27.その覚悟が欲しかった


 「なんだって……!?」

 「ど、どうしたんだいアル?」


 カーネリア母さんの不妊が治る。

 リグレットの言葉で俺は驚愕の声を上げ、手を引こうとしたカーネリア母さんが驚いた顔で振り返ってきた。


 ゼルガイドさんの両親も『どうしたんだこの子』って顔でまじまじと俺を見つめている。

 後は使い方だが、使えるようになったとしてもひとつ気になっていることがある。


 それは目を丸くして俺を見ているゼルガイドさん。

 辛辣なことを言ったがこの人はこの人でしがらみがあるのも分かる。

 

 だけど、愛しているというのであればそれくらいの『覚悟』を口にして欲しい。


 俺が思うにこの場には真に悪い人間は誰も居ない。

 ただ、全員が誰かを想って、それが嚙み合わないだけなのだ。

 

 そしてこの沈黙した場を打ち破ったのは――

 

 「父さん、母さん、アルのおかげで目が覚めた。俺はやはりカーネリア以外の女性と結婚する気にはなれない。どうしても許してもらえないならこの家を捨てさせてもらう」

 「ゼル……!?」

 「な、なにを……」


 そう言って首から下げていたペンダントを外してテーブルに置いた。

 模様が入っているのを見ると家紋かなにかを示しているものだろう。


 「考え直せ、資産も何もかも失うのだぞ? 騎士団長の座も危ういかもしれん」

 「それでも、今回は譲れない。……俺が間違っていた、離婚話が出た時に父さん達に気圧されずもっと強く引き止めるべきだったんだ」

 「……」


 母親が険しい顔で黙り込むと、ゼルガイドさんは俺と目線を合わせるためにしゃがむと、頭に手を置いて少し力なく笑った。


 「ごめんな、アル。子供に言われるなんて情けない男だよ、俺は。それとありがとう。目を覚まさせてくれて」

 「……もうカーネリア母さんを泣かせない……?」

 「ああ。約束する」


 オッケー。

 いい目だ。


 なんだかんだでこの親父さんとおふくろさんはいい人だと思うんだよな。

 もっと酷い親なら幼少時に逆らえなくくらいトラウマを与えてくることもある。

 だけど、一度は結婚させているあたりゼルガイドさんの考えを優先してくれていたのだろう。

 ただ、跡取りの問題は見過ごせないからな。カーネリア母さんを見る目はある意味覚悟を持って排除しようとした目だったからだ。


 なら、全員が上手くいく方法は?

 

 ……やるしかないよな。


 <力の使い方は簡単です。左手を再生したい箇所に手を当ててマナを放出してください。一言【再生の左腕セラフィム】と>


 実は頭の中は聞かれているんじゃないかと思うくらいのタイミングでリグレットが呟いた。

 俺はゼルガイドさんの手をやんわり外してカーネリア母さんの下腹部に手を当てる。


 「カーネリア母さんもまだゼルガイドさんのこと好きだよね? 大丈夫、二人には子供がきっとできるよ」

 「アル、さっきからどうしたんだい? あたしのお腹はね――」

 「大丈夫……大丈夫だから……! 【再生の左腕セラフィム】」

 「え?」

 「なんだ……!?」

 <あ、いきなりは――>


 俺がスキルとやらを使うと、ビクンと左腕が跳ね上がり、マナがカーネリア母さんのお腹に吸い込まれるように消えていく。

 目の前がチカチカし、どっと冷や汗が噴き出す。

 まずい、これは、また倒れるやづ、だ……


 「う……お、お腹が……熱い……アル、一体何を……。ってアル!? や、止めないアル!」

 「うぐぐ……ま、まだ……マナを……」

 「鼻血が出ているよ! ……うう、い、痛い……お腹が……ゼル……アル……」

 「カーネリア!? アル、一体なんだって言うんだ!? アル、ア――」

 

 だんだん目が霞んでいく……だ、大丈夫なのか……


 <危険な状態です。カーネリアお母様の再生は成されました。アル様、マナの放出をストップしてください>


 お、終わったか……それなら、良かった……


 リグレットの声が響く中、俺はカーネリア母さんに抱き着く。


 「これで……赤ちゃんが……」

 

 

 ◆ ◇ ◆


 ――スキルを使ったその後のことは覚えていない。

 

 気づけばなんと、あの日から丸一日経っていた。

 

 カーネリア母さんは最初苦しんでいたようだが、数分程度で回復し、すでに来なくなっていた生理が急に来て焦っていたと聞いた。

 ゼルガイドさんのおふくろさんに、だ。


 俺とカーネリア母さんはゼルガイドさんの実家で休むことになり、仕事に出て行くゼルガイドさんの代わりにおふくろさんが看病してくれていた。


 実際、おふくろさんはカーネリア母さんが嫌いというわけではないと語ってくれた。しかし、先の跡継ぎ問題に加えて、子ができない女性は貴族界隈で笑いものにされる懸念もあったらしい。

 一応、カーネリア母さんを守るためだった、ということだ。


 「私達とて一人息子のゼルガイドは可愛い。できるだけ望むようにしてやりたいのだ。……しかし、私に反抗するとは、歳をとったかな」


 ある意味イエスマンだったゼルガイドさんがあそこまでハッキリ言いきってペンダントを置いたのは驚いたと親父さんは言っていた。

 

 で、カーネリア母さんはというと……


 「……まさか……信じられませんが……病魔に侵されていた子宮が元通りに……」

 「ええ……!? そ、それじゃあ」

 「はい、お子さんは期待できると思います」

 「嘘……」


 医者があり得ないといった顔で妊娠できるというお墨付きを与えることになった。

 

 虫のいい話だが、そのことで両親は謝罪し再婚することになったのだ。

 ま、これでこの家はまとまるだろう。

 俺としてもカーネリア母さんに子供ができるのは喜ばしい。

 

 何故なら、俺はどうあがいてもいつかはあの黒い剣士の女を探すためここから去る。負の感情で生き、復讐に身をやつす俺よりも愛を注げる本当の子供がいるべきなのだと俺は思う。


 そして俺とカーネリア母さんはゼルガイド父さんと共に屋敷で一緒に暮らすことになるのだった――

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