14.殺してやる


 「今の音は!?」


 ――深夜二時


 寝室で寝ていた俺は外から聞こえてきた轟音で飛び起きた。

 

 「雷が落ちた……?」


 いまだに窓を叩きつける勢いで振る大雨を見てそう思い窓を開けると、遠くでオレンジ色の光が弾けるのが見えた。


 「なんだろ? 雷が落ちて火事に――」

 

 そう思った瞬間、屋敷が大きく揺れて俺はベッドから転げ落ち、その瞬間、母さんが入って来る。


 「アル!」

 「お母さん!? 今のは――」

 「逃げるわよ! 誰かは分からないけど、家を破壊して入って来た奴らがいるわ」

 「侵入者!? ご、強盗……うわあ!?」


 今度は屋敷の中から明らかな爆発音が聞こえ、母さんが叫ぶ。


 「アル、早く!」

 「う、うん!」


 母さんが珍しく焦った声を出し田ことにびっくりしつつ俺はパジャマのままベッドから降りる。


 「あ、僕の本……!」


 そこで俺はふと、机の上にある本を手にし床に投げ捨てていたお出かけ用のカバンを拾って突っ込んでおく。剣も欲しかったけど魔法もあるし、なにより急ぐ必要があると部屋を出る。

 

 「一体なんなんだろう……ウチは確かにお金はあるけど……」

 「分からないわ……恨みを買うような相手に心当たりはないし……」


 俺は直感で『これはヤバイ』と思っていた。


 前世で隠れ家に警察や敵対勢力、裏切者が乗り込んでくる空気に似ている、と。

 俺達は即座に逃げる用意して一階のエントランスに出ると、玄関が破壊されていた。

 そこには剣を手にした親父が立ち、ずぶ濡れの男達と話をしているところに出くわす。


 「……君たちは何者だ? これでもウチは貴族なんだ、襲撃したからには極刑も――」

 「……」

 

 親父が喋り終わらないうちに先頭に立つ長身の人物が剣を振り、親父がそれを弾きながらたたらを踏む。

 親父は優しい男だが、剣の腕は確か。それを一撃でよろけさせるとは……あいつ、強いぞ……!


 「お父さん!?」

 「くっ、重い剣だ……!? アル、お母さんを連れて逃げるんだ! ここは僕が食い止める!」

 「ダメだよ、お父さんも逃げないと! 『激なる火の鼓動、目の前の障害を破壊せよ』<ファイアーボール>!」


 俺は手を繋いだまま魔法を放つ!

 相手は三人居るが、俺は親父に斬りかかって来たやつの足元で炸裂させた。

 そうすることで絨毯に火が燃え移り遮蔽物として利用できると考えたからだ。


 「……!」

 「お父さんこっち!」

 「あ、ああ! 裏へ回るぞ、さっきの爆発でイリーナ達も起きているはずだ」


 「待て! 『大いなる――』」

 「待たないよ! ダメ押し!」

 「くっ……」


 親父がこちらへ合流したのを見て黒ローブの男が追いかけようと詠唱を始めたので、追撃のファイヤーボールをお見舞いしてやった。

 そのまま逃走はかる俺達の背後で連中の話し声が聞こえてくる。

 

 「おのれ……」

 「良い、あれは私が追う。お前達はアレを探せ」

 「は……」


 アレ……? なにかを探しに来たのか?

 考えるのは後か、今は逃げることに集中しないと。


 「イリーナ、マイヤ、起きて!」

 「お、奥様、先ほどの音は……?」

 「賊よ、ライアスが苦戦する相手。だから一度町へ逃げて救援を呼ぶわ」

 「は、はい! お、奥様達だけでも先に!」

 「ここまで来たら一緒よ、ルックやフォルネン達にも声をかけないと」

 「それは私が行きます、ですから旦那様達は先に逃げてください。マイヤ、いざとなったら……分かっているわね」

 「うん」

 「イリーナ、申し訳ないけど任せるよ」

 

 親父が苦渋の決断という顔でイリーナに託すと、そこから二手に分かれて屋敷を走る。

 裏口から出るのかと思ったら、次の瞬間親父は大胆な行動に出た。


 「たあ! ここから出よう」


 窓ガラスを剣の柄で叩き割って出口を作ったのだ。

 母さん、マイヤ、俺の順で外へ抜けると、俺と母さんのアクアフォームで雨を防ぎながら一直線に門を目指す。

 

 だが、そこには――


 「……」

 「……」

 「な……!? か、囲まれている!?」

 「そんな……」


 ――黒い恰好をした連中の仲間が門の前で何十人もの人影が塞がっていた。俺達が困惑していると後ろから黒い剣士が姿を現した。


 「お前達に恨みはないが、姿を見られたからには死んでもらう」

 「堂々と正面から押し入って来てなにが『姿を見られたから』だい? 元から殺すつもりだったね?」

 「恨みが無いってことはなにか目的はあったってこと?」


 俺と親父の言葉にぴくりと肩を動かし、口を開く。


 「くく……聡明な親子だ。いや、だからこそ、か」

 「なんのことか分からないけど、通してもらえると嬉しいね」

 「そうはいかん。かかれ!」

 「来るか……!」


 黒い連中が動き出した瞬間、


 「マイヤ!」

 「はい……! 申し訳ありません、旦那様、奥様!!」

 「うわ!? 離してマイヤ!?」

 

 マイヤが俺を抱っこして走り出した!? 凄い力で振りほどけず、俺が目にしたのは親父と母さんが戦っている姿だった。

 

 「離してよ! このままじゃお父さん達が!!」

 「ダメです……!! 旦那様達の想いを無駄にさせないためにも、私はアル様を逃がさなければなりません! どこか……隠れられれば……」

 

  先に出た母さんとマイヤがなにか打ち合わせたのか!? くそ、親父たちが死ぬのを黙ってみていられるか! 家族が戦っているのに俺だけ逃げるなんてできない!


 「ああ!?」


 その時、親父たちが居る場所が、光った。


 ファイヤーボールが爆発したのだ、母さんの背中で。


 段々と消えていく光の中で、親父が正面から黒い剣士に切り裂かれているのが、見えた。


 「うわああああああああああああ!」

 「アル様!? ダメです!」


 俺は転がり落ちるようにマイヤの腕から飛び出した俺の前に追いかけてきた黒い連中が声を上げた。


 「動きを止めたぞ、殺せ!」

 「メイドは任せろ」

 「好き勝手なことを言う奴らめ!」


 詠唱は済んでいる! 後は放つだけ!


 「<ファイヤーボール>!」

 「子供の魔法ごとき――」

 「馬鹿な、でかい!? うおあああああ!?」

 

 追って来た二人は俺のファイヤーボールで消し炭と化す。

 マナは全力、詠唱は咄嗟にやったが早口で長いものにしたおかげだろう。

 

 「マイヤは逃げて! 回復魔法を使えばまだ助かる」

 「あの数は無理です!」

 「やってみないと――」

 「いや、無理だな。確実に息の根を止めた」

 「!?」


 マイヤに振り返っている間に、いつの間にか接近して来ていた黒の剣士がすぐ後ろで声をかけてくる。


 「お前……! あう!?」

 「アル様!?」


 振り返ると同時に蹴り飛ばされてマイヤが慌てて抱きとめ、俺を庇うように膝をついて黒の剣士を睨らみつける。


 「無駄なことだ、お前達もここで息絶えるのだ」

 「……まだ、まだ終わっていません! 『白く小さき妖精よ身前に』<ライティング>!」

 「む……!? 目くらましか小癪な」


 「今……!」

 「マイヤ!?」


 マイヤの魔法はビギナークラス程度しか使えない。

 だけど、この暗闇でいきなり明かりをつければ眩むのは必至。

 すぐに俺を抱えて走り出すが、俺を連れて逃亡は難しい……やはり刺し違えてても黒の剣士と対峙してマイヤだけでも逃がすべきか。

 そう考えていると、水音が聞こえてきて俺は大声を出す。


 「……! ダメだマイヤ、こっちは――」

 「あ!?」


 辿り着いた先は川だった。

 大雨で増水し、急流となった川が眼下に広がりマイヤはへたりこみ苦い顔をする。


 「も、申し訳ありませんアル様……」

 「いや、いいよ。僕だけ生き残るのは嫌だからね」

 「追いかけっこは終わりか?」

 

 暗闇でマイヤを背に立つと、やはりというか黒の剣士が声をかけてきた。


 「……そうだね、刺し違えてでもお前を倒したいと思っていたところだ」

 「くく……ガキがいい顔をする……先ほどあっさり二人を殺した魔法と胆力。どうだ、私と来ないか? 全てを忘れて歯車になるなら生かしてやるぞ」

 「あいにく、両親を殺されて命乞いをするほど子供じゃないんでね。マイヤ、俺が食い止めている間に逃げて」

 「で、できません!」

 「ふん、ガキがいっちょ前に。惜しいな、お前みたいなのは好きなんだが……死ね」


 剣を構えて威圧をかけてくるが俺は構わず魔法の詠唱を始める。


 「『天と地を統べる偉大なる竜の咢――』」

 「……!? その魔法は……!? 小僧……!!」


 剣を振る動作が速い……!?

 この魔法、成功するかは五分。使えば俺のマナはすべて使いつくすのでどちらにしても、俺は死ぬ。だけどマイヤを助けるにはこれしかない……! 


 「『――その力を顕現し我が前の敵すべてを滅びに導け』」

 

 間に合うか……! 移動しながら詠唱をするが、的確に追ってくる剣士。

 その凶刃が俺に降ろされたその時、


 「ダメ、死んじゃう!」

 「マイヤ!? くそ! <ドラゴンブレス>!」

 「うおおおおお!?」

 「な、なんだ!? ぐああああああ!?」


 咄嗟に庇われたので射角がずれた!? だけど、マイヤが庇ってくれなかったら放つ前に頭を割られていたはず……!

 放たれた旋光は黒い剣士の肩口を焼き、仮面を剥がす。


 「女……!?」


 仮面の下にある顔は女性で、額から顎にかけて大きな切り傷があり、見られた怒りを俺にぶつけてくる。


 「小僧……!!」

 「はあ……はあ……さ、させません……! 神よ! 創造神イルネース様! どうかアル様にご加護を!」

 「マイヤ!」


 傷は浅くないはず、だけどマイヤは俺を抱えたまま……川へと飛び込んだ!

 

 「がぼ……アル……様……魔法、を……」


 流れが速く、傷を負ったマイヤはすぐに俺から手を離して離れていく。


 「まずい……ごぼ……<アクアフォーム>! マイヤ! マイヤ!」


 俺はすぐにアクアフォームを使い、自身とマイヤを泡で包み込む。もう気絶しているのか俺の声には答えてくれない。

 流される中、俺の意識が急速に途絶えていく。マナが、尽きたのだ。


 「く……そ、どこまでこれが維持できる、か……」


 また家族が殺されたのに俺だけが生き残ってしまった。

 憎い……あの黒い剣士のが……憎い……


 殺してやる……殺してやる

 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……生きていたら、必ず――



 ◆ ◇ ◆



 「ご無事ですか!? ひっ」

 「見るな!」

 「そ、んな……!? ぎゃああああ!?」


 黒い剣士は仮面を拾い、再び装着しながら後続へ言う。


 「あったか?」

 「いえ、まだ探しているようですが……」

 「急げよ、雨が止むか明るくなれば死体を増やすことになりかねん。お前達も町の人間全部を殺すのは、面倒だろう?」

 「あ、は、いや……」

 「早く探せよ。死体になるのは別に町の連中だけではないぞ」


 黒い剣士がそう言うと、その場に居た黒い集団は屋敷へと向かう。


 「面白い小僧だったな。案外、生きて……いや、この急流ではおぼれ死ぬか。さて、今度こそ手に入るか‟ブック・オブ・アカシック”――」


 ◆ ◇ ◆




























 ――アルフェン=ゼグライトの運命が書き換わりました。以下の能力が与えられます。


 【狂気の右腕パズス

 【再生の左腕セラフィム

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