていた。
だが、それがアルバートの下へ届くことは、無かった――
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